鑑定士

 リルフィーの言葉で辺りは騒然となった。

 何とはなしに聞いていた野次馬たちの注目の度合いも激変する。

「ネカマ? ……どいつだ?」

「あそこで揉めてる奴ら……ほら、あの赤毛が……」

「ネカマって……無理だろ、このゲームじゃ?」

「いや……でも……あいつ『鑑定士』らしいぜ? さっきそんな話を――」

「『鑑定士』って……『最終幻想VRオンライン』の?」

 そんなざわめきが聞こえた。

 それに男プレイヤーの一部はメニューウィンドウを呼び出し、なにやら書き込むような動作をしている。

 おそらくは俺と灯のキャラクターネームをメモしているに違いない。

 俺の名前はいざというときに頼る専門家として……灯の名前は踏んではならない地雷としてだ。

 野次馬根性の強いプレイヤーはハンディカメラのような物を取り出していた。おそらくはスクリーンムービー――ゲーム内での出来事を記録として残すものだ――を撮影しているのだろう。

「やっぱりタケルさんは『鑑定士』だったんですね!」

 ……リルフィーは嬉しそうに言うが、何で嬉しいのかさっぱり理解できない。やはり……こいつは……男に興味がある……のか……?

「こっちでは一般人でいるつもりだったんだが……まあ、振りかかる火の粉は払わないとな」

 半歩ほどリルフィーから離れながら俺は答えた。

 これは嘘でもなんでもない。

 『ネカマ鑑定士』などという形で有名になってしまうと、妙な頼みごとが殺到して面倒くさいのだ。

「なんで私がネカマなのよ! 失礼なこと言わないでよ! 証拠でもあるの!」

 灯が怒り心頭の様子で食って掛かってきた。

 まあ、灯にとっては当然の言い分だし……いまのところ俺は自称『鑑定士』に過ぎない。

「そ、そうや! い、いきなり人様にそんなこと言ったらアカン! それに……有名人の名を騙るなんて良くないことや!」

 真っ青な顔で『お笑い』も加勢する。

 まあ、解からなくもない。

 灯がネカマだとしたら……いままでレディファーストだの、女性には礼儀正しくだの、可愛い女の子だのとチヤホヤしてきたことが全てひっくり返る。

 それに冷静なコイツにしては、かなり動揺しているようだ。奴が『鑑定士』を知っていることも、実績を知っていることも教えてしまっている。

 俺が「有名人を騙っている」方向に舵を切りたいのだろうが……正解は「『鑑定士』なんて知らない。訳の解からないことを言うな」だ。

「そ、そうだぜ! いきなり女の子にネカマだなんて……失礼だと思わないのか!」

「この女をネカマだなんて……目が腐ってんじゃないか?」

 『主人公』と『ワル』が精一杯の援護射撃をしてきた。

 『美形』は目を白黒させたままだ。あまりの急展開についてこれてないに違いない。

 だが、『お笑い』は苦い顔をしている。

 ようやく、自らの失策に気がついたのだろう。

 もう、奴らは船から降りれない。灯がネカマかどうかに全てがかかっている状況になってしまっている。「ネカマと確信が持てなかったので黙っていた」という逃げ道を自分たちで塞いでしまったのだ。


「ふふん……俺だって『鑑定士』のツレとして長いんだ。ネカマの判別法くらい少しは知っているんだせ!」

 なぜかリルフィーが自信満々でしゃしゃり出てきた。

 ……面白いので少しやらせて見よう。たぶん、とんでもない結論に向かうはずだ。

「いいか? 男と女じゃ骨格からして違うんだ! 女は男より肋骨が一組少ないし、骨盤だってまるで違う! だからタケルさんくらいになると、一目でネカマかどうか解かるんだよ!」

 リルフィーが四人組にたたき付ける様に言った。

 ……よほど、奴らにひねられたのが悔しかったのだろう。自分の実力じゃないのに、とても嬉しそうだ。小物じみてて悲しくなるが……そんなリルフィーを見てネリウムがご満悦なのだから問題はない……と思う。

「……別に良いわよ? 肋骨?を数えれば良いんでしょ? でも、あたしが女って証明できたら……謝るくらいじゃ許さないからね!」

 灯は自信満々で反撃してきた。

 目は爛々としているし、興奮しているのか僅かに顔も赤い。人目がなければ舌なめずりぐらいはしそうな表情だ。意地の悪さが良くわかる。

 ……まあ、そうだろう。リルフィーの失敗のおかげで最終的な確信が持てた。

「そら……肋骨を数えれば判明するんやろうけど……女性やで? ……勘違いでした、ごめんなさいではすまんのやで?」

 すばやく『お笑い』がフォローに入る。

 奴の狙いは見え透いてる。反対の立場をとりつつも、ネリウムにでも調べさせるつもりなのだろう。……もっと露骨な調査方法だってある。

「いやいや……無駄なことは止そうぜ? リルフィー……男と女で肋骨の本数が違うってのはデマだぞ? そりゃ……男女差はあるし、少ない人もいるだろうが……絶対確実な違いじゃない」

 俺の言葉に『お笑い』が悔しそうな顔をした。やはり、これは知っていたに違いない。

「そ、それじゃあ……こ、骨盤をし、調べる……んですか?」

 リルフィーがまたも見当違いのことを言う。……なぜか顔が赤いのが不愉快だ。

 抜け目無く『お笑い』は灯を観察していた。……奴は確信を持ててないのだろう。

 しかし、灯の自信に満ちた表情には揺るぎが無かった。まあ、そうだろう。

「いや、それも無駄だな。俺の目にはこいつは女のアバターに見える。それは『鑑定士』の名に賭けてもいいな」

「……えっ? それじゃあ……こいつは……ネカマじゃないんですか?」

 リルフィーが泣きそうな顔で俺の方を見た。

 ……泣きそうになられても困る。灯のアバターが女なのは事実だし、俺がリルフィーを突っ込ませたわけじゃない。……突っ込んでいくのを黙って見てはいたが。

「ふふ……どうやら負けを認めたようね。どうしようかしら……しばらくあたしの奴隷にでもなってもらおうかしら?」

 灯が嵩にかかって言い募ってきた。もはや舌なめずりを我慢すらしていない。

 勝ち負けで論じる話ではないし、そのように考えること自体がおかしいのだが……こいつには理解できないのだろう。

 あまり遊ぶと思いもよらない『お笑い』の逆襲があるかもしれない。俺はケリをつけてしまうことにした。

「いや……それでもこいつはネカマだ。こんなに判り易い……というより、こんなに下手糞なネカマは久し振りに見たぜ」

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