第7話 癇癪玉と爆竹


 その場所は、草が焦げて地面が吹き飛ばされてえぐれていた。

 ヤハリ相当な威力に為っている。


 「癇癪玉は無闇に使わない方が良いかもね」

 委員長もそれを見ての一言。

 「まぁ、事前に試せたのだから良しとしましょう……こんなのが、自分の足元で爆発したら堪ったものじゃ無いわ」

 

 確かに、不用意に撃って近くで爆発されていたら……そう思うとチョッとゾッとする。

 「癇癪玉がこれなら……爆竹は?」

 もっと凄い事に為りそうだ。


 「……」

 少しだけ考えて。

 「一度試してみましょう」

 そんな事をさらりと言ってのける委員長。

 もちろん、試すのは俺なのだろうが……。


 有無を云わせぬ圧力を俺に投げ掛けてくる。

 目力が凄い。

 

 恐る恐ると、箱の中から一本を取り出した。

 その様は、小さな紙の筒に導火線。

 子供の頃、良く遊んだそのまま。

 だけど、ここでは……。

 こめかみに汗が伝うのがわかる。


 「あ! でも火がない」

 そうだ、爆竹は導火線に火を着けなければいけない。

 その火がない。

 マッチもライターも。


 「私、火は出せます」

 おずおずと、ランプちゃん。

 その指先に火が灯る。


 今日の二言目がそれか!

 おとなしく地味に居てくれよ。

 女の子は無口な方が可愛いと思うよ。

 

 だが委員長。

 それを聞いて、ニコッと笑って顎で即した。

 その目が、俺にヤレと命じている。


 その無口は……可愛くない!


 目を瞑り。

 大きく一息。

 やるしかない、子供の頃は普通にやれていた……ついこの間の事だ。

 そう言い聞かせて。

 導火線に火を着けた。

 素早くおもいっきり投げる。

 が……。

 軽く小さな爆竹はあまり遠くには飛んでくれなかった。

 

 すぐ近くにポトリ。

 イヤ……本来の爆竹なんてこんなモノだ。

 子供の頃よりは、飛んでいる。

 距離にしては10歩程、6・7メートルぐらいか?

 だが、さっきの癇癪玉を思えば、明らかに近すぎる。

 「飛べ! 地べたに這いつくばれ!」

 そう叫んで、宙を舞う、その一瞬にそれだけの事が頭に廻った。

 世間では、命の危険を感じた時には、走馬灯かスローモーションのどちらかを経験するようだが。

 俺は、そのスローモーションの方のようだった。


 地面に伏せた、その瞬間に足元で大爆発が起きた。

 後頭部の襟足が焦げるんじゃ無いかと不安に為るほどの爆風。

 だが、それでも生きていた。

 怪我も無い様だ、どこも痛まない。

 耳は痛いが、音のせいで鼓膜が震えているだけだろう、聴こえなくなったわけでも無さそうだ。

 風が草を揺らす音は聴こえている。

 

 ゆっくりと上半身を起こして、その場に座り込む。


 委員長は?


 ハッと為って、横を見た。

 居ない。

 反対側。

 居ない。


 前の方から声が漏れ聞こえてくる。

 見れば、委員長がスカートを爆風でか? 跳んだ拍子かで捲り上げて尻を剥き出しに突っ伏していた。

 ジャージは履いていて良かったねと、そんな格好で。

 だが、その位置。

 委員長の足は俺より速い筈もないのに、ずいぶんと前だ。

 詰まりは、爆竹を投げる前から逃げていたと……そう言う事だろう。

 人にやらせて置いて、なんて奴だ!


 「チョッと!」

 その委員長、むくりと起き上がり、俺に向かって怒鳴りつける。

 「もっと、ちゃんと投げなさいよ! 危ないじゃない」


 気勢を削がれた。

 言いたい事は他にも有ったのだが。

 先ずは。

 「イヤ、爆竹としては飛んだ方だ……あれ以上は無理だ軽すぎる」


 「何よそれ、アレじゃ危なすぎて使えないじゃないの!」

 そう言って、暫く考え込む。

 「軽すぎるなら、木とか石にくくりつけて……」


 「紐? 糸? のり? そんなのはないよ」


 「じゃ……粘土とか、泥団子ね」

 これいい案じゃない?

