第8話

「来たか、グルムレス。それに、マリーナ嬢よ」

「ふん、茶番の後すぐに呼びつけておいて、その言い様か」

「お、お祖父様⋯⋯!陛下に対してそのような⋯⋯!」


マリーナが焦った口調で窘めてくる。小声だが、はっきりと意思表示をしている。

良い事だ。

孫娘の成長に目を細めていると、馬鹿が邪魔をしてきた。


「良い。今はそういう場では無い。グルムレスとは私的な場では、いつもこうだ」


当たり前だ。以前は国王として呼びつけられたが、今は一人の友人として招かれたのだから。

完全に別人としての対応というか、扱いだ。

相手が陛下ならば、我が身も心も忠誠に変えて捧げようが、友相手ならば、敬語どころか、敬意すら必要ないわ。

我から見れば、いつまで経っても悪戯好きの鼻垂れ小僧なのだから。


「で?兄が暴走したから弟を当てがおうと?我が孫娘を軽く⋯⋯いや、馬鹿にしてはいないか?」

「お祖父様!それは⋯⋯!」

「お前の言う通りだよ。すまない。愚かな息子だ。望むならば身柄はくれてやる。焼くなり煮るなり好きにしてもらって構わない。マリーナ嬢とシュバルツとの婚約も断ってくれて良い」


深々と頭を下げたのだから、この馬鹿本人は許さねばなるまい。

だが、あの昼行灯には灸を据えてやらなければならぬだろう。


「良い心掛けだ。あの馬鹿王子の所為で、うちの孫娘の誇りは踏み躙られ、評判は地に落ちた。一刻も早い王太子と王太子妃の告知と、今回の一件の説明が必要だろう。根も葉も無い噂が広まってからでは遅いのは解っているであろう?」

