第14話 決闘(2)

 和葉が諦めていたら、突然加勢した男の一人が拳銃を発砲した。撃った相手は和葉たちではなく、不良の一人だ。

「警察だ! 全員手を上げろ! 武器を下ろせ!」

 加勢したと思われていた男が叫んだ。彼は軍服のようなものを着ていた。辺りから「ポリ公だと?」「なんでここに!」と言った声が聞こえてくる。

 警察官たちは男たちに向かって銃を向けた。多くの不良の男たちは武器を捨てて手を上げたが、銃をもった連中は頑なに離さなかった。彼らは警察官に発砲し、警察官も応戦していた。

 銃撃戦の間、和葉と筒音は車の影に隠れた。周とユリウスは彼女らをかばいつつも、事の成り行きを見つめていた。

 周から「見ないほうがいい」と言われていたが、こっそりとユリウスの体と車の間から様子を見た。映画やドラマでよく銃を撃っているシーンを見ていたので、様子を見るくらい大丈夫だろうと思ったのだ。

 和葉が見たのは、井戸で出会った男が額を撃たれて倒れる瞬間だった。撃たれた彼が最期にどこを見つめていたのかは分からない。ごうごうと燃える命の炎が、一瞬で消えるのを和葉は初めて見た。母親の死でさえも、死ぬ直前には立ち会わなかった。死というものはこんなにもあっけないものなのか、と和葉は呆然とした。

 撃った警察官は、すぐに撃たれた男の仲間によって殺された。命の灯を消す大雨のように銃弾が飛び交う。悲鳴やうめき声、叫び声が建物に反射して響いている。


 結局、不良は3人、警察官は2人が亡くなった。辺りは血で染まり、5人ほどの男がうめき声を上げながら救急車で運ばれていった。

 辺りは騒然とし、騒ぎを聞きつけた人々が遠くから見つめている。応援を呼んだのか、警察官の数が増えた。彼らはビルの中にも突入して数十人を逮捕し、トラックの中に押し込め、ようやく騒ぎが沈静化した。

 落ち着いたころを見計らって、若い警察官の一人が和葉たちの所に駆け寄った。

「大丈夫? もう安心してね。ケガはない?」

 優しく穏やかな口調で言われ、和葉と筒音は大声で泣き出した。ユリウスが背中をさすり、「ごめん、ごめんな」と繰り返している。


 和葉たちが泣いている間、周が警察官の質問に答えていた。ケガがないことに安心した警察官は、事情聴取のために一応署に来てほしいと言った。その指示に従おうとしたとき、後ろからもう一人の警察官が現れた。

「事情聴取はいいってさ。この子たちはただ巻き込まれただけらしい。俺たちも戻ろう。君たちは帰れるかい?」

 和葉たちは頷いた。和葉は一般的に、目撃者も警察の捜査に協力するものだと思っていたが、このスラム街では犯罪が多発しているため、いちいち話を聞いている暇などないのだろう。しかし何か腑に落ちない。そう皆が思っていたとき、周が口を開いた。

「なんで来てくれたんですか? 誰か通報でもしたんですか?」

「名前は忘れたけれど、どこかの大学の先生が証拠を集めて警察署に来たんだ。でも、なんで大学の先生なんかが、薬物流通のグループのことなんか調べてたんだろうな」

 そう言うと彼らは不思議そうに首を傾げ、「じゃあな、気を付けて」と手を振り、去って行った。次第に警察官の人数も減り、騒ぎが収まってきた。謎はまだいくつか残るが、とりあえず生き残ったことに胸を撫でおろした。

 和葉と筒音が泣き止んだころ、群衆の中から女の声が聞こえた。怒鳴っているが綺麗な、透き通った声。和葉は聞き覚えがあった。声はだんだん近くなり、何を言っているか聞き取れるほどにまで近づいた。


「ユリウス! 筒音! 周! 和葉ちゃん!」

 声の主は和葉たちの前に姿を現した。顔の半分が大きな火傷で覆われている女だった。しかしその火傷があっても、もともと美人だったということがよくわかるほど整った顔立ちだ。瞳は大きいアーモンド形で、小さい口からは整った歯が並んでいるのが見える。彼女は息を切らし、涙目になっていた。

「み、三雲! なぜここに……」

 ユリウスが彼女の肩を力強く掴んだ。彼女こそが三雲だということに和葉は驚いた。彼女はいつもカーテンの向こう側にいて、心のどこかで現実にはいないような気がしていたのだ。

「筒音たちが話しているのを聞いて……あんたが危ないかもしれないと思って来たんだよ。なんでこんなことしたの? 危うく死ぬところだったじゃない!」

 三雲は険しい声で怒鳴った。顔は隅々まで真っ赤に染まっている。和葉は頭の中のイメージとかけ離れている姿に驚いた。

「金が欲しかったんだよ。この金が入ったら、お前の顔の火傷痕の手術が受けられるところだったんだ」

 三雲はハッとしたような表情で、口をわなわなと震わせた。

「それよりお前、そんなに感情を表に出せるようになったんだな。戦地から帰ってきたお前はずっと無表情だったのに。本当に、本当に良かった……でも悪いな……金は手に入らなかった。次はもっとうまくやるさ」

 ユリウスがそう言った瞬間、三雲は思いっきり泣いた。泣きながら、拳で何回もユリウスの胸を叩く。

「馬鹿! 馬鹿! やめてよ、もうこんなこと! 私、さっきあんたのこと探しながら、もしかしたら死んじゃったかもって思ったんだ。そしたら急に恐ろしくなって吐き気がした。私のせいで、ユリウスが酷い目に遭うなんて絶対いや。私、甘えてた。ずっとユリウスは私の傍にいてくれると思って、ずっと殻に閉じこもって。戦地でこんな酷い顔になった私なんて、存在価値がないんだから捨ててくれて良かったのに……なんでそんなに優しいの?」

 三雲のケロイド状になった肌に涙が伝う。肩を震わせながら泣く彼女は、大人びた声とは対照的に少し幼く見えた。そんな彼女の肩を抱きながら、ユリウスも嗚咽を漏らす。乾燥した空気の中で目を見開いていたため、水の膜が張った瞳から涙が零れることはなかった。

「俺が優しい? そんなことない。お前の病気が治ることを諦めてたんだからな。もう諦めたから、最後くらい笑顔になってほしいと思ったんだ。こんな俺を責めてくれたっていいんだからな。でももし、俺が優しい男に見えるなら、それはお前のことが大切だから。大切な奴には、自然と優しくなっていたのかもしれないな。たとえどんな顔になっても、お前への気持ちは変わらない」

 ユリウスは照れ臭そうに笑った。三雲も少し微笑んで「気障っぽい」と言った。周はユリウスにハンカチをこっそり手渡した。例の涙の成分を吸収するハンカチだ。彼はそれで三雲の涙をそっと拭った。

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