二章 少女の望み。「アイリス」

  二章 少女の望み。「アイリス」


残り――――三十日


 翌朝、僕の身体はずっしり重く感じた。

そうか昨日のあれは夢だったのか、今までに見たことがなかった現実味のある夢だった。そりゃそうだよな、人の余命なんかが簡単には分からないよな。

僕はいつも通りの生活に戻ろうと思い学校へ行く準備をすませて、登校することにした。


そして今日も何気ない一日が終わった。

家に着き何をするわけでもなくバイトに行く準備をしていた。するとインターホンのチャイム音が家の中を駆け巡った。

「宅配便か?」

だが僕は何かを頼んだ覚えもなかったし今の僕はこの家に一人で住んでいるんだ。

だが、とっさに僕の中ではある記憶が脳裏をよぎった。

恐る恐る玄関の扉を開けるとそこにはどこかで見たことがある女性が立っていた。

「お約束通り、お迎えに上がりました」

「えっと?君は確か夢に出てきた…」

あれは現実だったのか。夢だなんてそんな都合のいい話があるわけないか。

「まさか忘れていたのですか?」

「いや、覚えているよ。忘れるはずがないだろう」

僕は嘘をついた。

「今日から仕事だろ。分かっているよ」

「でしたらさっそく向かいましょう。」

「それはいいんだがまだ君の名前を聞いていないんだが、できたら知っておきたいんだが」

「知らないと何かと不便だろうし」

「……」

「別に知られたくないんだったらいいんだ」

「それもそうですね。改めまして私の名前は本庄 ほんじょうあおいと言います」

「本庄 葵か」

「どうかしましたか?私の名前が何か?」

「いやただ、僕はいい名前だと思たんだよ」

「名前にもその人にも変だなんてないと思うけどな。

名前っていうのは生きてきた証・今までに自分が成し遂げた功績が刻まれていくものだし」

「それに、「葵」っていうのは豊かな実り・温和や優しさという花言葉がある」

「だからこの名前を付けてくれた両親は君のことをよく考えてつけてくれていると僕は思うよ」

「……」」

「どうしたんだ」

なぜか彼女は泣いていた。何か気に障ることを言ってしまったのか?

「いえ、ただ嬉しかった。それだけです。ありがとうございます」

「礼を言われることはしてないよ」

「ただ、私が言っておきたいだけですから」

「それならいいんだが。それと敬語はやめてくれ」

「君は僕と同じ年齢だろ、なら別に敬語じゃなくても」

「そうだね。敬語はやめることにするよ。でも、実はあなたより一つ上の三年生なんだ私」

「同じ年か一つ下かと思っていたよ」

「私ってそんなに若く見えるのかな?」

「そうだね、どっちかと言うと幼く見えるかな」

「本気で怒るよ」

「わるい、わるい」

「なら僕は君のことは本庄さんと呼ぶことにするよ」

「名字は長いでしょ」

「じゃあ、葵さん」

「サンはいらない」

「なら、あおい……」

女子の人をいきなり呼び捨てとかハードル高すぎだろ。

「それで私はあなたのことをなんて呼んだらいいのかな?」

「好きなように呼んでくれ。君に任せるよ」

「なら、隆樹くんと呼ばしてもらうことにする」

「そういや隆樹くんは花言葉に詳しいんだね」

「まぁ詳しいってほどではないんだけど…花言葉がというより本が好きなんだけだよ」

「なんか、そういうのかっこいいね」

「からかうなよ」

そんなことを言われたのは初めてだ。

学校では本を読んでいるだけで陰もの扱いされる。

「それはそうとそろそろ仕事を始めるよ」

そうだ、だいぶ時間が経ったけどこれから「死神の助手」をしないといけないのか。

「それじゃあまず、死神の仕事について説明するよ」

葵の説明は少し長かったが、死神の仕事というのは簡単に説明するとつまりこういうことらしい、死者としてまだこの世界をさまよっている魂を成仏させたり。自ら命を絶とうとしてい者の悩みやその解決の手伝いをしているらしい。

