出発

 城壁から外へ出るとすぐに草原が広がっていた。

 これもうるさい人に言わせると変なことらしい。

 普通、城壁の周辺には貧しい人達が住みついていて……ありていに言えば貧民街の様相となるそうだ。

 しかし、そんな時代考証をされても困る。街から出入りするたびに貧民街経由では、楽しく遊びにくくなってしまう。

 そんなわけでリアルとは言えないのだろうが、草原を前に俺はかなりテンションが上がっていた。

 目の前に広がるのは……前人未踏の冒険の大地なのだ!

 MMOにだって嫌なこと、辛いこともあるが……この未知の世界に挑む高揚感が俺を飽きさせない。やはり、俺はMMOプレイヤーなんだなと呆れてしまった。

 ここには遊びに来たわけではないが……カエデが満足するまでの間、少し楽しんでも罰は当たらないだろう。

「どうします?」

 リルフィーが方針を聞いてきた。

 こいつと狩りをするのは良くあることだったが……相談をするなんて久し振りな気がする。

 俺とリルフィーだとセオリーが解かり過ぎてて、いまさら相談することなど何一つ無い。下手をすると一言も口を聞かず、何時間も狩りを続けることすらある。

「まあ、とりあえずパーティを組むか。システムが良く解からないし……あとはセオリー重視でいくしかないんじゃないか?」

 そこで俺たちはメニューウィンドウを呼び出し、パーティ編成をした。

 全員がいっせいにメニューウィンドウを操作しだすのは、はたから見たら変だろうが……MMOでは良くある風景ことでしかない。

「あっ! ボク……短剣を買うつもりだったんだ! どうしよう……」

「短剣? 持ってるじゃないか?」

 カエデの不思議な言葉に思わず聞き直してしまう。

「うんと……ボク……スキルで『二刀流』を取ったから……最初にお店で買おうと思ってたんだけど……」

「いまから買いに行ったのでは手間です。今回は私の短剣をお使いください。どうなるか判りませんが……この人数だと私は回復に専念した方が良さそうですし」

 そう言いながらネリウムはカエデに自分の短剣を差し出した。

 本当にネリウムは頼りになる人だ!

 ここで時間をかけるのは愚策だし、街に戻って買い物では面倒くさい。

 それに裏方的役割の回復役に自ら立候補してくれた。

 目的はお互いのターゲットに気持ちよく遊ばせることであり、俺とネリウムの楽しみ追求は二の次でしかない。……相方のターゲットがリルフィーなのに疑問を覚えるが……俺がとやかく言う筋合いではないだろう。

「カエデは戦闘系のスキル配分なのか?」

「うんとね……『二刀流』に『急所攻撃』『体術』『隠密』『方向感覚』『気配察知』だよ!」

 無邪気にカエデは答えてくれた。

 本気でMMOを攻略するのであれば……自分の所持スキルや能力値割り振りは秘密にするべきだ。まあ、『できるVRMMO』では攻略なんぞ二の次だが。

 それより、かなり攻撃的なスキル配分が気になった。もしかしたら怒らせたら怖いのかもしれない。

 いや、その考えは誤りか?

 受けか攻めかで区分したら、攻めるのが好きなタイプかもしれない。

 攻め……カエデに積極的に攻められる! 悪くない!

 ……もちろん、コンビプレイでのポジションについてだ。


「それじゃ、カエデ……さんはディラーかな?」

 リルフィーは慌ててカエデに「さん」付けする。俺が睨んだからだ。

 ディラーとはモンスターと戦うときにダメージをディールする役目のことで、パーティの攻撃役を受け持つ。

「そうだな。それで俺かリルフィーがタンクだな。リルフィー、ヘイト管理系のスキル取ってるか?」

「へっ? いや……ヘイト管理系なんて……そんなの取らないっすよ。まだ一レベルなのに」

 使えない返事をされたが、リルフィーの言うことは理にかなっている。

 ヘイト管理系スキルというのはシステムによって色々だが……ようするにモンスターの注意を引きつけるスキルだ。

 仮にこのパーティで五匹のモンスターと戦うとする。

 五対五だからと一対一の戦いを五つ作ってはいけない。そんなことをしたら肉弾戦に劣る『魔法使い』のアリサエマはあっという間に倒されてしまう。

 正しいのは盾役――タンクを一人用意して、そいつ一人で五匹分の攻撃に耐えることだ。

 そうすれば肉弾戦に弱いアリサエマの安全が確保できるし、回復担当のネリウムの負担もぐっと減る。さらには手の空いてる三人で集中砲火を加えることで、手早くモンスターを倒すことができるだろう。

 その作戦を上手く成立させる――モンスターの注意を引きつけるスキルがヘイト管理系スキルだ。

 しかし、当たり前だがヘイト管理系スキルはソロプレイでは全く役に立たない。何もしなくても目の前のモンスターは自分だけを攻撃してくれる。……嬉しくともなんとも無いが。

