第33話想像と現実

 その言葉を言ってから、また数秒の沈黙が流れる。

 いきなり何言ってんだと自分でも思う。

 なんの前振りもなく、ただいきなり「写真家になりたい」などと言われては、言われた側は混乱するだろう。

 それはそうだ。

 言った側も混乱しているのだから。

 本当に自分の口から出たものなのか……。

 もしかしたら緊張のあまり、心の声が口に出てしまったと勘違いしているだけかもしれない。

 でもそれは勘違いではなかった。

 父親は少し考えるような仕草をしてから。


「そうか……」


 っとだけ。

 他には何も言わない。

 この”そうか”とはどういう意味があるのだろう。

 どうでもいいから適当に流したのか、他に何を言えばいいのかわからないから、とりあえず適当に喋っただけなのか……。

 その言葉の真意はわからない。

 もう喋ったし、このままこの部屋を出てしまおうかとさえ考える。

 でもそれじゃ今までと何も変わらない。

 だからもう少しだけ。

 僕は不安になりつつも、一言一言頭の中で考えながら。


「否定したり……しないの?」


 そう質問する。

 正直、写真家などと意味のわからない職業に就こうとしている自分を、否定されると思っていた。

 もしかしたら、僕がいきなり変なふうに話を始めたから、否定する余裕がなかっただけかもしれない。

 今からでも否定するには遅くない。

 僕は今から父親に掛けられる言葉を、ゴクリと唾を飲み込み待った。

 どんな返答が返ってきてもいいように、あらゆる言葉を頭の中で考える。

 そして父親は、んんっとのどの鳴らして。


「別に否定なんかせん。子供のやりたいことを応援してやるのが、親の役目だろ」


 想定していたどれとも違う返答が返ってくる。

 今の言葉が本当に父親から発せられた言葉なのか、すぐには理解できない。

 ただ何も言えずに、呆然と立ち尽くしていた。

 

「他に用がないなら、もう部屋に戻って寝ろ」


 強い口調、でも内容はそこまで酷くない。

 僕は言われてすぐに、父親の部屋を出る。

 本当に今のはあの父親の言葉だったのだろうか?

 あんな優しいことを言える人間だったのだろうか?

 まだ少しだけ頭の整理がつかないまま、何か飲み物を飲もうと居間に向かう。

 居間に着くと、もうそろそろ家族全員が寝る時間だというのに電気がついている。

 居間のドアを開けて一番最初目に入ったのは、ティーカップに紅茶を注いでいる母親の姿だ。

 僕が入ってきたことに気がついた母親は、持っていたティーポットをテーブルに置き。

 

「あら翔太? どうしたのこんな時間に」


 そんな質問を投げかけてくる。

 母親のメガネが紅茶の湯気で曇っているので、目は合わないが、その曇ったメガネを見ながら。


「何か適当な飲み物を飲みにきただけだよ」

 

 そう返答し、テーブルの前に座る。

 母親は、「じゃあちょうどいいから紅茶にしましょ」と食器棚からティーカップを持ってきてくれた。

 母親は僕のティーカップに紅茶を注ぐと、自分の空になったティーカップにも紅茶を注いだ。

 そんな母親の姿を見て、父親ほどではないにしろ、母親と二人っきりという状況も珍しいなと思った。

 でもだからと言って、全く喋らないわけでも、仲が悪いわけでもない。

 話すときに緊張したりもしないし、聞きたいことがあったら気にせず聞ける。

 だから僕は、ある一つの質問を目の前に座っている母親に投げかける。


「父さんて、どんな人なの?」


 そんな曖昧な質問をしてみる。
























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る