22.先輩と映画

 とある週末。具体的に言うと土曜日の昼。

 俺と二上先輩は大型モール内の映画館にいた。

 つい先日約束した映画をみるためである。


「はい納谷君。コーヒーじゃなくてコーラなのね」

「なんとなく映画の時はコーラと決めてるんです。先輩、ポップコーンはいいんですか?」

「納谷君の話を聞いて、そんなに食べたいわけじゃないと気づいたから」


 そう言って、先輩は俺にコーラの入ったカップを手渡してきた。

 先輩の方はミルクティーらしい。


「そろそろ入場ですね……」

「暗い顔するのは見終わった後にしなさい。それに、先入観を持って作品と接するのは良くないわ」


 入場チケットを見て暗い顔をしていたら、先輩にたしなめられた。

 正論だ。だが、時に正論が人を追い込むということを俺達は今から知ることになるのかもしれない。


「きっと面白いわよ。私が決めたんだから」


 胸を張る二上先輩。当然ながら今日の先輩は私服だ。全体的にシックな雰囲気でまとめていて、とても似合っている。

 その態度と外見に少しだけ癒された気がした。


「そうですね。先輩の直感を信じてみますか……」


 俺が諦め混じりに呟くと、入場開始を告げるアナウンスが聞こえてきた。


○○○


 結論から言うと、映画は底抜けにクソだった。

 なんというか、期待を裏切らないというか、どうしてこうなったというか。

 中盤まで普通だったと思うのだが、どんどん登場人物の心理と人間関係が終えなくなり、よくわからんラストを迎える。そんな映画だった。


「わからない。わからないわ納谷君……。途中でいきなり現れたおじさんは誰? なんでヒロインはいきなり銃を向けたの? それで最後は爽やかにくっついたし」


 二上先輩が苦悩に満ちた顔をしながら、しきりに俺に質問してきた。

 フードコートで休憩しているのだが、かれこれ15分ずっとこんな感じだ。


「先輩……。俺にもわかりません。伏線もなく重要ポジションの人が出てくるし、いきなり銃撃戦始めるし、なんかヒロイン裏切って改心してないのにくっつくし」


 多分、俺達の見たものは恋愛映画じゃない。もっと別の何かだ。


「とりあえず納谷君。今回は私の負けを認めるわ……。まさかガチャだけでなく、映画でも爆死するとはね……」

「そこまで落ち込まなくても。いえ、そのくらい酷い映画でしたが。まあ、ここまで酷い映画は滅多にないですから落ち込まないで」


 今回は俺の判断が当たっていた。それだけだ。

 当たったことが不幸すぎたが。


「気晴らしに少し見て回りましょうか。このまま帰るのも癪だし」

「そうね。軽く買い物でもして……あっ」


 顔を上げるなり、先輩は立ち上がってフードコートの外に向かっていった。


「ちょっと、どこいくんですかっ」


 俺は先輩がその場に置いていった飲み物の空き容器を片づけるなどしてから後を追いかけた。


○○○


 先輩が向かった先にあったのはゲームコーナー。

 それもUFOキャッチャーの類いが沢山並んでいるところだ。

 二上先輩はその中の一つに釘付けになっていた。


「ああ、なるほど。欲しいんですか?」


 その筐体の中にあったのは、先輩が遊んでいるソシャゲーのグッズだった。


「しかし、よく気づきましたね。フードコートからだとほぼ見えませんよこれ」

「見覚えのあるロゴがちらっと目に入ったの。……このマグカップ、欲しいわね」


 先輩の視線の先を見てみれば、サンプルとして置かれたマグカップがあった。

 キャラクターをプリントしたものでなく、キャラクターの所属組織のロゴが印字されている、大人しめなやつだ。

 なかなかロゴの形も凝っていて悪くないように見える。


「よし、レッツゴー」

「判断はやっ」


 俺が何かコメントする前に先輩はゲームにチャレンジしていた。


「くっ。パワーが足りないわ。もう一回」

「あの、先輩?」

「動かない。もうちょっとなのにっ」

「あのー。もしもし?」

「直接掴むのが無理なら動かすのはどうっ! まだまだぁ!」

「先輩落ちついてください。それ以上は沼です」


 このまま連コインしそうだったので、割って入って止めた。


「なによ納谷君。そうやって私の敗北を嘲笑うつもりなのね?」

「誰もそこまで言ってないです。というか、たぶんこれ初心者には難しいですよ」

「じゃあどうしろと。納谷君もこういうの得意じゃないでしょ?」

「そんなに欲しいんですか……。ちょっと待ってくださいね」


 俺はスマホを取り出し、筐体の写真をとってSNSを起動。


「何をする気なの?」

「妹はこういうの得意なんです。助言が貰えないかと。あ、きた」


 写真とメッセージを送ったら即座に返事が来た。


『これは何度か周りのやつを動かさないと取れないと思う。頑張れ、ごん兄。男を見せろ』


 そんな感じの内容が帰ってきた。ちなみに妹は俺のことを「ごん兄」と呼ぶ。名前、権一郎だからな。

 なんだか含みのある返事だったが、アドバイスは有り難く頂戴することにする。


「じゃあ、俺が何度かやってみますね」


 妹からいくつか追加のメッセージが来たので、その通りにクレーンを動かした。


「よし、やってみますか」


 そして五分後、予定より金額は多く使ったが、先輩の手にはご所望のマグカップがやってきた。


「凄いわ納谷君。本当に取れるなんて、妹さんの助言があったとはいえ素晴らしいわ」

「どうも。これまでで一番褒められてますね……」

「そのくらい嬉しいのよ。ほんとに貰っていいの? あ、お金払う?」

「いいですよ、これくらい。せっかくだから差し上げます」


 俺がそう言うと、先輩はとても朗らかな笑顔になった。


「ありがとう。納谷君。今日はとってもいい日になったわ」

「クソ映画に二時間以上費やした割には良い日になりましたね」

「もう、なんでそう捻くれてるの」


 その後、機嫌の治った二上先輩と一緒に、モール内をそれなりに楽しく回ってから解散した。

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