第八話

「はい、緊急会議始めるよー。既に何回目なのか知らないけど。誰か数えてる?」

「数えてないだろ、誰も。それに緊急ばっかりじゃねえか。逆に予定通りの方が驚くわ」


テーブルに突っ伏す主を、誰も気にせず緊急会議が開始される。

相変わらずの言葉で開催を宣言すると、バルも、いつもの言葉で応じてくれた。

普段との違いと言えば、主付きのメイドにして『裏』の幹部、キキョウさんが居ない事と、山積みにされていた調度品の類が少しだけ目減りしていた事かな。

僕もバルも執事さんも普段通りだ。

主が自己嫌悪でダウンしているのも、相変わらずだしね。


「キキョウより報告が。ラビオリ家とペンネ家は隣国のクーデター側と繋がっていたそうです。むしろ、未だに結び付きがあるみたいですな」

「わー、早ーい。流石は『裏』七草。優秀だよね」

「初っ端からデカい報告だなあ⋯⋯」


やっぱり違うね、働きが。

七草を除く構成員は、基本的には、組織の一員として優秀だからね。敢えてそうしたんだけどさ。

いわば、七草は『裏』に於ける第一世代。今は少しずつ世代交代を行なっているんだ。

急激に大きくなった組織だしね。基本的に、第二世代は陛下と宰相直属となる。うちの主は慕われてはいるけど、正式な部下じゃ無いんだよね。


「問題はその二つの家以外にも、繋がっている者が居そうな事ですかな」

「それこそリガトーニ子爵家じゃねえのか?」

「いや、違うよバル。あの家は表立って親交を持っているからね。問題なのは、こっそり誼を通じている奴でしょ」


頭をガリガリ搔きむしりながら言うバルに説明する。

まあ、脳筋のバルだけど解ってはいるんだよね。まるで解って無いかの様に振舞っているだけで。

こうやって、解り切った事柄を整理してくれて、考えを纏める為に発言しているからね。

自分には、答えに辿り着ける能力が無いから、他の人間が正解を導き出せる様サポートする。

これはこれで稀有な能力だと思うんだけど、バルに結論まで求めると、やっぱり脳筋なんだよねえ。


「こっそり、ねえ⋯⋯。国内と国外、どちらを調べたら良いのかね?」

「それは体内の毒を見付けるのが一番なんだと思うよ?偽情報は、外の方が多いだろうし」

「何より、こちらが割ける人員が段違いだ。調査にしろ、何にしろ。ただ、調査されている者に気付かれると、疑心暗鬼にしてしまうから、難しいとも言える」


あ、主が起動した。

自己嫌悪如きでダウンとか情け無いよね。『裏』の汚い仕事は平然とこなす癖に。

そこまで自分を飾りたいのかなあ。

綺麗な部分は兄と弟に。汚い部分を自ら請け負った筈なのに、納得出来ていないんだね。

まあ、まだ成人前だから仕方が無いのかな。

でも、そうやって悩んだりしてるのを近くで観るのが楽しいんだよね。


「あー、そっか。自分が疑われていると感じたら、そりゃ対策するよなぁ」

「それが内部調査で一番面倒な点だな。忠臣も逆臣にしてしまう。上に立つ者の器量次第だがな」

「出来るのかな?」


敢えて誰が、とは言わなかったけどね。

ゆっくりと起動した主は大丈夫。

頻繁に自己嫌悪に陥るけど、切り替えは出来るからね。

むしろ落ち込む事がスイッチになっている感すらあるよ。難儀だよね。


「それで、他に我が国を売ろうとしているのは誰だ?目星は付けてあるのだろう?」


あ、完全に切り替えたね。

軟体動物みたいにグデグデしていたのが、突然鋭い刃物を思わせる雰囲気に変わる。

姿勢を整え、髪を縛り直す。細い目を更に鋭くする。

触れれば切れる、とばかりの佇まい。

主が文字通り真剣になった姿だ。

常にこうだったら、王位に就いても反感は買わなかったのかな。


「⋯⋯いや、無理だね」

「ん?何か言ったかリオン?」

「んーん。何でも」


小さく呟いた言葉にバルが反応する。

獣並みの感覚を持ってるからね、この脳筋は。

まあ、僕が思わず零してしまったのは、主の評価の所為だ。

今上陛下は優秀だ。その陛下に瓜二つのシュバルツ殿下が人望を集めるのは当たり前。

うちの主が劣っているワケじゃないんだけどね。考えが古く、固い者は多い。シュバルツ殿下が苦慮しているのも其処だ。


年長者こそ跡継ぎたるべし。

陛下の生き写したる容貌の弟殿下こそ。


色々と思惑はあれど、貴族達の主張はこの二つ。

僕からすれば、どちらも老害の意見だ。

