27 第一の殺人

 ……死体が発見されたのは、この直後のことだった。


 彼岸寺から裏手に向かって、野道を十分ほど歩いて行ったところに、浅い川が流れている。その川の上には、真っ赤な橋が掛けられていた。それは江戸時代を彷彿とさせる、昔ながらの曲線を描いたアーチ橋であった。

 ちょうどその橋の真下である。川の流れに弄ばれ、衣服をひらひらと揺らめかせながらも、手足が岩肌に引っかかって、とどまり続けている人影があった。

 それは人魚のように美しかった。しかし、どんなロマンチストでもそれを人魚と見まごうことはなかっただろう。

 それが人間の死体であることは、誰の目にも明らかなのであった。

 通りがかった村人がこれを発見し、すぐさま警察に通報したのである。

 この知らせは、たちまち彼岸寺にも伝わり、したがって、根来と祐介の耳にも伝わった。そして、二人は誰が死んだのかも知らぬまま、ただ「死体らしきものがある」というだけの話を聞いて、さまざまな妄想をかき立てながら、現場に足で向かったのである。


「この道の先ですか……」

 根来は野道を走りながら、哲海に尋ねる。

「そうです。この先に、三途の川はあります。その先にあるのが、岩屋なんです」

 哲海は、少し息を切らしながら言った。どうにも、根来と祐介の足が速すぎる。

「根来さん。もう駄目です。私に構わず、先に行ってください」

「分かりました。よし、先に行くぞ、羽黒」

 根来はそう言うと、まるで疾走する虎のように、野道を勢いよく駆け出した。

 祐介もさすがに根来の全速力には追いつくことができない。ぐんぐんと、根来は野道の先に進み、視界の中で小さくなっていった。それにしても、あの体格の良さで、よくあんなに素早く走れるな、と祐介は感心した。

 祐介も根来の後を追って、野道を走ってゆくと、視界が次々と広がってきて、根来が赤い橋の手前に仁王立ちしているのが見えてきた。

 川沿いには、何人かの村人と駐在がぼんやりと立ち尽くしていた。

 祐介は、橋の手前にたどり着いた。ぐっと視界が開けた。まるで山に囲まれた小さな盆地といった印象だ。

 祐介は、清らかな水が流れ続ける川を見下ろせる土手の上に立っていた。そして、川の流れに揺らめくそれを目撃して、言葉を失った。


「畜生っ!」

 根来は、悔しそうに大声で怒鳴った。

「こいつは殺しだ。間違いない」

 そして祐介は、さらにあることに気づいて、戦慄した。

「根来さん。全て予言の通りですよ。見てください。赤い色、横たわる人影、流れ落ちる、あふれ返る……」

 祐介は、呪文のようにそう言うと、何事か考えているらしく、押し黙った。

「そうだ。たった今、聞かされた予言の通りに人が殺されたんだ……」

 根来はそう怒りに震えた声で言ってから、少し息を整えると、

「羽黒。あれが誰だか分かるな」

 と尋ねた。

 祐介は答えた。

「ええ。日菜さんですね」


 御巫日菜は、川の流れに揺らめきながら、開かれたままの目で青空を見つめていた。

 ……だが、その瞳には、もはや何の感情も無かった。

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