逡巡

「どうします? とりあえずチュートリアルでもしますか?」

 リルフィーが馬鹿な提案をしてくる。

 確かにチュートリアルを終わらせるのはメリットが無くもないが……やるならゲーム開始直後に最速で終わらせなければダメだ。

 例えば今この瞬間、チュートリアルを終えて広場に戻ってくれば、大きなアドバンテージだろう。こちらから話しかけなくてもターゲッ……ゴホン!相手の方から話しかけてくる可能性すらある。

 しかし、既に後手を踏んでしまった。もう少しすれば逆に……大きなアドバンテージを得たライバルが戻ってくると見るべきだ。

 攻めるなら今しか無いし、リルフィーにかまっている場合じゃない。

 慎重に広場を観察した。

 三人組と取り巻きの男プレイヤー達は相変わらず賑やかに話をしている。いまからその輪に加わるのは愚策だろうし……そのグループには関りたくない。俺の勘が危険と囁いていた。

 女プレイヤーだけで身を寄せ合うように固まっていた集団は、徐々に緊張が解れてきたのか……女同士でポツポツと雑談をはじめている。

 アリスのお陰だった。アリスが「いざとなったらログアウトで逃げられる」と錯覚させてくれたから、女プレイヤー達の緊張は解けたのだ。

 身を寄せ合って警戒し、緊張している女の集団に話しかける勇気は流石に無い。もう少しすれば集団がバラけてくるだろうし……それまでは放置が正解に思えた。

「アリスちゃん……惜しかったなぁ……もう少しだったのに……」

 リルフィーが妄言――もしかしたら身を削った渾身のボケなのかもしれない――を言い放つ。

 ああっ……こいつ……何も解かってねぇし、考えてねぇ……。

 ツッコミどころがあり過ぎて悩むレベルだが……いまは時間の方が貴重だ。「リルフィーは早めになんとかする」と、心の中にメモするだけで済ますしかない。

 ……気を取り直して広場の観察に戻る。

 最後の観察対象は噴水の前に独りの……結界を張っている女エルフだ。


 その女エルフはずっと目立っていた。

 ……目に痛かったと言うのが正解なのかもしれない。

 ピンクの髪が……真っピンクの髪がメチメチと視神経を刺激してくる。

 もちろん、幻覚だ。

 仮想世界では視神経を経由しないで視力を得る。視神経が刺激されることは絶対にない。だから、これは俺の脳からのフィードバックに過ぎないだろう。「そういう風になるはずだ」という俺の経験則が、幻の痛覚を発生させているのだ。

 フィードバックによるリアリティの向上ではあるが……こんなリアリティは欲しくなかった。

 これは大げさではなく、アニメの……それも古い時代のアニメでしか採用しない真っピンクだ。幻覚も生じよう。

 さらに滅多にお目にかかれない……小太りのエルフだった。

 太ったエルフも普通はお目にかかれない。体型補正などいくらでも掛けれるのだから、わざわざ太ったエルフなんていうアバターにする必然性が全く無いのだ。

 そして『できるVRMMO』のエルフはコスプレ臭がするアバターである。

 髪が真っピンクで小太りなエルフのコスプレをした女……凄いインパクトがあった。

 決して不美人と言うわけではない。美人とは言えないが十人並みと言えたし、それなりに豊かな胸は魅力的とも言えた……その胸が更にコスプレ臭を強くしていたが。

 そんな……やや、近寄りがたい雰囲気なうえに不機嫌な顔をしていたから……彼女の周りには誰も近寄らなかった。

 ……まるで結界を張っているかのように。

 真っピンクの髪から刺激をなるべく受けない様、慎重にその女エルフの頭上に視線の焦点を合わせる。

 『さやタン』というキャラクターネームだった。

 それだけでダメージを受けた気分だ。許されざるキャラクターネームに思えた。

 本名が『さや』なのかもしれない。日常的に『さやタン』とニックネームで呼ばれているのかもしれない。何かの作品からあやかったのかもしれない。そもそも、他人のキャラクターネームに対し、なるべく口を挟まないべきだ。

 それでも文句が言いたくなった。

 凄いミスマッチで……凄い破壊力だ。

 更に良くない考えが……。種族をエルフにすると小柄に調整される。そして僅かではあるが身長と身体のボリュームの調整も可能だ。もしかして、いま見えているのは――

「いきますか? タケルさん?」

 リルフィーがキメ顔で俺に話しかけてきて、思考の迷宮から脱することができた。


「へっ? いくって……どこに?」

 つい、まぬけな受け答えをしてしまった。

「決まってるじゃないっすかっ! あのエルフの娘! 『さやタン』ですよ!」

「俺の前でアレをその名前で呼ぶな!」

「あっ……すいません……」

 つい、強い口調で返してしまった。……リルフィーはヘラヘラした態度だが、実は豆腐メンタルだ。少し可哀想なことをしてしまったかもしれない。

「あー……すまない。気にしないでくれ。でも、行くって……二人でか?」

「そうすっよ! いま独りだし……チャンスじゃないっすか?」

「うーん……」

 思わず唸ってしまった。

 思っていたよりずっと、リルフィーは上級者だったのかもしれない。

 俺とリルフィー、あの女エルフだと三人になる。つまりパーティプレイだ。個人的には初陣はペアプレイが望ましかったのだが……リルフィーは平気なのか?

 それにリルフィーのパーティに交ぜてもらうのは吝かでないが……俺のパーティにリルフィーを交ぜてやるつもりは全く無い。そういう点で俺は心が狭いのを自覚しているが……嫌なんだから仕方がないだろう。

 さらにこいつは……リルフィーは勇者の公案に答えを出しているというのか?

 勇者の公案というのは簡単な禅問答だ。

 いかに魔王やドラゴンを倒すような勇者であろうとも、未熟なうちはスライムやゴブリンを倒して自信や実力を養う。当たり前の話ではある。

 しかし、勇者にならんと欲するものが、例え未熟なうちであっても、スライムやゴブリンあたりを相手にするのは如何なものか。そういう意見もあるのだ。

 それに倒せるから倒したのと、倒したかったから倒したのでは意味がまるで違ってくる。

 そして自分の中でいかなる答えを出したとしても――将来的に魔王やドラゴンを倒す偉大な戦果を挙げようとも――最初の獲物と倒した理由は生涯ついてまわるらしい。

 俺的には悩まないで済むよう、最初から魔王かドラゴンクラスを――

「あれ? なんだか乗り気じゃないですね……。それじゃ、悪いですけど……俺独りでいってきますね!」

 悩んでいたら、リルフィーはそう言って噴水の方に向かっていった。

 俺が思うよりリルフィーは凄い奴だったのかもしれない。

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