混乱

 何事かと声のした方を見て、俺は……いや、全員が驚愕したに違いない。

 そちらからは男のプレイヤーが、必死の形相でこちらへ向かってきているのだが……そのすぐ後ろが良くなかった。

 そいつのことを大量のゴブリンが追いかけていたのだ!

 少なく見積もっても十数匹はいる。下手したら二十匹以上だろう。

 なんで助けて欲しいかは説明不要だし、助けられそうがないのも一目瞭然だ。

 すぐに我に返り「みんな、逃げるぞ! 巻き込まれる!」と言おうとしたところで、もう間に合わないことに気がついた。

 その男とゴブリンの先頭集団が、俺たちのいた場所まで駆け込んできていたからだ。

 一気に人口密度が上がり、逃げるのも困難なほどになる。

 次善の策は茂みを背に、俺とリルフィーで守りの陣形を築くことだが……レベルと物資が絶望的に足りない。愚策か? 死の確定した持久戦になる。いや、それでもやらないよりはマシのはずだ。

 その指示を出そうとしたところで、後手を踏んだのが判った。

 男が開けた場所の外周部をなぞるように……俺たちを周るように走り方を変えたからだ。そんなことをすれば当然、そいつを追いかけているゴブリンも俺たちを周るようになるから……まるで包囲網を引かれたかのようになる。

 そいつにしてみれば止まるわけにもいかないし、ここから離れてしまったら助かる望みが無くなるからなのだろうが……俺たちにとっては最悪の選択だ。

「え、円陣! 円陣を組むぞ! 俺とリルフィーで円陣を組むから……カエデとアリサさん、ネリウムさんは円陣の中に入れ!」

「タ、タケル? 二人で円陣は無理だよ! ボクも円陣に参加するよ!」

 動揺して無茶苦茶な指示を出してしまっていた。

 こんな修羅場でカエデを参加させたくなかったのだが……二人で三人を守る円陣はつくれない。カエデの言う通りにするしか無いだろう。

「……どうします?」

 リルフィーが聞いてくるが……俺だって聞きたいくらいだ。

「どうするって……このままあいつに引かせて……一匹ずつ引き剥がして処理するしかないだろう」

 リルフィーはそれで納得したようだが……不安のあるプランだ。

 確かにMMOのシステムによってはそのような狩り方……『引き役』だとか『釣り役』だとか呼ばれる仲間がモンスターを引き回している間、他のメンバーで一匹ずつ倒す作戦はある。

 しかし、作業だとかハメだとか呼ばれていて、プレイヤーの間でも評判の良くないやり方だし……運営側も対策用のギミックを仕込んでくるのが普通だ。

 何よりもこの手の作戦ではお互いの連携が大切なのだが――

「あんた! そのまま引いてろ! ……『引き』って解かるよな?」

「ひ、『引き』? なんですか、それ? と、とにかく助けてくださーい」

 駄目だ。まるで当てになりそうもない。

 思わず「責任もって人気の無いところまで引ききって、そこで独りで死ね!」と怒鳴りそうになった。カエデがいなかったら間違いなくそうしたと思う。

 この男と協力して――俺が細かく指示を与えながら、この大量のゴブリンを処理するのか? あまりの無茶振りに眩暈がしてきそうだが……ここでへこたれる訳にはいかない。

「とりあえず……一匹FA入れてみます」

 緊張した顔のリルフィーは投石用の石を取り出していた。

 まだ細かな仕様は全く判っていない。FAを入れたらゴブリン全てが、リルフィーにターゲットを変更する可能性があった。それは低くはない……高いとすら思うが、他に方法も思いつかない。

 腹を決めて肯こうとした瞬間、状況はさらに悪化した!


 その男を追いかけていたゴブリンのうち、何かの拍子に遅れた奴らが……第二陣のゴブリンが到着したのだ。

 そして男は先頭集団と第二陣に挟まれる形にもなっていた。

 逃げる間もなく、一瞬のうちに男は倒される。

 ……男が倒れこむときに、なぜか笑みを浮かべていたのが不快だった。さすがに見間違いか?

 全てのゴブリンがスイッチが切れたようにピタっと動きを止める。

 次のターゲットを決定するまでの僅かなタイムラグだ。

 ……そして、おそらく……次にターゲットにするのは手近なプレイヤーで……そうなったらパーティの全員が一対多数の戦いを強いられる!