 そんな台詞が聴こえてきそうな、満面の笑みで。


 「粘土か、泥団子か……」

 辺りを見渡す。

 確かにこの地面の土なら固まりそうだ。

 だが、事前に準備が必要だろう。

 イザというときにそんな事をヤっている暇など無いのだろうし。

 それに、前もって造って置いても、壊さないように持ち運べるかも疑問だ。

 ヤハリ……これは保留だな。

 とは、考えたのだけど。

 一応は良い案だねと頷いておいた。


 爆竹を使う時は、本当の最後の手段にしよう。

 

 「そういえば……猫は?」

 話題を変る事にした。

 もうこれ以上、危ない事はしたくない。


 「あら、ランプちゃんも居ないわね」

 フクロウは委員長の手の中に居た。

 抱えて、守っていたのだろう。


 「飛ばされちゃったか?」


 「さっきのに巻き込まれて……」


 嫌な事を言う。

 あれで死んでいたのなら、夢見が悪すぎる。

 

 そこへ、草を掻き分け猫が帰って来た。

 それを見て、ホッと胸を撫で下ろす。

  

 「ニヤ」

 良く見れば、カードを咥えている。

 拾いに行っていたのか。

 とにかく無事で良かった。

 と、そのカードを受け取った。


 それには。

 赤で揃えられた、長靴とマントと帽子。

 そして、銀色の細い剣……フェンシングのアレだ。

 そんな絵が描かれている。


 「装備品かな?」


 委員長も覗き込む。

 「それ、いいわね」

 俺の手からカードを取って。

 「私に頂戴、良いよね」

 俺をひと睨み。

 「あなたは、そのパチンコが有るけど私には何も無い、これは私が貰っておくべきよね」

 

 とても強引な理由だが、確かに委員長には武器は無い。

 強く成ってくれるのなら、それに越したことは無い……か。


 委員長、俺の返事も待たずにカードを額に当てた。


 反対するわけじゃ無いのだけど、せめて俺の意思表示くらいは待っても良くないか?

 まぁ良いけど、と見守っていたのだが。

 

 そのカード、反応がない。

 ? な顔で何度も繰り返し額に持っていくのだけど、ヤハリ変化は無い。


 「なにこれ! ハズレ?」

 地面に叩き付けた。


 「それは、猫のカードに成っていますよ」

 何処からか、戻ってきたランプちゃんが。

 こちらも無事だったようだ。

 その背中には、カードが見え隠れする。

 本人は隠している積もりのようだが、その体よりカードの方が大きい。

 隠しきれるものではない、サイズ的に。


 「猫のカードって何よ!?」

 

 「カードは拾った種族にだけ使える様に成るのです」

 少し気圧されてる?


 「種族? って何よ!」


 「人間と動物と魔物の三種類です……」


 「人間」と、自分と俺を指差す。

 「動物」と、フクロウと猫を見る。

 「魔物?」

 

 「魔物です」と、ランプちゃんが自分を指差した。


 「あんたモンスターだったの?」

 驚いた委員長。

 俺も驚いた。


 「大丈夫です、良いモンスターですから、私は」

 慌てて、両手を前に出して否定した。


 「良いモンスターって……」

 自分で言ったな。


 「モンスターはみんなそう言うのよ、泥棒がそう言う様にね」

 そう言って、ランプちゃんに詰め寄ろうとした委員長を慌てて止めた。

 「邪魔しないで、モンスターは退治しなきゃ駄目でしょ」


 「イヤ、ランプちゃんは種族的にはモンスターかもだけど、役に立って危害も加えないし……何より言葉も喋れるんだから、それを退治なんて」 

 

 怯えたランプちゃん、俺の背中に隠れた。

 「ごめんなさい、ごめんなさい……赦して下さい」

 震える声で謝りながら。

 

 「大丈夫、退治はさせないから」

 

 その俺とランプちゃんのやり取りをジッと見て。

 「何よ、まるで私が悪者みたいな言い方ね」


 「イヤ……そう言うわけでは、ただ少し冷静になって考えてくれれば……」


 その言葉に、俺を睨み。

 そして、チロリとランプちゃんを見る委員長。

 「まぁ……いいわ」

 大きく息を吐き。

 「だけど、変な事をしたら、プチっと潰すからね」

 虫を潰す仕草か、両手を合わせて握り込む。


 ブンブンと音がするくらいの勢いで頷いているランプちゃん。


 「潰すわよ」

 今度は、両手でパンと叩いた。

 蚊を潰すように。 

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