第11話

「ワザと癖を出して、私にだけは気付いて欲しかったのね。多分、無意識だろうけど」


思わず動きを止めて、マリィを見つめる。

驚きが思考の大半を占めていたが、冷静な部分では納得していた。


俺は、気付いて欲しかったんだ。

他の誰でも無い、目の前の少女に。

ひと時で良いから、寄り添って欲しかった。

助けを求めていたんだ。


そうなんだよな。

マリィじゃなきゃ駄目なんだ。

俺は、それを手離そうとしている。

いや、もう捨ててしまったんだ。


押し寄せる後悔。

まさか、こんなに彼女が必要だったなんて。


大好きだったなんて。


「ルゥ君。誰が為の婚約破棄だったの?」


長い沈黙。

ひょっとしたら、短かったのかもしれないが、永遠にも似た時間に感じる。

答えてしまったら、


「君の為の、婚約破棄だよ。マリィ」


全てが、終わる。





多分、マリィがどれだけ変わっても、俺に対する気持ちが昔のままなら。

そうすれば、きっと。

俺は他の方法を選んだのだろう。

絶対にシュバルツなんかには渡さなかっただろうし、どんな方法を使ってでも、自分が王になり、国を富ませた筈だ。


今となっては、虚しく、無意味な仮定だ。


これでも、マリィを振り向かせようと努力はしたんだ。

でも、足りなかった。

本気だったら、権力でも『裏』でも使えば良かったんだ。

俺はそれを嫌った。

自分の力で、誠意で何とか出来ると信じていた。

でも、足りなかった。

力も、時間も。


水面下で進められていた不穏な計画は、実行直前だった。

むしろ、其れを阻む為の婚約破棄騒動である。あの場には反逆者達の兵が潜んでいた。

『裏』が止めててくれたんだけどね。偽情報流して連携をズタズタにし、立ち上がる切欠も、俺が潰した。

仮に実行されていても難無く鎮圧に至っただろうが、主立った者達の粛清は免れない。

その中に、マリィも入ってしまう。

それだけは、認められなかった。




「やっぱり。そうだよねえ。ルゥ君、私の事好きだもんねえ」


枯れる事の無い涙。

マリィも後悔の念に苛まされているのだろう。

朗らかとも言える笑い声を上げながら、嗚咽する事も無く、ただただ目から涙を零す。


「私もね、ずぅっとルゥ君が好きだったよ。誰よりも、大好きだった」

「知ってた。マリィが俺の気持ちを知ってたのと一緒で」


月の光を浴びたマリィは美しかった。

金色の髪は、散りばめられた宝石の様に煌めき、きめ細かく、白い肌の美しさが際立っている。

溢れる涙をそのままに、無邪気に笑って話しかけてくる。

まるで昔に戻ったみたいだ。

酷く懐かしい。涙が止まらない。

ぼくは、しあわせだった。


けれど、もう二度と手に入らない、壊れた幸せだと、お互い理解していた。

二人共、手段も目的も違うけど。

二人で、仲良く壊した幸せなんだ。

最初で最後の共同作業。


「ルゥ君。目を閉じて?一回だけ。きっついのをお見舞いしたいから」

「⋯⋯そうだね。俺の義理の妹には、その権利がある」


俺の言葉に、顔を顰めつつ、マリィは近づいてくる。

俺は目を閉じる。

これで、終わりなんだな。


俺の胸に手が当てられる感触。

そして、唇に柔らかく、温かいものが触れる。

頭が真っ白になって、何も考えられなかった。

どれだけの時間、そうしていただろうか。

「もう良いよ」と声がかかる。

ゆっくりと芽を開けると、熱っぽい表情をしたマリィの顔がすぐ近くにあった。


「これでもう、ルゥ君は私の事、忘れられないよ?ルゥ君の心に鎖を巻いちゃった。女は強いんだからね。すぐ次に行けるんだから。ルゥ君は、ずぅっと苦しめば良いんだよ」


えへへ、と笑い、身体を離す。

抱き締めたくなる衝動を全力で抑える。


「本当は、ルゥ君の子どもが欲しかったんだけどね。諦めるよ。バイバイ、大好きだった人」


そう言い残して、俺の婚約者は立ち去った。




こうして、俺の婚約破棄は成ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る