第5話

「はあっ!?兄上が王位継承権を失ったぁ!?」

「は、はい。しかも、シュバルツ様が立太子、と陛下自ら口に⋯⋯」


思わず天を仰ぐ。

やられた。

兄上に。


「何処か、人目に付かない場所で」

「はい、会議室を一つ借りております」


俺の言葉が終わるのを待たずに、数歩後方に控えた男が口を開く。

俺の取り巻き⋯⋯後に側近になるであろう男なのだが、少々才気走る所がある。

人と関わるのが苦手なのが欠点だ。

それを補って余りある能力と家柄も持っているのだが、な。


「すまんな、少し準備を抜けるぞ」


明日の1年の舞踏会の会場設営の最中ではあるが、許可を取り、移動する。

正直、混乱している。

会議室に向かう途中でも、耳と気の早い連中からは「おめでとうございます」などと声を掛けられる。

にこやかに微笑み「ありがとう」と返すものの⋯⋯早過ぎるな。

多分、兄上が噂を広めているのだろう。

そういった事が上手い人だからな。


側近⋯⋯タラント・ルマーケの確保してあった会議室に入る。

施錠をし、全員が同時に着席する。

此処に居る面々は、気持ちの上では全員対等、という意味合いだ。

急な事もあり、集まったのは俺を含めて五人。軽く皆を見渡し、口を開く。


「さて、俺が王太子に成るわけだが、どう思う?」

「先ずは祝わせて頂きます、王太子殿下」


一人が満面の笑顔で俺に阿って来る。

確か侯爵家の長男だった筈だ。良くも悪くも特徴の無い一族だ。

俺が何も言わず、仏頂面をしているので男は焦る。それに救いの手を差し伸べる様に、別の男も口を開く。


「はは、祝う事では無いでしょうに。あんな無能なルシード殿下よりも、優秀なシュバルツ殿下の方が、国王に相応しいとは誰もが感じているのですから。当たり前の事が起きた。それだけでしょう」


今度は公爵家の長男だった。

家柄は申し分無く、金も力も名声も備えた一族だ。

ただ、彼本人は使い物にならない。


「お前達二人。俺の仲間に連絡をしろ。その後は、一旦実家に帰れ。お前達の力が必要だ」


更に不機嫌になった俺はクズ二人に言い捨てた。

中心から外される事に、一瞬不満の色を見せたが、最後の一言で顔を真っ赤にして、張り切って退室した。


「⋯⋯困りますな」


何が、とは言わずタラントがボヤく。残ったもう一人は、無言で首を振っていた。


「役に立たないだけなら良いが、な。足を引っ張られると敵わないな」

「ネーキス。先程の質問を、今度はお前にしよう」

「決まってるだろう。ルシード様がやらかしたんだろうに。陛下に婚約破棄を認めさせるだけの何かを積み、自分が継承権を失うくらいで済む様に程々の失態をしでかした」

「それは前提です。まあ、あの二人は其の前提すら把握していなかったみたいですがね」


もう一人残った男、ネーキスが呆れながら状況を説明し、タラントに至っては廊下に侮蔑の視線を投げてすらいる。

多分、俺も似た様なものだろう。呆れるくらいで済んでいるネーキスの心が広過ぎるのだ。


「まあ、其の前提で話を進めると、だ。あまり嬉しくは無いかも、だが。マリーナ嬢が王太子妃、ってのは変わらないと思うぜ」

「やはり、か⋯⋯。まあ、今から妃教育と考えると、新しい令嬢を手配する方が面倒か」

「コンキリエ家との繋がりの件もありますしな。ルシード殿下の一番の目的は何処にありましたのでしょうか?」

「狙いがあり過ぎて解らねえな。順番に一つずつ挙げてみねえか?」


ネーキスが面倒そうに言う。やれやれ、と首を振るので、真っ赤な髪も揺れ、まるで炎が踊っている様だった。


「まあ、婚約破棄そのものではないか」

「自らが失脚し、シュバルツ殿下を跡継ぎにする事でしょうかね」

「ティーナ嬢を手に入れるとかじゃねえ?」

「貴族共への牽制。王家の情報力の一端をわざと見せたか」

「マリーナ嬢への訓告と周辺の掃除では?」

「あー、なら、シュバルツにマリーナ嬢を譲った、ってのも考えられるか」


ネーキスの言葉に思わず立ち上がる。

二人は黙って俺を見つめていた。

タラントは無表情で。ネーキスは下卑た笑みを貼り付かせて。

居た堪れなくなり、無言で座り直す。

心臓の鼓動が早い。まるで自分の身体では無いみたいだ。


「兄上のように、気に入った者、優秀な人間だけを側に置いておきたいものだ」

「だから、俺らが居るんじゃねえの?」

「まあ、本人が無能でも家柄は利用出来ますし、後ろ盾は必要ですよ」

「だから、お前達以外を切り捨てられるならな、と言っている」


少しだけ本心をさらけ出すと、二人は目に見えて動揺していた。

まだまだ甘い。それこそ兄上を見習って欲しいものだ。


「まあ、そうやって後ろ盾をあえて排除する事で跡継ぎ争いからは降りた、とアピールしている部分もあったでしょうしね」


タラントが無表情を再度貼り付かせて言うも、若干顔が赤い。

相変わらず褒められるのに慣れていない。


「ってゆーか、ルシード殿下はどうして自分の力を隠しているのかね。勿体無い」


ネーキスに至っては嬉しそうな表情を隠そうともしない。

可愛い奴だ。


「元々、亡き長兄の補佐を自らに定められたからな。補佐が目立つ必要は無い、と」

「まあ、陛下やシュバルツ殿下に比べると外見も貧相ですしな」

「わざと表舞台からは降りているわけか」


タラントが言う様に、兄上の外見には威が足りない。

父上や俺はかなりの偉丈夫だし、二人共目立つ銀髪に赤目だ。

兄上は母親に似たのだ。

だが、どうして、とは思う。

一度、話し合う必要があるだろう、と浮き足立つ二人を視界に収めながら俺は決めた。

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