第33話 アンダータウン


 黒く煤けた街を歩く。

 すれ違う人々も上とは全然違う。

 ここの人は誰一人として笑っていない。

 怒っている顔。

 苦しそうにしている顔。

 苦虫を噛み潰した顔。

 何かを諦めた顔。


 いや、笑っている者も居た。

 おかしな笑いかただ、気が触れているのか?

 それとも何か変な薬か?

 

 だが、それでも上の人間より人間らしく見える。

 張り付けたような笑顔よりかはずっとだ。

 今になってそう思う。

 俺は完全に騙されて居たのだと。


 「なんだか……襲って来そうな目をした人が居ますね」

 ランプちゃんの一言に、猫の警戒が上がる。


 「ここに似合わない小綺麗な格好をした子供が居ればね」

 さも当たり前……そう言いたげだ。


 「……わざとか?」

 猫が吸血鬼の背中を睨み付けて。


 「君等なら、返り討ちは簡単だろう?」

 笑い飛ばした。

 「それに罠を仕掛けるにもここはテリトリー外だ……ここで目立つと色々と面倒に為る」


 「管理者か?」


 「そうだね……」

 少し言い淀んでいるが、しかしハッキリと頷いている。

 「君等がここに居るという事は……私は死んでいなければいけないからね」

 苦々しさが声に出ている。


 「なんだか逆らえないって感じの言い方だな?」

 猫。

 「そんなヤツは倒しちまえばいいのに」


 突然に立ち止まり。

 振り返る吸血鬼の形相は怒りで溢れていた。

 「それが出来るなら、もうとっくにやっている」


 「勝てないのか?」

 俺は少しなだめる……そんな含みを言葉にのせて。


 「創造主だからな……」

 吐き捨てて、また前を向き進み出す。


 それが出来ない、何か縛りでも有るのか?。

 

 「何処かの誰かに期待するさ」

 小さな声の呟き。

 

 成る程……得意の他力本願か。

 

 

 

 狭く、いりくんだ路地を進む。

 ここに表通りのようなものは存在しないようだ。

 適当に建てられた建物はすぐに道をふさぐ。

 その道も建物と建物の隙間でしか無い、そんな造りだ。

 計画も秩序も何処にも見当たらない。


 「まだかよ」

 焦れた猫。

 「さっき、スグだって言ったよな?」


 「もう着いているさ、ここだ」

 そう言いながらも歩みは止めない。


 「委員長は何処にも見えないぞ? っか……本当に居場所を知っているのか?」

 猫も声を荒げ始める。


 「だから言っているだろう、その娘の居場所はここだ……この街だ」

 

 「……まさか、知らないのか? 今から捜すのか?」

 俺も疑問に思う。

 

 「その逆だ……こちらを見付けて貰うのだ」

 さらりと。


 「なんだよそれ! 各局は知らないんじゃないか」

 そこも他力本願なのか!


 「ホウ」

 突然にフクロウの鳴き声。


 ついに見付けたか? と、手に取る。

 初めから吸血鬼に等頼らずフクロウに任せておけば良かった。


 「ホウ」

 真後ろを指した。

 だが、目の前のこのフクロウの口は開いてはいない。

 今、鳴いたのは別のフクロウ?


 「ホウ」

 背後から聞こえた。 

 それもスグ近く。


 振り向けば、そこに委員長が立っていた。

 黒いローブにカラフルな短い杖を持ってる……少し変わった格好だが、紛れもなく委員長だ。

 

 「あんた達……やっと見付けた」

 先に口を開いたのは委員長の方だ。

 ただその言い方は、まるで俺達の方が迷子だと言っている様にも聞こえる。


 「無事のようだね?」

 迷子を探していたのは俺達の方だぞ!と、少しの抵抗を混ぜ込んでの問い。

 「心配してたんだぞ!」


 「それはこっちが言いたいことよ!」

 凄い剣幕で捲し立てる。

 「何日も学校を休んで、どういう積もりよ! あんたわかってんの? 高校行けないわよ! 受験どうすんのよ! 成績も悪い癖に無断欠席なんて論外じゃない」


 酷い言われようだが、そうじゃない。

 「休んでいるのは委員長の方だろ? 俺は昨日の今日も学校には行ったし」


 「ウソっばかり言わないでよ」

 俺を指差し。

 「あんたは居なかった!」


 「ここで喧嘩は辞めてくれ」

 吸血鬼が割って入る。

 「他の者も呆れてるぞ」


 見れば皆が遠巻きにしている。


 「それに、どちらの言い分も正解だし不正解だ」

 

 「あんた誰よ!」 

 突然の邪魔に腹を立てたか?

