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『できるVRMMO』の話を知っているか?
何を言っているのか理解できない?
解かった。もう少し順を追って説明する。
VRというのは……誰でも知っているヴァーチャルリアリティ、仮想現実の略語だ。いまやどこのご家庭にもVRマシーンはあるだろうから、説明不要だと思う。
MMOというのはマッシブリーマルチプレイヤーオンラインの略語で、日本語にすると大規模多人数同時参加型オンラインなのだが……有名な作品で言えば『最終幻想VRオンライン』などがMMOだ。
作品ごとのテーマに沿った世界で、一人の登場人物となって楽しむゲーム……これで説明できていると思う。
例えば『最終幻想VRオンライン』であれば中世風ファンタジー世界がテーマで、プレイヤーは戦士や魔法使い、人によっては職人や商売人などを演じて楽しむ。そして、プレイヤー同士が一緒に冒険する仲間だったり、お店とお客の関係だったり、何らかの競争相手だったりするのだ。
「そんなことが楽しいのか?」なんて聞かれたら困るのだが……俺は楽しいし、人気ジャンルにもなっている。
これで説明はできたと思うので、話を本題に戻そう。
肝心のナニができるか説明していない?
残念だが、俺は十七歳の男子高校生だ。可愛い女の子にナニについて説明させるのは楽しいだろうし……俺だって、相手が女の子だったら絶対に解説を要求する。じっくりと要求する。
だが、俺は男だ。
VRマシーンの生みだす仮想世界でもできるのか?
答えは可能だ。VRマシーンの基本的な原理を考えれば良い。
恐ろしく簡単にいえば、VRマシーンとは脳に直接情報を与える装置だ。仮想世界の情報を脳に与えるから、仮想世界を認識できる。
こんな風に言うと難しい理屈に感じるが……実はそうでもない。現実世界と全く同じ仕組みだ。
例えば食事をした場合、身体の受けた刺激――味覚や食感など――は脳へ伝えられる。これが認識や体験と呼ばれる現象だ。
では、仮想世界で食事をしたとしよう。VRマシーンは脳へ直接刺激を伝える。この場合は味覚や食感などだ。
脳が受け取る情報が同じなら、同じ体験といえる。
精巧に作られた仮想現実なら完全に同じといえるし、見分けることは非常に難しい。きちんと運用すれば、仮想現実はもう一つの現実となる。
ゆえに
この説明だと単純過ぎるし、脳自体からのフィードバック応用なども重要になるが……基本的にはこの理解で十分だろう。
それでも仮想世界でなんて聞いたことが無い?
それも正しい情報ではある。VRマシーンで可能になったのはつい最近になってからだ。
いままではベースになるアバター――仮想世界での身体のことだ――の方が貧弱だった。無かっただろう? ……色々と。
必要な器官全てを具えた新型ベースアバターが、一般向けに売り出されたのが最近のことだし……それを利用したVRサービスも数える程しか発表されていない。
新型ベースアバター専用のVRMMO……通称『できるVRMMO』も正式サービスは開始していない。
ようやく、今日からオープンβテストが始まる段階だ。
一般的にゲームの開発はαテスト、クローズドβテスト、オープンβテスト、正式サービス開始の手順を採る。
αテストとは開発者によるチェックであり、クローズドβテストとは関係者によるテストプレイだ。これらは開発会社に強いコネでも無ければ、まず参加できない。
オープンβテストからは抽選でプレイヤーを選ぶので、一般人にも参加が可能ではあるが……運の要素が強くなる。『できるVRMMO』オープンβテスト抽選倍率は、数千倍との下馬評だった。
そもそも法的にグレーゾーンぎりぎりなVRMMOだ。
正式サービス開始すら危ぶまれ、後発メーカーの参入も疑問視されている状態である。このオープンβテストは最初で最後のチャンスなのかもしれないのだ。競争倍率がどこまで高くなったのか想像もつかない。
法的にグレーな理由が解からない?
