II

 トルコ人は来週末にも海岸へ案内すると言ったが、俺は仕事があるからと言って3週間後の週末に延ばしてもらった。期待通り、11月も下旬になると北風が冷たく、革の手袋をしてトルコ人に会いに行った。

 意外にもマリッツァも一緒で、トルコ人が自家用車を運転し、俺とマリッツァが後部座席に座る形になった。エンジンがかかるとマリッツァが腕に抱きついてきた。父親の命令なのだろう。彼女の瞳には初めて出会った時ほどの力強さはなく、困惑で伏し目がちになっていた。振りほどく訳にもいかないので後ろからトルコ人を睨んでいると、彼は誤魔化すためにベラベラと話し始めた。トルコ軍がクルド人のテロ組織といかに戦ってきたか、イスラム国の狂信者たちの掃討にどれほど貢献してきたか自分では雄弁なつもりで語り尽くした。中近東の専門家によると、トルコ政府が密かにイスラム国を支援してきた可能性が高いと言うことだが、それ以前に自分の娘だという女の子を平気で犠牲にするこの男に反論する気も起きなかった。

 どうせこいつは生きて東京に戻れない。それより、マリッツァが大分リラックスしてきたようなので安心した。


 千葉県の海岸沿いと思われる町に入ると、トルコ人は同じ道をぐるぐると回ったりして、俺に海岸の正確な場所を知られないように運転しているようだった。実際、均質な作りの民家ばかりで道を覚えられはしなかったが、海岸に興味のない俺にはどうでもいいことだった。しばらく住宅街のラビリンスを巡ってから、車は急に小さな入り江に出た。

 右ポケットに手を入れ、折りたたみ式ナイフを握りしめながら外に出ると、もの凄い腐臭がした。トルコ人の後をついて石段を降りて行くと、波打ち際に夥しい数の魚や貝の死骸が積み重なり、真っ赤な蟹たちがその肉を貪っていた。後ろからトルコ人を仕留めるつもりだったが、一瞬後ろのマリッツァに目をやった隙に、奴はどす黒く粘っこい砂を手につかんでいた。

「この砂からもシェールオイルが採れる」

 トルコ人の手から砂がねっとりと落ちて行くのに見とれる振りをして、砂が落ちきってから、ナイフを出して奴の心臓めがけて襲いかかった。奴は足元に落ちていた朽ち木の枝を取って反撃したが、左手でガードした。痛みも感じなかった。だが、奴の心臓をえぐろうと伸ばした右手は手首をつかまれ、動かせなくなった。即座に股間を蹴り上げると奴は痛みで身をかがめたので、背中から心臓の辺りを刺してぎこちなく魚をさばくようにナイフを動かし、引き抜くと血が噴水のように跳ね上がった。

 子供の足とはいえ逃げられたら厄介なので、血しぶきをよけながら足早にマリッツァのもとに向かった。彼女はトルコ人が死んでいく様を嘆き悲しみも、驚きさえもせず冷たいダイヤモンドのような瞳で見つめていた。

彼女の傍らに行くと、俺たちは初めて会話を交わした。

「あいつ、君の父親なの?」、「違うわ」





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マリッツァと房総海岸のシェールオイル ラリー・クルス @larry_cruz

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