 また、一レベルの『戦士』がモンスター五匹分の攻撃に耐えれるかも全く判らない。モンスターの注意を引きつけた瞬間に即死もありえる。

 リルフィーの言うように、この段階でヘイト管理スキルなど習得するのは愚策とも考えられた。

「……じゃあ、なんのスキルとったんだ?」

「そりゃ……『剣』と『危険感知』ですよ。これ以外ありえないすっよ」

 リルフィーにしては当たり前……いや、廃人ならば当たり前の選択だった。

 「武器は剣一択」に「『感知』は取れ」……どちらも鉄則といっても良いぐらいのセオリーだ。

 ファンタジーゲームでは剣以外にも武器は多く設定される。斧、槍、弓、槌……とバリエーションは豊かにあるだろう。

 しかし、普通に考えて一番人気は剣だ。

 そして一番人気である剣を、不遇な武器にするシステムはほとんど無い。一番有利な武器とは言えないまでも……確実に上位の性能が約束されている。

 それを踏まえれば、剣以外の武器を選択するのは……趣味に走っているとしか言いようがない。

 「『感知』は取れ」は安全策なセオリーだ。

 リルフィーの取った『危険感知』は危険が迫ったら解かる、第六感のようなスキルなのだろう。しかし、そんな曖昧な現象を再現することはできない。

 おそらく、危険が近づいたときに頭の中でアラームでも鳴るのだろうが……これが強力な効果なのだ。

 現実の第六感は間違えることがある。「いやな予感がしたが、そんなことは無かったぜ」というアレだ。

 しかし、スキルの場合、アラームが鳴ったら確実に危険が近くにある!

 もちろん、危険の定義や発動率によって恩恵は左右されるだろうが……場合によっては万能のスキルへと変化してしまう。

 万能必須の神スキルだった場合……持つものと持たぬものの格差は酷いものとなる。

 たいしたことが無いスキルだったとしても、貴重なスキル枠一つ分程度の役には立つだろう。それでいながら万が一の保険でもあるのだ。

「タケルさんだって……同じスキルでしょ?」

 のほほんとリルフィーが痛いところをついてきた。


「俺は……『剣』と『調薬』だ」

 『防具破壊』のスキルは万が一にも知られてはならない。少なくともカエデには!

 嘘をついたことになるが……他人の修得スキルを調べる方法など無いはずだし、なんとでも帳尻合わせはできるはずだ。

「えっ? 『調薬』って……そんな……もしかして、何か裏情報つかんでいるんですか?」

 リルフィーが愕然とした後、神妙な顔を近づけ内緒話をしだしたのは……『調薬』という選択がありえないものだからだ。

 実は『調薬』に限らず、全ての生産系スキル修得はありえない。……少なくとも廃人にとっては。

 NPCのショップでは必要最低限の物しか手に入らないのが一般的だ。生産系スキルと関わりにならないのは不可能であるし、そんなことをすればMMOの楽しみを損なってもいる。

 しかし、生産系スキルがあっても、無からアイテムを作り出せるわけではない。

 材料が必要だ。材料の入手方法はゲームによって様々だが、他のプレイヤーから買い取ったり、自分で獲りに行ったり……ようするにプレイヤー自身がやらねばならない。

 材料が集まってようやく製作だが、作業に時間がとられたり、失敗したり、プレイヤー自身の才能が要求されたりと……細々とした制約がついてまわる。

 完成してもまだ終わらない。

 ほとんどの場合、誰かに売却して資金にして、ようやく終了だ。

 これはこれでゲームの世界が社会として成立する要素だし、アイテム生産にも楽しみを見い出せる。生産中毒とでもいうしかない極まったプレイヤーだって珍しくはない。

 しかし、生産作業には時間がとられる。それは否定できない事実だろう。

 攻略がテーマのプレイヤーにとって――トップクラスの廃人にとって生産作業などは煩わしいだけだ。

 貴重なスキル枠を一つ使用して、攻略に直接は役に立たないスキルを修得してしまう。それだけで廃人には理解不能だ。

 その習得してしまった生産系スキルを有効に活用するには、生産作業に時間を割く必要まである。効率の面で論じるにも値しないことだ。

 そんな発想をしていたらトップクラスの廃人には絶対及ばない。

 奴らは大量の資金にものを言わせ、欲しいものを欲しいだけ買い漁る。値切り交渉の時間すら惜しむ。それが廃人だ。

 そうやって確保した物資と時間を使って、最先端の狩場で大きな利益を得る。その利益で……また大量の物資と時間を確保するのだ。

 リルフィーはどこに出しても恥ずかしくない――例えば社会病理学者へのサンプルだ――廃人であるから、この様な発言となったのだろう。

「そんなんじゃない。まだオープンβだぞ? どうせレベル制限か作り直し強制のどちらかだし……正式サービスに持ち込めるアイテムも制限かかるはずだ。この時点では自給自足できるようにスキル取るのが正解なんだよ。市場には売り手も買い手もいないだろうしな。いまは何よりも情報。満足のいくキャラメイクやスキル構成には……オープンβ終了直前になってりゃいいんだ」

 俺の口からでまかせにみんなは納得したようだ。

 まあ、攻略の観点で言えば間違いではないだろう。

 オープンβはあくまでもテストプレイであるから、プレイヤーたちの成果――レベルやアイテムは正式サービス開始時に全ては持ち越せない。それはテストプレイヤーも承知していることだ。

 ……かなり厳しい制限となるのが予想できる。廃人達がやばすぎるからだ。

 奴らを野放しにしたら……βテスト終了前にゲームが終了してしまう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る