なんだか死神の仕事って慈善(じぜん)団体(だんたい)や宗教みたいだ。

「思っていたより簡単な仕事なんだな」

「あなた、この仕事を馬鹿にしてるの?それとも馬鹿なの?」

なぜか急に毒舌キャラになっている。

「すいません」

「許す!」

「今日はこんな時間だから本格的な仕事は明日からね」


    ―次の日―


これから、葵との仕事のためにある場所に向かっている。

そこは人気のない裏路地で誰かがいるとは思えなかった。

「ここには何をしにきたんだ?」

「もちろん仕事をしに来ているのよ」

「ここには誰かがいるのか?」

「誰かじゃなく魂。でも、魂と言っても今から会うのは浮遊魂ふゆうこん、成仏ができずにこの世界を今も彷徨さまよっている一種の幽霊ね」

「この話は昨日もしたんだけど聞いていなかったの?」

「ああ…そうだったな、いや聞いていたさ」

そんな話もしていたな、たしか浮遊魂はこの世界に大事な物をなくしたのか

それとも、言いそびれたことがあるのか死者によって様々だが

何かやり残している死者が浮遊魂になるんだとか言っていたな。

「それで、そのフユウコンはどこなんだ?」

できれば早く仕事を終わらせて帰りたい、

今日は待ちに待った天蓋てんがい先生の本の発売日なんだよな。

「ここよ」

「どこだよ。誰もいないじゃないか…」

「あれがそうなのか?」

奥には薄っすらと人影が見えていた。

「ええ、彼女がそう」

魂と言うから僕はてっきりなんか、こう丸くて光っている物かと思っていた。だがこれはまるで…人間じゃないか。

「なぁ、葵。僕には人間にしか見えないんだが」

「そうね、見た目は人間だけど彼女はすでに亡くなっているのよ」

「これを見れば本当かどうかは分かるわ」

葵に渡されたのは先月下旬の新聞記事の切り抜きだった。

僕はそれを見てぞっと背中に寒気がはしった。

そう、彼女は間違いなく亡くなっていたのだ。

この事件はたしか、母親が十二歳の子供を山へ置き去りにし

数日後に発見されたが、栄養失調と母親に殴られたと思われる傷が

原因で病院に到着後まもなく死亡が確認された、とかいう事件。

「この事件は僕でも知っているよ。それで僕たちはどうしたらいいんだ、

この子の未練はなんなんだ?」

「紹介するは……」

「いえ、私から言わせてください」

「私の名前は北山きたやま 紅葉もみじ、年齢は…もし生きていたら今月で十三歳になっていました」

「未練はですね、お母さんにもう一度会うこと。それが私がやり残したことです」

えっ。でもこの子はお母さんに殺されたんだろ。それでもこの子は、母親に会いたいって言うのか?

「紅葉さんが母親に会いたいにしても今は刑務所の中なんだろ、どうするんだよ」

「それをどうにかするのが私たちの仕事だよ」

すでに二十時をまわっているじゃないか。帰るのは何時になるんだか。

「それと隆樹くんにはまだ言っていなかったけど紅葉ちゃんはもちろん

私たち死神の姿は他の人達には見えていないの」

「なら今から刑務所に行くだけなんじゃ」

「隆樹君は考えが甘いな~」

「そのくらい私たちも考えたのよ、でも受刑者が居る場所は一般には公開されていないの。唯一知らされているのは受刑者である母親の家族か親族だけなんだけど…親族にあたる人も、もう…」

なるほど、確かに考えが浅かったようだ。

「そーいや、裁判の方は終わったのか?」

「確か裁判は……十月の十六日だとか言っていたな」

「そうよ!その手があったわ」

「って、それって二日後じゃない」

「これは一つの希望よ。この機を逃がしたら次はないわ」

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