その裏に隠されている真意を明らかにすれば、もっと有意義な議論が出来そうなのにね。優秀な貴族ですら、そうなのだ。勿体無い。

まあ、本当に能力のある連中は、沈黙か、陛下の御意思のままに、とか言ってるけどね。


「一度、全部裏返ってしまえば良いのにねー」

「裏は裏のまま。闇に葬り去るのみ。それで良い」


思わず本心を曝け出してしまったが、主は僕の言葉を勘違いして、返答してくれる。

僕がこの国の全てが裏返って欲しい、だなんて思っているのを知るハズが無いから。

主はそれで良いんだ。『裏』を生きる場所に定めてくれたら

僕は『闇』に生きる。


「それで、隣国に繋がる⋯⋯いや、内通しているのは、表の七草ではあるまいかと」

「はぁ!?七草が!?そんな事したって意味無いだろうに!」

「いやあ、来年は更新だよ、バル。況してや蹴落とされる者が必ず居るじゃん」


執事さんの推測にバルが唾を飛ばして喚く。汚い。

でも、まあ、当然の反応だよね。

この国で七草と言えば、普通は、国の重鎮七人を指すんだよね。国民はおろか、他国にも知られる優秀な家臣。まあ、半分は単なる名誉なんだけど、そうは捉えない連中も居るからね。

五年に一度、決められるんだったね。

それが、来年。


ちなみに、今の七草は。

セリが宰相。

ナズナは近衛騎士団長。バルの父親だ。

ゴギョウは宮廷魔術師長。

ハコベラ、ホトケノザ、スズナはそれぞれ第一から第三騎士団長。

スズシロが誰だっけなー。確かエルボ家の嫡男だったかな。

亡くなった主の兄君の側近で、文武両面に於いて支えた人だったかな。


こうやって見ると、結構出来レースの感もあるんだよね。

まあ、上三人以外は何度か外れた事もあるみたいだけどね。


「今回は特別だからな。何しろコンキリエ家の大功があるから、入れ替わりは間違い無い。更に、シュバルツの取り巻きをやっている、ネーキスの父親が七草入りすると言う可能性も有る」

「ああ、弟殿下の側近候補の」

「で、主としては?可能性があるのは誰だと思ってるのかな?」

「三人以外だな。まあ、エルボ家に関しては、少なくとも主導では動かないだろうけどな」


眉間に指を置いて答える主。

確か、エルボ家が前回七草入りしたのは、故王太子の働きを大々的に示す意向もあったからだったね。

その主君が居ないのだから、今回は無理だろうとは誰もが考えている。

七草から外れたとしても、不名誉では無いんだよね。

ただ、他の面々はそうもいかない。

前コンキリエ伯がエルボ家と入れ替わり、だけなら問題は無いんだけど。もう一人、となると大変だよね。

恐らくは騎士団長の誰かが外される。

全員が外れるならば、まだ良い。

だが、誰かが、となれば面倒な事になる。


「さて、バルに問題ー。七草落ちしそうな人間が選びそうな手段はー?」

「はっ?いや、ヒントくれ、ヒント!」

「なら、選択式にしようかー」

「1、七草に選ばれる様な手柄を挙げる。2、七草入りしそうな人間の足を引っ張る。3、七草選びとか出来ない状況を作る。4、もういっそ国を裏切る。さあ、どれ?」


脳筋のバルに、僕は親切にも選択問題にしてあげた。

それでもバルは両手で頭を抱えて悩む。

中身の筋肉がどう働いているんだろう?


「まあ、来年の話で時間もあまり無いから、2番かな?」

「正解は、全部ですー」

「色んな意味でふざけんな!」


素晴らしい反応。

絶対に脊髄で答えたよ、今の。


「まあ、今のはリオンの言い方が悪かったな。勿論、可能性だけなら全て有る、と考えるべきだ。だが、3や4は限り無くゼロに近い」

「あー⋯⋯そういう意味な。てっきり既に動いているモンだと勘違いしたわ」


そう勘違いする様に誘導したんだけどね。

主とバルは苦笑いするしか無いみたい。

執事さんは、薄っすら笑みを浮かべているけど。


「まあ、七草絡みの件なら大丈夫だろ。俺が親父に辞退させるわ」

「⋯⋯え?」

「一週間くらいかなー。あ、ルシード。俺の動きに合わせて、情報操作頼むわ」


軽い口調で言い残し、これまた軽い足取りで部屋から出て行くバル。

全員が呆気に取られ、止めようともしない。


え?いやいや。

大丈夫なの?

だって、バル脳筋だよ?

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