新たなる婚約

第一話

謹慎一カ月。

それが主に追加された罰。

まあ、舞踏会が終わると学園も長期休暇に入るから、実質お咎め無しみたいなもんだよね。

長期休暇に入ると、大抵の学生は実家に帰る事になる。領地のある家柄の者は其処に。それ以外の学生は王都の屋敷に。

主は宮殿に軟禁だね。まあ、宮殿と学園は馬車で数時間の距離だし、関係ないのかも。

バルや僕なんかは領地の無い貴族だから、王都に居る。ちなみに宮殿の一角に客人扱いで寝泊まりしている。

すっごい快適なんだよ!家事なんてしなくて良いし、宮殿内の資料室への立ち入り許可降りてるし!

メイドさん達も僕に対して極端に優しいし!

まあ、弟やマスコットを愛でる感覚だけどね。


「よお。ルシードどうしてる?」

「ああ、おかえり、バル。主は変わらないよ。自室でめっちゃ仕事してる。後は抜け殻になってるか、のどっちかだよ」

「んー⋯⋯まあ、仕方がないか」


ホカホカと湯気を昇らせながら、バルは椅子に腰掛けてため息を吐く。

この様子だと、騎士団の稽古に混ざって来たのかな。で、汗を流してから此処に来た、と。


「全力で宮殿暮らしを満喫してるね⋯⋯」

「お前もな」


二人で笑い合う。

僕も書庫や資料室を我が物顔で利用しているからね。

それに比べて、主ときたら。

仕事が大変なのは知ってるけど。

つい先日、この世の春が来たと言わんばかりに小躍りしていた癖に。


「色々と忙しかったもんね。調査に根回しに。自分で現場にも向かってたもんなあ」

「あぁ?こないだの婚約破棄か?」

「そうそう。やっと念願叶ったのにね。燃え尽きちゃったのかな」


やれやれ、と肩を竦めてみせる。

すると、バルも僕と同じ動作を返してきた。

その目は僕を馬鹿にしていたので、ムッときた。


「何だよー、その目はー。バルの癖に生意気だぞー」

「いや、お子様だなあ、と」

「同い年ですー」

「はは、なら男女関係に疎いだけだな。すまんすまん」

「そんな言葉無いですー。毎晩メイドさん達の誘いにホイホイ乗ってますー」

「マジかよ!?お、大人だった⋯⋯」

「必ず首筋にキスマーク残してますー。あの首筋というか喉に噛み付くのが快感なんですー」

「そんな情報いらんわ!城のメイドの制服、首隠す作りで良かったな!」


はい、面白いように反応するバル。やっぱり脳筋だよね。

僕はもう一度肩を竦めてみせる。

ふふん、と一言添えるのも忘れない。


「で、誰がお子様なんだっけ?」

「参りました、リオン様。でもさ、どうして其れでルシードの気持ちが解らないんだ?」

「主の気持ち?婚約破棄に継承権放棄でヒャッハー、じゃないの?」

「あー、まあ計画知ってるどころか、積極的に協力した俺らはそう考えるよなあ」

「違うの?」

「ルシードはな、何て言うか⋯⋯多分、後悔している」

「もっとバッサリ断罪すべきだったって?」

「ノータイムでその返答かよ!」


一瞬、怯えた表情を覗かせるバル。

未来の近衛が、こんな些事で動揺したら駄目だろうに。


「ルシードはなあ、マリーナ様の事が好きだったんだよ。多分、自分で思ってたより、ずっと。その想い人を弟に、だぞ?解るだろ?」

「何だそんな事なの?主があの馬鹿女に惚れ抜いてた事くらい、見たら解るじゃん」

「⋯⋯え?」

「あーあ、バルったらお子ちゃまでちゅねえ。主は、その想いに自覚しない様に頑張ってたじゃん。 僕としては、より利が大きくなる方向に動いて欲しかったんだけどね」


僕の言葉に絶句するバル。

脳筋の上に、人の心の機微も解らないのか。情け無いよね。


「皆、気付いてたのか?」

「いや、お互いの家族くらいのものでしょ」

「そ、そうだよな⋯⋯」

「でも、主の取り巻きなら、気付かないと。本当に単なる取り巻きになっちゃう。一応、僕らはルシード・フォン・フレーゴラ殿下の側近、若しくは懐刀に成る予定だったんだから」


がっくりと膝と両手を床につける。

よっぽどショックだったのかな。脳筋の癖に繊細だなあ。まあ、何も感じないよりはマシなのかな。


「俺は、俺って奴は!くそう!これからは、もっと!ルシードの力になるんだ!」

「うわ、暑苦しい⋯⋯。いや、でもさ。来年になったら僕ら主から離れて就職だよ?」


床に拳を叩きつけながら叫んでいたバルが、ピタリと止まる。

ちょっとだけ視線を彷徨わせ、何事無かった様に立ち上がる。


「それもそうだな。なら諦めるか」

「酷っ!しかも早っ!」


照れた様にはにかむバル。

キモい。


「その眼差し止めてくれ⋯⋯。結構、心を抉ってくるんだぞ」

「この視線が普段とのギャップで堪らない、って評判ですー」

「大丈夫なのか、宮女達は⋯⋯?」

「まあ、それは置いといて」


両手を使って、物を動かす振りをする。


「そんなんだから、より幼く見えるんだぞ、リオン」

「解ってて活用してるに決まってるじゃん」

「黒いなー、知ってたけど」

「まあ、これからの話。多分、僕らは仕事が任せられるよ、主に」

「王都か、リガトーニ子爵家か、どっちかね」

「いや、それ以前に。多分、リガトーニ子爵令嬢が挨拶に来るだろうから。その関係でね」

「そっちかー。まあ、大した仕事じゃないだろ」


バルの発言に、こいつ馬鹿だなあ、って視線を向けてやった。


「だから、止めろって。俺にそっちの趣味は無い」

「知っててやってる。馬鹿だなあ」


あ、口に出しちゃった。


「ハートブレイクの主の愚痴聞いて、慰めないといけないんだから。準備するよ」


結構、面倒なんだわ、あの阿保。

いや、あの主。

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