勧誘

 その声はひどく良い声だった。

 認めたくないが……男であればこのような声に生まれたいと思わせるものだ。

 だが、その声の持ち主は……かなり変な人だった。

 一見すると渋い……とても渋い中年男性だ。彫りの深い顔に鋭い目つきは……その男が潜ってきた修羅場を想像させる。俺と同じくお仕着せの粗末な胴鎧姿なのに……歴戦の勇士とでもいうべき風格を感じさせた。

 だが、背が低い。致命的なまでに背が低かった。

 他の全てが完璧なだけに……ただそれだけで奇妙なデフォルメとしか思えない。これならもっと普通の外見の方が生き易いに違いないだろう。

「突然すまなかったな……私はジェネラル。RSS騎士団の団長をやらせてもらっている」

 その男は芝居ががった仕草で自己紹介をした。

 おそらく、普通に自己紹介をしているだけで……醸し出す雰囲気が芝居のように感じさせているのだろう。

「君のその特殊な力を……わがRSS騎士団で役に立ててみないか? いまなら幹部候補生の席を用意しよう。なに、心配することはない。わがRSS騎士団は有史以前から綿々と存続してきた最大派閥で――」

 ジェネラルと名乗る男がそこまで続けたとき、俺はようやく我を取り戻した。

 電波のようなことを言っているから理解しにくかったが……これは単なるギルド勧誘なのではあるまいか?

 ギルド――名称はゲームによってそれぞれだが――とはMMOでは良くあるシステムで、プレイヤー同士で作る団体のことだ。

 MMOを知らない人に説明するのは難しいのだが……気の合うプレイヤー同士で作るサークルのようなものと考えておけばいい。ギルド単位でしか遊べないイベントもあるし、ギルドに入ることでゲーム的に有利になることもある。

 仲良しグループが作ったものから攻略のために集まったギルド、軍事行動するための軍隊のようなギルド、商業組合のようなギルド……ゲームシステムとその世界に集まった人間によって千差万別だ。

 おそらく、ジェネラルと名乗った男はRSS騎士団とかいうギルドのマスターで……俺たちを勧誘しているだけだろう。

 電波のような発言も……ロールプレイ派のプレイヤーだからだと思いたい。

 ロールプレイと言うのは……日本語訳すると『役を演じる』となる。

 例えば俺ならこの世界、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に住む駆け出しの戦士となるから……言動もそれっぽくすることは可能だ。つまり自己紹介で「俺はタケル。まだ駆け出しの戦士だが、いずれは英雄になる男だぜ」などとしても問題はない。……痛いから絶対にやらないが。

 ネカマに対する態度だって……相手が女性と設定しているのだから、尊重して女性として扱うべきだという意見も無くもない。

 目の前のおっさんは「有史以前から続くRSS騎士団」という設定のギルドを運営しているのだろう。……なんでそんな設定にしたのか理解に苦しむが。

 良く見れば噴水広場には同じようにギルドメンバー募集をはじめている奴らがチラホラいた。

 まずい! 暇そうにしているカエデは面白そうにギルドメンバー募集している奴らを観察しているし……とりあえずグループ交際などを企む奴らは敵だ! そんな奴らの魔の手にカエデを晒すわけには――

「ギルマスー! メンバーの承認お願いします!」

 遠くのほうからジェネラルを呼ぶ声がした。

 おそらく、RSS騎士団とかいうギルドのメンバーだろう。……しかし、ゲームは開始したばかりだというのに、やけに人数が多い。もしかして別のゲームからの移住ギルドか?

 ギルド移住とは……新しいMMOが発表されるたびに起きる現象の一つだ。

 新しいゲームに既存ゲームのギルドごと参加しようという試みで……既存ゲームに不満だったり、負けが込んでたりするギルドがよく行う。既存ゲーム側にとってプレイヤーの大量流出であり、新しいゲーム側にとっては古い人間関係まで――怨恨まで輸入されるので迷惑ともいえる。

 しかし、ギルドごとの移住者ならば……後々に勢力を持った集団になる可能性があった。加入はともかく、名前だけは覚えておかなくては……。

「あの……ジェネラル?さん? ギルドの方が呼んでますよ。それに……俺達はまだギルドとか考えてないので……またの機会に」

 穏便に断りを入れておく。

 万が一、RSS騎士団とやらが大ギルドに育ってしまったら、そのギルドマスターに悪い印象を持たれるのは不味い。

「そうか……残念だな。いや……まだその時期ではないのか。……断言しよう。君は必ずRSS騎士団に加入する。私はそれを楽しみに待つことにするよ。それではまた会おう!」

 そう言ってジェネラルはギルドメンバー達の方へ戻っていった。

 全力で関わりになってはいけない人に思えるが……どうして、そんな人物がギルドメンバーを多く確保できるのだろう?

 ……俺達はジェネラルから逃げるように街の外へと向かった。

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