 そんな戦いとも呼べないものに誰も耐えられない。つまり、全滅だ。

 今しかない!

 気分は良くないが……誰かを犠牲にしなければ、この局面を切り抜けることは不可能だ。

 リルフィーの持っている石をひったくりつつ、逃走経路を急いで考える。

 ……駄目だ。俺一人分だけすら、上手く逃げれるルートがまだない。多少、ギャンブルを重ねることになるが……やるしかないだろう。

 プランが決まり、俺は円陣から離脱した。悪いが邪魔だ。

 僅かに空いていたスペースへ駆け込む。ここならすぐには攻撃されない。かといって、どこへも逃げれない袋小路でもあるが。

 振り向きざまにゴフリンに石を投げつける。狙いをつける必要すらない。

 ……文字通りの石を投げたら当たるだ。こんな時なのに、なぜか俺は面白くなってきた。

 ゴブリンにFAを入れると、一斉に俺を睨んでくる。無事、全部を引きつけれたようだ。まずは一つ目のギャンブルに勝ったというところか。

「タケルさん? ……タケルさんが引くんですか?」

 ようやく我に返ったリルフィーが聞いてきたが……俺のプランはそうじゃない。

 『引き役』を立てて処理を狙っても息切れするか、どこかで破綻するだけだろう。全滅までの時間稼ぎにしかならない。

「奥の方まで引いて、こいつら捨ててくる」

 あまり話している余裕はないのだが……説明はするべきだろう。

 一番近くのゴブリンが攻撃してきた。想定していたので盾で受け止める。しかし、間髪いれずに攻撃してきた別のゴブリンに直撃をくらう。けっこう痛いし、予想よりも多くHPが減った。

 まずい、あと二、三回は攻撃されるだろうが……HPは持つか?

 そう思ったところでネリウムが回復魔法をかけてくれた。緊急時に回復役のMPを無駄にしたくないが……俺が上手くできなきゃ全滅だ。まあ、勘弁してもらうしかない。

 通路を塞いでるゴブリンがもう少し俺の方に接近してくれば、通り抜けるスペースが――

「えっ? それで……タケルはどうすんのさ!」

「……何とか撒いてくるさ。……街で落ち合おう」

 カエデには適当に濁して答えた。

 奥まで引いてからは――パーティのみんなから十分にゴブリンを引き離してからは、完全にノープランだ。まあ、その後はどうにもならないだろう。

 それでも迷惑な奴に巻き込まれて全滅するより、犠牲が一人で済んだ方がほるかに気分が良い。

 またゴブリンの攻撃を何とか盾で受ける。再びHPが減り、ネリウムが必死に回復魔法で支えてくれるが……明らかにジリ貧だ。

 だが、ようやく通路への道が見えた。いまなら通路へ通り抜けられる、これ以上の時間を稼いだらゴブリンに完全に囲まれてしまう。

 時間を稼ぐギャンブルはネリウムの助けもあって切り抜けた。

 あとは通路まで逃げ込むだけだ。それに成功すればなんとかなるだろう!

 ゴブリンをかわしながら全力疾走をする。

 何度か攻撃がかすってHPがみるみると減っていく……ネリウムも支えていてくれるが……それも止まった。MPが切れたのだろう。

 あと一歩というところで死角にいたゴブリンが躍り出てきた。

 まずい! 道を塞がれるし、そいつの攻撃を耐え切れるか?

 諦めかけたところで、そのゴブリンの顔面に石が直撃した。

 視界の隅でリルフィーが投げ終わった体勢になっていたのが見えた。そのゴブリンは怒りの形相でリルフィーの方へ向かっていく。それで邪魔者はいなくなった!

 リルフィーが攻撃したゴブリンはここに残るだろうが、四人で何とか倒してもらうしかない。ぎりぎりだがナイスアシストだ。

 そして俺は通路へ――

「タケル、前!」

「タケルさん? 『ファイヤー』!」

 俺の目の前には数匹のゴブリンがいた。最も遅れて男を追いかけていたゴブリンたち、第三陣もいたのだ。

 ……あの男はどれだけゴブリン集めたんだ?

 アリサエマは反射的に魔法で援護射撃をしたのだろうが……それだけではどうにもならない。

 そのゴブリンたちに止めを刺され……俺は死んだ。

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