告発

 ……馬鹿って凄い。

 リルフィーは四人組に一矢報いてというより……みんなが解っていることがようやく自分にも理解できてご満悦といった感じだ。

 しかし、リルフィーは意図してないだろうが、抜群のタイミングで奴らのシナリオを台無しにした。

 緊急回避用のシナリオは『ワル』が『美形』へ悪態を吐いて、『お笑い』が取り成し、『主人公』が方向修正……なんて感じじゃないかと思う。

 そのシナリオもリルフィーに阻まれてしまったし……『美形』の役割も全員に判明してしまった。

 おそらくだが……『美形』は四人組の中では喋りが下手か、アドリブが全く利かないタイプなんだと思う。しかし、喋らないほうがマシ程度と仮定しても、丸っきり口を開かないわけにもいかない。

 そこで軍師『お笑い』が命じたのは「『主人公』が何か発言したら、常に賛同しろ」だったはずだ。常に『主人公』の賛同をするのは解り易いし、舵取り役である『主人公』の意見も通り易くもなる。

 全てを理解したのか、カエデがぷくっと頬を膨らませた。……とても可愛い。指でつついたら怒るだろうか? 理性を総動員させて衝動をなんとか抑えつつ、俺はカエデの頭をポンと置くだけで我慢した。素晴らしい役得だ!

 カエデは俺を見つめ返してきた。奴らへの憤りが半分、俺への敬意が半分といったところだろうか?

 カエデがあまり好ましく思ってない奴らを、これまたカエデは好ましく思わないだろう手管をばらすことでやり込め、すこし俺の株は上昇なんだろうが……あまり望ましい展開ではない。

 リルフィーはやり過ぎた。これでは四人組に退きどころが全く残っていない。いまは優勢だが『お笑い』が危険すぎる。

「……なんなの? とにかく、まだ私の話が途中だったじゃない! 謝んなさいよ!」

 灯が不審そうに四人組を見やってから、俺に噛み付いてきた。

 最悪だ。一番面倒くさいパターン……とにかく気に入らない相手に謝らせることで喜びを見出すタイプか。しかも、道理は全く気にしないに違いない。

「……何をしたんかは知らんけど……女の人には礼儀正しくするもんやで?」

 『お笑い』がすばやく尻馬に乗ってきた。

 とりあえず話題を変えれるし、俺がボロを出したら攻勢に転じれる。渡りに船と乗ったのだろうが……どんな船か調べてからにするべきだろう。

「謝っちゃえよ! 女の子を怒らすと長いぞ?」

 馴れ馴れしく『主人公』が俺の肩を抱いてくだらないことを言ってきた。

 しかし、目は全く笑っていない。それに、俺とカエデの間に割って入ってきたのは許せそうもない。

「タ、タケルさん? な、なんだか解からないですけど……謝ったほうが……」

 青い顔をしてリルフィーが俺に言ってくる。

 こいつは何を見てきたのだろうか? ここでは灯に謝るべきことなど何もしていない。それどころかほとんど話すらしていない。謝ろうにも謝りようがないのが実際のところだ。

「いや……ロールプレイ重視も悪くないんだろうけど……俺にはちょっとな……」

 そう言いながら『主人公』の手を払いのけてやった。

 失礼ともとれる俺の振る舞いと、脈略のない言葉に全員が不審に感じたようだ。


「ロールプレイ? なにを変なことを……あ、解かったわ! アレでしょ! VR脳ってやつね! ゲームのし過ぎで現実とVRの区別がつかなくなってるんじゃない?」

 俺の反抗的な態度が気にいらないのか、灯がさらに責め立ててきた。

 VR脳というのは、自称科学者なTVのコメンテーターが言い出したもので「若者はVR空間に入り浸っているからVR脳なんです」という意味不明の理屈だ。

 非難の焦点が無いので、反論不可能の便利な悪口といえる。

 だが、灯の悪口なんぞどうでもよかった。

 俺には『お笑い』の次の一手だけが気になる。ここで奴が撤退不可能の位置まで踏み込んでくれば――

「ロールプレイとかで誤魔化したらあかん。わしらの目にはあんさんの方が誤魔化しているように見えるで? ゲームでもレディファーストの精神は必要なんや。それに灯はんは相当に怒ってはる。これはあんさんが失礼をしたからでっしゃろ?」