できるVRMMO……これが規制されない訳がなかった。
だが、ベースアバターの所持と可能なVRMMO運営が違法でないことを盾に、運営はごり押しする気らしい。
しかし、違法じゃなくて当たり前だ。
新型ベースアバターが開発されてまだ半年も経っていない。法整備が追いついている方がおかしいと言うものだ。
さらには未成年者の遊戯を禁止、NPC――コンピューターが管理、動かす登場人物のことだ――とは不可能として予防線も張られている。
NPCと不可能にしたのは……ある種の性的サービスの供与に見なされる可能性があるかららしい。
確かに将来的にはその様な業種も生まれるだろうが、MMOという開かれた場では問題がありすぎる。
もちろん、こんな理屈を世間は認めないだろう。運営もプレイヤーも規制が入るまでが勝負だ。
そして短期決戦でプレイヤーが最も有利になる方法はオープンβテストプレイヤーになることである。
俺が『できるVRMMO』のオープンβテストプレイヤーになるまでは、多くの困難があった。
まず年齢が問題だ。まだ俺は十七歳だし、『できるVRMMO』は未成年者遊戯禁止のゲームである。
これは比較的簡単に……と言うより、唯一の方法でクリアすることにした。
名義借りだ。
兄貴の名義を借りることにした。もちろん、無断ではない。
十七年間で積み重なった貸しを帳消しにする条件を皮切りに、脅迫と取引も併用する。
当選したら兄貴にもアカウント利用を認める条件で、最終的に折り合いが付いた。
名義借りに脅迫、詐欺……完全に犯罪であるが仕方が無い。
MMOは戦争なのだ!
次の問題は新型ベースアバターの購入となる。
学生の俺にとっては高い買い物になるが……結局、ベースアバターというのは単なるデータでしかない。色々と原材料などが必要となる物理的な商品に比べれば、値段は高が知れている。貯金を切り崩せば買えないこともない。
だが、これは別の問題ともリンクしているので後回しにした。
最後の……そして最大の問題が推定倍率数千倍という抽選である。
これに有効な対策は無い。唯一の対策は当選確率が高くなるように複数口の応募だが、不正対策はされていた。
同名での複数応募は失格とする。
ログインは本人確認および成人認証済みの新型ベースアバターに限定する。
これが発表された対策だった。
ベースアバターの本人確認および成人認証というのは、ベースアバター屋で追加してもらうオプションのことだ。間違いなく本人であることと、年齢――この場合は成人であるとデータに記載してもらえばいい。
匿名を禁止していたり、年齢制限のあるVRサービスでは普通に要求される条件ではある。もちろん、ベースアバター屋では何かしらの身分証明書の提示をしなくてはならない。
これで名義を借りたり、偽名で応募して当選しても、結局は条件を満たすベースアバターの用意ができないので無意味だ。
個人でベースアバター作成用のスキャンシステムを持っていたり、ベースアバター屋に無理を言える人間はごく少数だから、ほぼ完璧な対策と言えるだろう。
だが、この問題を解決する秘策は思いついていた。
「えっーと……山田……すいません、お客様……お名前はなんとお読みすれば良いので?」
繁華街のアバター屋の兄ちゃんが俺に尋ねてくる。
わざわざ繁華街まで出向いたのは、俺と面識の無いベースアバター屋で作りたかったからだ。
「
改名したばかりの兄貴の名前を答えた。
ここで俺が閃いた秘策を説明しよう。
まず応募用のマクロ(単純作業を繰り返すプログラム)を組む。一万口分、機械的に0001から9999と名前だけ変更して、自動的に応募要項を記入してくれる。
ここでネックだったのが、アラビア数字の名前を役所は受け付けてくれないことだ。アラビア数字ではなく漢数字での入力が、マクロを作る上で一番苦労した点と言える。
山田零零零一から山田九九九九までの九千九百九十九通りの名前で応募したのだが、当選したのは山田三八四四と山田四九八九だけだった。
自分の兄の名前である。
ここで賢明な方は通称『キラキラネーム法』を思い出しただろう。成人した者が一回に限り、非常に簡単な審査で改名できるあの法律だ。
当選メールが届くと同時に、予め用意しておいた書類一式を持って役所へ直行。兄貴本人を装いつつ、名前を三八四四に改名。そのまま新しい名前での身分証明書を発行してもらえば仕込みは終了だ。
全てが終わったら家庭裁判所に赴いて、通常の改名手続きで戻さねばならないが……「『キラキラネーム法』でふざけた名前に改名して死ぬほど後悔しています。元の名前に戻させて下さい」という理由ならまず通る。最近多い事案らしいし問題ない。
懸かっているのはセクロ
非情にならねばMMOで真の勝者には成れはしないのだ!
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