 

 「前回のボスの吸血鬼だよ」

 一旦は説明しておいて。

 「委員長を捜すのを手伝って貰ったんだ」


 「取引だがな」

 それを忘れるなよと、釘を刺した。


 「で?」

 それがどうしたの? って顔だ。

 睨んでいる。


 「君達は二人とも間違った事は言っていない」

 睨まれたからといって、それに臆する事も無く続ける。

 「それぞれが、学校って所に行ったし……行っていない」


 「わけわかんない」

 

 「そもそも、君達は二人共、家にも帰っていない」


 「何でよ……」

 語尾が小さくなった。

 何かに気付いたのか?

 俺も薄々はわかり初めた気がする。


 「君達が元の世界だと思っていた所も……ここと同じで造られた世界だ」


 ヤッパリか!

 学校で委員長の存在自体に変化が有った、その事が気には為っていたが……それだと合点がいく。

 

 「……」

 黙り込んだ委員長。

 「学校も家も……偽物?」

 

 「そうだ」

 大きく頷いた吸血鬼。

 「君達は初めてカードに入った日から一歩も外に出ていない」


 「その話……百歩譲って信用したとして、じゃあどうすれば帰れるの?」

 

 「それは、この世界を造った者に聞いてくれ」


 「何処に居るのよ?」


 「さあ……そのうちに辿り着けるだろう? 生きて先に進めればだが」

 肩を竦めた。


 「私達を倒そうって言うの?」

 目を細めて、自身の持つ杖を突き出した。


 「私はもう戦う意思は無い……その義務も無くなった」

 両手を上げて、俺をチラリと見た。

 「既に負けたのだし」

 語尾に苦々しさを滲ませている。


 「まあいい……言えないのか本当に知らないのかはわからないが……進むってのは、順番にボスを倒して行けって事か?」

 

 俺の問いに頷いた。

 「そうすれば次の世界に行けるだろう? いずれは何処かで会えるかも知れない」

 

 「何処かには居るんだな」

 一応の確認だ。

 

 もう一度頷く。


 「わかった」

 俺は背中の鞄を下ろして、フイゴを返してやった。 

 「礼は言っておく……おかげで委員長には会えた」


 「返して良いのか?」

 猫が心配してだ。


 もうこれ以上聞いても意味の得られる情報は無理だろう。

 たとえ意味が有る事を言われても、その前提条件になるであろう俺達の知識が全然足りていない。

 「今の俺達の置かれている立場も、帰れるの方法のヒントは聞けたし……やるべき事とやれる事もわかった」

 じゅうぶんとは言えないのだろうが……他に聞くべき事も、今は思い着かない。

 それに、この先は委員長の思い込みの力でなんとかなるだろう。

 ……。

 いや、そもそもが今の状況は委員長の思い込みで歪んだのかもしれないが。

 

 「そうね、続きはここのボスに聞いてみましょう」

 委員長も同意してくれたようだ。

 「今の話に……そごが無ければいいのだけど」

 吸血鬼を睨み付けて。


 フイゴを受け取った吸血鬼。

 「まあこれも何かの縁だ、たまには助けてやらないでもない」

 態度が尊大に変わった。

 「気が向けば……だがな」

 それを捨て台詞に大きなコウモリに化けて飛び去って行った。


 「コウモリに化けられるのか」

 「コウモリが化けていたのね」

 「霧じゃねぇのかよ」

 俺、委員長、猫。


 「それぞれの受け止め方の違いですか? バラバラですね」

 最後は鎧君。

 

 「これでチームプレーって出来るのかしら」

 ランプちゃんの呟き。

 しっかりと聞こえていたぞ。

 委員長も猫もムッとした顔になっている。

 今のは余計な一言だ。


 まぁいい、話を変えよう。

 と言うか、本題だ。


 「しかし、ここのボス……市長様か」

 あの受付と、行列を考えれば。

 「なかなかに鉄壁だぞ」

 

 フンっと鼻を鳴らしてランプちゃんを一別後。

 「もう攻略の下準備は出来ているわよ」

 

 「何かをする積もりだったのか?」


 「するじゃあ、無くて……」

 ニイっと笑い。

 「させるのよ」

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