第2話 偉大な虫



 もう、11月になったっていうのにさ、昨日の夜、外で、虫の音が聞こえたんよ。どんな虫なのか、鳴き声だけじゃわかんなかったけどさ、これは、もう、完全に出遅れていると思ったわけ。だってさ、俺たち、毛布に布団を掛けて寝ている時にだよ、秋の虫が鳴いてるってさ、これはもう、悲劇的でしょ。俺は、布団の中で祈ったね。「どうか、誰か、相手をしてやってくれ」ってさ。


 うん。そうだよ。もちろん、俺と交尾をしてくれって意味で鳴いてんだよ。俺たちに秋の余韻を味わわせるために奴らはサービスで鳴いているわけじゃないんだからさ。でね、交尾が終わった成虫って死んじゃうんだけど、メスが産んだ卵ってそのまま冬を越して次の春に孵化するんだって。


 ほんと、そう。こんな雪が積もる場所で、卵がどんなやって冬を越せるのか、俺にもわかんないけどさ。そういえば、夏の蝉も、あれだけうるさく鳴いてるのってパートナーを呼んでいるからだけど、ほら、1週間のはかない命だって言うじゃない?それでも、1週間以内にめでたく交尾ができて卵を産んで、それから土の中で7年間の幼虫生活っていうでしょ?


 そうそう。土の中で、モグラとか、蟻とかに食べられないで7年過ごせれば、晴れて、成虫になれるわけ。でもね、俺、びっくりしたんだけど、奴らが木に産んだ卵ってさ、すぐに孵化しないんだって!なんと、次の年の梅雨に孵化して、雨で柔らかくなった土をめがけて蝉の幼虫が木を降りていくんだってさ。知らなかったでしょ?夏のカンカン照りで硬くなった土を幼虫は掘れないわけよ。だから、次の年の梅雨の時期まで卵としてじっと待っているわけ。もう、たかが虫だけど大したものだと思うよ。


 え?ウルトラセブンの仲間の怪獣に似てる?蝉の幼虫が?う~ん…あ、もしかしてミクラスかな?君も、なかなか突拍子もない例えするね~ でね、俺、昨日の布団の中で思ったんだけどさ、秋の虫の産んだ卵も、蝉が産んだ卵も、次の年まで無事でいられるかどうかの保証なんてないじゃん。冬を越せなくて死んじゃったり、他の虫や鳥たちに食べらたりするかもしんないじゃん。 運よく孵化した幼虫だって、成虫になるまで無事でいられるかどうか保証ないじゃん。


 虫だから当たり前だって?まあ、そうドライに言うなよ。俺ら人間は違うじゃん。無事に生きているだけじゃ満足しないでしょ?「最低限の生活」だけじゃ満足しないもの。仕事の待遇がどうのこうの、格差がどうのこうの、スマホの値段が高いだどうのってさあ、 いろいろ満たされないと、駄目でしょ?だから、虫は偉大だなあってさ、思ったわけよ。


 え?全然、思わないって? またあ、そんなドライに言う!

 もう…虫に謝りな!





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