21.先輩と暖房

 文化祭も終わっていよいよ冬が近づいてきた。

 日中の気温も大分下がり、校内各所で暖房が入れられるようになる。

 もちろん、郷土史研究部もその例外ではない。


「…………ふぅ」


 俺は部室で一人、暖房の稼働状況を確認して一息ついた。

 部室の暖房は校内と同じガスストーブなのだが、少し型が古い。

 定期的に点検はして貰っているが、ちゃんと動くのが心配だったのだ。


 とはいえこれで一安心。ストーブから暖かい空気が勢いよく飛び出し、どんどん室内を暖めていく。


 俺は席に着き、いつものように本を読むことにした。


「こんにちは、納谷君。寒いわね。あ、暖房入ってる」


 挨拶もそこそこに室内に入ってきた二上先輩はすぐにストーブの前を占拠した。

 部室は校舎の外れにある。寒い廊下を歩いてくれば冷えるだろう。


「こんにちは、先輩。気持ちはわかりますが、暖まったらストーブの前からどいてください」

「わかってるわよ。……あ、でも私の席はちょっと暖房から遠いわね」


 そう言うなり、先輩は早速席に移動を始めた。

 暖房の近く、俺の席の隣に机を並べる。


「これでよし、と」

「なんで隣に来るんですか。ストーブの目の前でもいいじゃないですか」

「近い方が話しやすいでしょ。それとも照れてるのかしら?」

「いえ別に」


 そういうことはない。なんだその悪戯っぽい目は。


「文化祭も終わって、元ののんびりした日の戻ったわね」


 席について本や雑誌を広げながら、先輩が感慨深く言った。

 たしかに、校内にあの賑やかさはもうない。


「そうですね。後は終業式の後の冬休みを待つばかりです」

「そうそう。ところで、冬休みって何をするのかしら?」

「何もしませんよ? 休み明けまで休業です」


 郷土史研究部は文化祭に全ての力を使う部活動だ。長期休暇には特に活動していない。


「なん……ですって。じゃあ、冬休み中にここでのんびり過ごすという私の計画はどうなるの?」


 そんなこと考えてたのか。


「計画もなにも。やることないから家でゆっくりしてください」

「そんな……。納谷君は私に会えなくて寂しくないの?」

「俺をどんなキャラにしたいんですか……」


 別にそういう感情は無いぞ。必要なら連絡もとれるし。


「あと、せっかく暖房が入ったんだから、コタツとか畳とかミカンとか持ち込みたいんだけれど」

「それは駄目です。多分、ばれたら怒られます」


 これでも郷土史研究部は大人しくて真面目という評価を頂いている。

 おかげである程度活動してなくても部として認められているのだ。

 変に目立つことは避けたい。


「もうっ。じゃあ、部活はともかく。この前の試験勉強の借りを返してもらえないかな?」

「うっ。何が望みなんですか……」


 痛いところを突かれた。文化祭の後にあった後期テストにおいて俺は先輩の支援のおかげでとても良い成績を収めることが出来た。

 学力上昇に関しては感謝しても仕切れない。なので、それを出されると弱い。


「一緒に映画に行きましょう。前に約束したわよね」

「そういえば、そんなこともありましたね」

「それに妹さんにも聞いてるのよ。近いうちに一人で映画を見にいくつもりだって」

「俺のプライバシーがダダ漏れだ……」


 妹め、なんということを。

 とはいえ、約束は約束だ。守らねば。


「いいですけど。俺が見にいくつもりだったのはアクション映画ですよ? 先輩って好きでしたっけ」


 俺の問いかけに、先輩はにたりと嫌な笑いを浮かべた。


「ちょっと調べたんだけどね。これなんてどう? 『水平線の向こう』っていう映画」


 そう言って先輩がスマホの画面で見せてきたのは、海辺の街が舞台の恋愛映画だ。

 ちなみに海外映画で、『水平線の向こう』は邦題である。


「あの、多分それ地雷映画でつまらないからやめておいた方がいいと思います」

「なんでわかるのよ!」


 俺の一言に大層傷ついたらしい先輩が、瞬時に抗議の声をあげた。


「いや、それって監督がクソ映画量産してる人だから……」

「監督で全てが決まるわけなじゃないでしょ。それに、PVだって凄くいい感じよ」

「それはその、映画のプロデューサーがPV作りだけで有名な人です」


 ちなみにPV以上のことは起きないという意味でも有名である。

 クソ監督にクソプロデューサーということで俺が真っ先に観賞リストから外していた映画なのだ、これは。


「ねぇ納谷君。見もしないで、初めから『クソ映画だ』って決めつけるのはよくないことだと思わない?」

「それを言われると……」


 物凄い正論を言われた。

 俺はこれまでの経験と知識から物事を述べただけであり、実際に『水平線の向こう』を見たわけじゃない。


「というわけで、実際にどんな出来か確かめましょう」

「えぇ……」


 俺は自分でもわかるくらい嫌そうな顔をした。

 この映画が世界同時上映で無く、アメリカ辺りで先行公開していれば、感想サイトの評価を叩き付けているところだ。


「納谷君。そんなに私と出かけるのが嫌なの?」


 俺が回答を渋っていると、先輩はとても悲しそうな顔でそう言ってきた。

 これは流石に申し訳ない。


「わかりました。一緒に見にいきますよ。クソ映画をね」

「そこは譲らない辺り、強情ね。納谷君」


 そんなわけで、次の週末に先輩とでかけることになった。

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