「婚約者が居るのに他の令嬢にうつつを抜かし、陛下の逆鱗に触れて継承権剥奪された馬鹿王子。哀れな婚約者は、実は以前より想い合っていた弟殿下が御救いになられた」

「⋯⋯え?」

「シナリオは悪く無い。後は間に合うかどうか、だな」


マリーナは驚きの声を上げていたが、気にする事では無い。

誰が悪かろうと関係無いのだ。

敢えて、こんな手段を選び、実行したのだから。痛み分けは有り得ない。家柄や政治力の絡みもある。


「どちらかが一方的に負けるしか、決着は付かないのだよ、マリーナ」

「しかし、それでは!元はと言えば私が⋯⋯」

「先程の顛末だが、既に民草の間では確定しておるよ」

「早過ぎて逆に腹立たしいな」

「!」


親友の言葉にマリーナが息を飲む。

質の悪い取り巻き達に踊らされていた、と気づいた今、責任を感じているのだろう。

哀れではあるが、それは目を曇らせていた事への罰と割り切るしか無いだろう。

それでも、可愛い孫娘の道を誤らせかけ、こんな形で目を覚まさせた小僧への怒りは大きい。

それが、逆恨みと理解していても、だ。


「私の抱える『裏』の部隊が動いたのでな」

「わざわざ奴等を使ったのか。親馬鹿も程々にしておけ。世界有数の部隊を動かすとはな」

「動かしたのでは無い。動いたのだよ」


意味が解らない。

あの部隊は数年前から突如として、この国に現れた。だが、間違い無く他国は絡んでいない。

そもそも外国が関わってしまえば、諜報部隊としては危険過ぎるだろう。

存在を知る者達の間では、中央の貴族が設立したとも、辺境で鍛えられていたとも言われている。国に潜む闇稼業の者を取り込んだ、という下らない噂もあるくらいだ。


訝しむ用な視線に気づいたのだろう、友は苦笑しながらも着席を勧めてきた。

確かに、立ったまま今まで話を進めてきてしまった。

孫娘と共に席に着くと、即座に紅茶と茶菓子が出て来る。

長くなる、という合図みたいなものだ。

ちら、と孫娘を見遣ると、可哀想な程に顔が色を失っていた。

軽く首を振り、カップに手を伸ばした。


「先に種明かしからしてしまうと、ルシードが『裏』の設立者であり、責任者だ。権限は国王が持っているがな」

「はあ⋯⋯あの昼行灯が。どれだけ爪を隠しているのか」

「し、失礼ながら⋯⋯ルシード殿下が、その、部隊とやらを動かしたと?」

「いいや、マリーナ嬢。此度の一件、随分と前から準備していたみたいでな。馬鹿息子が何も指示していなくとも、勝手に『裏』が仕事をしてしまったのだよ」

「⋯⋯慕われておるな」

「ああ。しかも任務から外れていた構成員と、教育中の下っ端達だけが動いている」

「はっ。仕事に影響は無いというわけか」

「むしろ、新人の実地訓練と報告が上がって来た時には、流石に呆然としたぞ」


二人で大笑いしてしまう。


「そこまで⋯⋯」

「ん?」


マリーナが両手で顔を覆い、泣き崩れる。


「そこまで、私との婚約を解消したかったのでしょうか⋯⋯!」


嗚咽が響く。

やはり、あの昼行灯は痛い目に合わせなければならない。我の世界一可愛い孫娘を泣かせるなどと。

拷問し、王家お抱えの治癒魔法士の治療を施し、また拷問する。

毎回拷問内容は変えていけば、いつでも新鮮な気持ちを忘れずにいられるだろう。

残虐なものだけでは無く、恥辱に塗れるような方法も考えるべきだ。

それだけの苦しみを、孫娘は背負ってしまったのだから。

自業自得?それは今感じている辛さで充分だ。

我が決めた。我が可愛い可愛い孫娘だ。

異論は認めない。

口にした時点で、口がきけなくしてやる。


「恐らく、マリーナ嬢が望まなければ、あの馬鹿もそれなりの結末を準備したであろう」

「それは、でも⋯⋯!」

「今とて、目が覚めたとはいえ、ルシードとの婚約が無くなって、ホッとしているのではないかな?シュバルツとの婚約になって、安心しているのでは?」

「貴様、我が孫娘に」

「グルムレス。なら、私の息子は彼女にどんな扱いを受けて来たのだ?取り巻きも含めて無礼討ちしても構わない程だ。むしろ『裏』が自主的に動くのを必死で止めてくれていたというのに?」

「マリーナ、一体どれだけの⋯⋯」

「お前も忙しかったのは知っている。王都に殆ど居なかったのもな。だが、孫娘は兎も角、息子にすら手綱を付けていなかったのは失策ではないか?」


本気で怒っていた。友が、父としての感情を露わにしていた。まだ冷静な部分もあるらしく、ブリザードを無意識に発動する迄では無いみたいだ、


「親としても許せぬが、国王としては複雑なのだよ。確かにルシードより、シュバルツの方が向いている。本人の資質以上に、この国の、国民の認識がな」

「それは我とて同じだ。だからこそ、昼行灯などと呼んでおるしな」

「これから先、あの馬鹿が実力を知られる様な事になれば、跡目争いが起きかねん」


その言葉を、我も孫娘も驚きと共に納得した。


「まあ、しばし此処で待つと良い。ルシードと話すのならばな。グルムレスよ、私達は奥で飲むぞ。飲まずには居れぬ。明日はシュバルツの学年の舞踏会だぞ?立太子を改めて告げねばならん」

「それで呼ばれてしまったか。マリーナよ、頭を冷やしながら待つが良い。そして、昼行灯と最後に話をしてやると良い」


そう優しく言うと、ブツブツ文句を言う友と私室の方に向かう事にした。


やはり、あの小僧は許せない。孫娘を此処まで苦しめるとは。

例え罪が無くとも、祖父としては納得出来ぬ。


世の祖父母とは、そういうモノなのだから。

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