 とうとう『お笑い』が詰めの一手を指してきた。

 言葉とは裏腹に……表情からは余裕を隠せていなかったし、奴にとってはこれが王手のつもりなのだろう。

 普通に考えれば俺には「訳もわからず灯に謝罪する」と「VR脳に対して反論して敗北する」しか残されていないが――

「失礼ねえ? 見かたを変えれば失礼かもしれないが……謝れといわれてもな」

 『お笑い』の目を見据えながら俺は言った。

 奴は不思議そうな顔をしている。おそらく、俺が白旗をあげているのか、不毛な反撃を試みているのか量りかねているのだろう。

「ロールプレイ的には……あんた達の言うようにするのが良いのだろうけど……俺にはちょっとなぁ……流石に無理だ」

 そこで俺はジョニーの真似をして、両方の手のひらを空に向け肩をすくめるポーズをしてやった。

 そのジェスチャーを見て、『お笑い』は鼻で笑う。思ったより上手く真似できなかったのかもしれない。

「あんさんには解からんかぁ……ロールプレイとかそういうんや無いのや。わいらが言っているのはマナーの問題や。そりゃ、ゲームなんやから競争するときもある。でも、そういうんの以外は礼儀正しくしようちゅう話や。解からんかなぁ……」

 『お笑い』は悲しそうに言ったが……目は軽蔑の色をしていた。

 考えうる最悪の一手を指す凡庸な打ち手と思ったに違いない。

 俺の態度はまさしくVR脳としか言いようが無く……謝りたくないあまり、変な理屈をこねている馬鹿者だ。

「タ、タケルさん!?」

 真っ青な顔でリルフィーが俺の服を掴んで引っ張った。

 リルフィーですら俺に分が無いと思っているようだ。

 ……もしかしたら、この様な吊るし上げにトラウマでもあるのかもしれない。……例えば帰りの会での弾劾裁判……あれは切ないもんな。

「いや……でも……向こうで恨みをかったのかもしれんが……謝れと言われてもなぁ?」

「へっ? 向こうでって………………『最終幻想VRオンライン』ですか? もしかして?」

 ……さすがリルフィーだ。「向こう」といわれて現実ではなく、別のVRゲームが出てくるとは。

 四人組は薄ら笑いで俺たちを黙って見ている。当たり前だ。奴らの考えではこれから、俺たちがボロを出し続けるシーンのはずだろう。

「ああ。向こうじゃかなり恨みも買っているからな。正直、数え切れないくらいだ」

「向こう? 恨み? ……タケルさん、いったい何をしたんですか?」

「うん? 気がついて無かったのか。こいつ――」

 そこで俺は灯を指差した。

「向こうでのリルフィーと同じだ」

「へ?」

 しかし、リルフィーには解からなかったようだ。

 ……失敗した。

 役に立つかと思ってリルフィーを聞き役にしたが……予想以上に使えない!

 ここは何とか自力で方向修正を――

「あっ! こいつも『最終職』なんですか?」

 明後日の方向に球を投げるリルフィー。

 有能な敵より無能な味方の方が厄介とはこういうことなんだなぁ……。

「違うわ!」

 思わず長年に渡って培われたタイミングでツッコミを入れてしまった。

 それで嬉しそうにするリルフィーが二重の意味で腹が立つ!

「……ようやく白状したわね。さあ、謝りなさい!」

「なんや……あんさんらあちこちで悪さしとんのかいな……ちょっと見逃せんなぁ」

 灯と『お笑い』の二人が最終的な詰めを入れてきた。

 素早くやり返さないとまずい! 火計を仕掛けて自分が焼死はかっこ悪すぎる! と焦っていたところで――

「あっ! こいつ、ネカマなんですか?」

 とリルフィーが大声で叫んだ。

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