出会いと別れ

第35話 再会

「次はぁー中央地区大学前ぇー中央地区大学前ぇー」

 駅員の間延びした声が聞こえ、和葉は目を覚ました。電車に乗ったのが午前中だったため、窓の外は明るくなっている。丸1日もかからなかったようだ。

 雨は相変わらず降っている。どこからか旅発つとき、普通は晴れることを願うものだが、今回ばかりは違う。和葉はホッと胸を撫でおろした。

 駅はたくさんの人々でごった返していた。この騒音が懐かしい。おそらく通勤通学ラッシュだろう。セーラー服の女学生や、スーツの会社員、周と似たような袴姿の男子学生……。見た目も立場もバラバラであろう人々が早歩きをしている。

「さてと、少し歩いたら湖がある。どうする? 何かお土産でも買っていくか? 今までの報酬として、何か買ってやるよ。早くしないと雨が降りそうだし、観光はできないけどな」

「そもそもあっちに物を持ち込めるのかよ。税関とかねえの?」

「何の手続きもしてませんけど! タイムスリップしたみたいに来ちゃったから……あ、この宝石……」

 和葉の目に1つの宝石が留まった。路上で宝石を売って生計を立てている老人のものらしい。

「おや、嬢ちゃんお目が高いねえ! 今ならちょっとまけてもいいよ」

 老人からは中央地区のスラム街の匂いがする。それでも富裕層のような恰好をし、髭は綺麗に整えられている。丈夫な生地でできたズボンに包まれた膝を手でさすり、和葉の返答を待った。

「宝石を買うつもりなんだが、手持ちが少ねえから値段次第で店を決めようと思ってんだ。いくらだ?」

 老人は焦ったように身を乗り出した。

「ここらには他に宝石商はいねえよ! ほら、これでどうだ!」

 ボロボロの紙に値段を書いて周に見せる。周は少し考える素振りを見せた後、浅く頷いた。


「随分手馴れてるじゃないか。危ないことしてるんじゃないだろうな?」

「してねえよ! 少なくともあんたよりは。こういうの得意なユリウスと一緒にいたからだろうな。ほれ、大事に持っとけよ。駅前と駅中はスリの多発地帯だから」

 周は和葉の手に宝石を乗せた。和葉が貰ったのは澄んだ海のような色をした宝石だ。その宝石が何なのか、和葉にはすぐに分かった。

「アクアマリンだ……これ……」

「何じゃそりゃ? 石に名前なんかあんのかよ」

「あるに決まってるだろう。それがアクアマリン?って言うことは知らなかったけどな。女の子を口説くとき、石言葉と一緒に宝石を渡すといいんだよ。コレ、上級者テクニックだから、お前さんは真似しないようにね」

「するかそんなもん! あんたみたいな軟派と一緒にすんじゃねえ! それはそうと、あんた石の名前なんて知ってたんだな。勉強苦手なくせに」

「母が持っていたんです。父から貰ったって言って、よく嬉しそうに私に見せていました。ずっと母は宝石が好きなんだろうって思ってたけど、今思えば父に貰ったから嬉しかったのかな……」

 和葉は幸せそうに微笑む母親の姿を思い出した。今買ってもらったアクアマリンのネックレスと、同じ形で同じ種類だ。雫型の宝石は珍しいものではないかもしれないが、和葉には運命のように感じられた。

「お前さん物言いが大人っぽくなったね。感心感心。……まあ、人にプレゼントを貰うってのは嬉しいもんだよな。このプレゼントを選んでる間、自分のことを考えてくれてるわけだしさ」

「フン、気障なこった。まあ同意はするけど……おい!」


 急に周が大声を出したため、周囲の人の声が一瞬小さくなった。和葉が辺りを見渡すと、いつの間にか自分の荷物がない。黒のジャケットを着た男が、和葉の荷物を抱えて走っている。

「てめえ! 止まれ! 誰か、そいつを捕まえろ! 泥棒だ!」

 周を先頭に、アーネストと和葉も走って追いかける。しかし人ごみの中、身動きがとりにくい。

(なんでこんな目に! あの中には5人分の涙が染み込んだハンカチが入ってるのに!)

 和葉の背中に冷や汗が流れる。アクアマリンのネックレスに夢中になっていた和葉は、背後のカバンを狙う男に気づかなかった。

「お願いだから止まって!」

 そんなことを言って止まってくれるスリ犯はいない。男は出発直前の電車へ向かって走っていく。

「まずい! 電車に乗られたら終わりだ! 駅員さん! その男を乗せるな!」

 アーネストが叫んだ瞬間、男の体が宙に舞った。周囲の人々は何事かと遠巻きに見ている。

 駅員が縄を取り出し、男の腕を縛った。和葉は彼の手際の良さに思わず感嘆の声を上げた。

「はあ、はあ、良かった……。和葉お前! 感動してる場合じゃねえ! スリには気を付けろって言っただろ!」

「はあ、はあ……すみません……。まさかカバンが狙われるとは……。駅員さんありがとうございます!」

 和葉は勢いよく頭を下げ、顔を上げるとそこには茶髪の優し気な顔があった。黒い瞳が困ったように細められている。ユリウスだ。

「え! ユリウスさん?」

「ユリウス! お前、ここで働いてたのか!」

「おお! お前さんだったか! すごいなユリウス君! 助かったよ。やっぱり駅はスリが多いのか? 随分手際が良かったが……」

 和葉と周、アーネストは同時に話し始めた。聖徳太子でもないユリウスはもちろん聞き取ることができず、声を上げて笑った。

「まあまあ、とりあえず向こうに行きましょう。すみません、この男を警察の所へ連れて行ってくれませんか? この人たち、知り合いなもんで……」

 ユリウスの先輩と思われる男は「りょーかーい」と手を振り、男を縛る縄を手に持ち歩き去って行った。

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