9.先輩と家族の話

 それは部室で映画の話をした翌日のことだった。

 俺はいつものように部室に来て、いつものように席に座り、いつものように本を読んでいた。


「こんにちはー。今日は納谷君が先かー」


 少しすると二上先輩がやってきて、自分の席について荷物を置いた。

 俺と二上先輩はそれぞれ部室の合い鍵を持っている。部室に先に来る確率も半々だ。

 具体的な活動をしているわけでもないけど、先輩は相変わらず毎日やってくる。


「ふぅ……納谷君。昨日は大切なことを聞くのを忘れていたわ」


 自分で好き勝手なことをするわけでもなく、いきなり話しかけてきた。


「忘れてた? そもそも俺は先輩と大切なことを話すような間柄だったでしょうか?」

「うっ……。納谷君の言葉が鋭利な刃物のように私の心を傷つける……って、そうじゃなくて。妹さんよ。妹さん」

「ああ、そのことですか……」


 誤魔化すのは無理か。いや、別に誤魔化す必要は感じないけど。


「納谷君に妹さんがいるなんて初耳よ。どんな子? かわいい?」


 なんでそんなに俺の個人情報に興味があるんだ。


「うーん。いざ説明しろと言われても。家族の紹介ってなんか難しいですよ?」


 身近すぎて説明し辛い。「俺には妹がいます」じゃ駄目なんだろうか。


「年齢とか趣味とか、あとは納谷君の印象でいいのよ? あ、変な意味で情報を集めてるわけじゃないわ。これは後輩との円滑な会話をするための情報収集であり、他意はないの。他意は」


 物凄い早口でまくし立てる二上先輩。逆に怪しいやつだ。


「妹は中学二年。趣味はなんだろ……漫画とか好きですよ。あとは普通に友達と良くでかけてます」

「ふんふん。興味深いわ。見た目は? やっぱり納谷君に似てるのかしら?」


 なんでこの人は俺の妹でそんなに盛り上がることが出来るのか。


「似てる……のかな? 俺には何とも」

「写真とかないの? スマホあるでしょ? スマホ」


 俺も現代人だ、スマホの一台くらい所持している。

 とりあえず取り出してギャラリー内を検索。


「ないですね……」

「ないっ。……家族の写真の一枚も持ってないなんて。納谷君がそんなに冷たい人間だなんて思わなかったわ」

「明らかに言い過ぎですよ。まったく……」


 なんなんだ。俺は何もしていないというのに。


「ところで納谷君。私の家族構成とか興味ないのかしら? 今なら聞き放題。共通の話題獲得し放題よ?」

「いえ別に。それほど聞きたいとは思いませんけれど」

「えっ……。結構聞かれるのに」


 確かに親兄弟に有名モデルくらいいてもおかしくなさそうなのが二上先輩だ。

 聞けば凄い人物が飛び出してくるかも知れない。

 しかし、それを聞いて何になるというのだろうか。「わーすごーい」以上の反応ができる自信がない。


「とにかくっ。妹さんの写真が一枚もないのは問題よ。私は微妙に底意地の悪い後輩の妹の顔を見たい」

「どさくさに紛れて俺をディスるのやめてくれませんか……」


 なまじ素直に言葉に出てる風なのが傷つくんですけど。


「あ、ごめんなさい。興奮して余計なことを。でも、そんなに難しいことかしら?」

「難しいことではないですけどね……」


 理由を説明する時に、二上先輩のことを話さざるを得ず、そのまま変な邪推とかされそうで嫌だけれど。


「わかりました。今日、帰ったら写真を送りますよ」

「えっ。ほんと、嬉しいわ。言ってみるものね」


 どうやら、俺が本気で嫌がってると思っていたようだ。

 若干面倒なだけで嫌ではない。面倒だが。


「そんなに知りたいなら写真くらい撮りますよ」

「ええ、ええ、お願いね。なんならビデオチャットでちょっとお話とかしてもいいわ」

「いきなりそれは距離を詰めすぎではないかと……」

「あ、ごめんなさい。どうせならお友達になって情報交換したいという欲望が溢れ出たわ」


 そんなこと考えてたのか。


「まあ、あまり期待しないでくださいね」


 そんな話をした後、いつも通りの部室の時間を過ごした。


○○○


 帰宅後、俺は妹に事情を説明し写真撮影に成功。

 写真を送ると二上先輩はとても喜んだ。

 

 誤算はいくつもあった。

 二上先輩について話すことになった上に、先に先輩の写真を妹に見せたこと。

 それを一目見て、妹が先輩を気に入ったこと。

 写真を送った後、強制的にSNSでの会話になり、妹と先輩が高速で仲良くなったこと。


「昨日はありがとう。納谷君のおかげで有意義な夜だったわ」


 翌日の部室でスマホをいじる先輩は、これまで見たことがないくらい満足気だった。


 その姿に、俺はどういうわけだか謎の不安を感じるのだった。

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