8.先輩と休日の話

「ねぇ、納谷君って休みの日はどんな風に過ごしてるの?」


 スマホをいじっていた二上先輩がふと思い出したようにそんなことを言い出した。

 時刻は放課後、いつもの郷土史研究部の部室。

 俺はちょっと用があって過去の部の記録を読んでいたところだった。


「またいきなりな質問ですね。俺の私生活に興味があるんですか?」

「そうね。興味あるわ。基本無趣味に見える納谷君がどんな休日を過ごしているかがね」


 意地の悪い笑みを浮かべているかと思ったら、そう言う先輩の表情は純粋な好奇心からのものに見えた。

 何かのハラスメントの類いではないようなので、俺は持っていた冊子を閉じた。

 ちょうど資料調べも終わったところだ。


「この前、妹と一緒に映画を見に行って『お前とはもう行かない』と言われました」

「えっ……。納谷君妹いたの? いや、それも映画? 一体何が?」


 短い発言の中にあった複数の情報に、先輩は激しく混乱していた。

 俺には姉と妹がいる。そういえば先輩に話したことはなかったな。


「あの、どうして妹さんに『もう行かない』なんて言われたか聞いてもいい?」

「簡単ですよ。見た映画の感想が全然違った。アニメの劇場版を見に行ったんですが、妹は推しキャラが活躍して大満足。俺は納得いかない点を一個ずつ指摘しましてね」

「それは納谷君が悪いね。100パー納谷君が悪いわ」

「二度も悪いって言ったっ」


 俺はそんなに罪深いことをしたというのか。


「あのね、納谷君。妹さんはその映画を楽しみにしていた上に大満足だったの。お兄さんとして水を差しちゃ駄目でしょう?」

「う……」


 正論だ。それを言われると弱い。

 流石は先輩。年長者としての心構えをちゃんと持ってる。


「気に入らなかった点はその場は我慢してネット上にでも投げ捨てればいいのよ。次から気を付けてね」


 うん。いつもの二上先輩だ。


「そうですね。気を付けます。まあ、妹と映画なんて滅多に行かないですけど」

「結構映画館にはいくの?」

「たまにですよ。友達と行ったり、一人で行ったり」

「いいわよね映画館。私も気になる映画を見に行くことがあるわ」


 そういえば先輩は部室にノートPCを持ち込んで映画鑑賞をしていることがあった。

 映画好きなのだ。意外な共通点にちょっと嬉しい。


「やっぱり映画といったらポップコーンよね」

「いえ、俺は食べ物があると集中できないので飲み物だけを買います」

「真ん中のいいところに座って正面から見るの」

「通路寄りの席が好きですね。トイレに行きやすいですから」

「見た後に友達と俳優さんの話題で盛り上がったりね」

「俺は監督で見る映画を選ぶので俳優はあんまり」


 勿論、素晴らしい演技をしてくれる俳優に多大なる敬意は持っている。

 でも、映画の出来不出来を決めるのは指揮官たる監督の影響が大きいとも思っているのだ。 というか近所のレンタル店、俳優別の棚はあるのに監督別の棚がないのは納得いかない。


「……納谷君。結構マニアっぽい見方をするのね」

「別にマニアじゃ無いですよ。月に一回映画館にいくかどうかですし。先輩が俳優とかで映画を見るのが驚きです。意外とミーハーというか」

「悪い? そもそも貴方のようなにわかを馬鹿にするマニアが新規の参入を妨げ、業界を縮小させていくのよ」


 なんだか俺の発言が気に触ったらしい先輩だった。ミーハーというのがいけなかったか?


「俺は映画マニアじゃないです。あとそんなでかい主語で話してもいない」

「どうだか。心の底で私を『ハッ。にわかが』と馬鹿にしてたんでしょ?」

「してませんよ! 被害妄想ですよ! というか何でこんな話に……」


 そもそも発端は俺の休日についてだったはずだ。脱線しすぎだ。


「二上先輩、何が言いたかったんですか?」


 率直な疑問を口にすると、先輩は両手の指を重ねて左右に揺れながら、遠慮がちに言う。


「えっと、見たい映画があるなら、私を誘ってくれてもいいのよ?」


 なるほど。そういう流れか。


「えぇ……」

「なんで嫌そうになるのよっ」

「いや、嫌ではないんですが」


 直前のやり取りを考える限り、一緒に楽しく映画鑑賞できる自信がない。新しいトラブルの予感がする。


「嫌じゃないなら今度一緒に映画に行こうね。ねっ」

「あー、わかりました。俺で良ければ」


 具体的な内容について言及せず、俺は了承だけしておいた。

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