好きってどんな気持ち?

「咲、こんなチャンス滅多にないよ。付き合っちゃいなよ。学園のアイドルからの告白だよ。断ったらもったいないって」




泉はまるで自分が告白されたみたいにテンションが上がっていた。



咲はまだこの状況を理解出来なくて、どう返事したらいいのかすら分らなかった。

それでも、ここまではっきりと「一目惚れ」なんて言われた事はなかったかな……。


それに赤井君からは、何故か断れない、そんなオーラの様なものが漂っていた様に感じた。


咲は一抹の不安を感じながらも、その場で返事をした。




「分かりました、お付き合いお受けします」


「本当に?俺年下だし失恋するの覚悟で来たんだ。よかったー」





無邪気に喜ぶ赤井君は何だか子供みたいに見えた。



これこそが運命の出会いになるなんて、この時の咲は微塵(みじん)も思っていなかった。


そう、この時までは、だけれども。




「じゃあ部活が終わったら、部室に迎えに行くよ」


「え、それはずいぶん早い話で「もう俺の彼女だから、俺が守るよ」」




ふ…と、行きかけた足を止めて「そうだ、咲のメルアド教えてよ」と、ごく自然に『咲』と名前を呼んだ。




有無を言わせぬ気迫に圧倒された咲は、そのまま「うん」と答えて当たり前の様にアドレスを交換した。




何か腑に落ちない、という顔をしている咲に向かって泉は言った。




「咲~凄いじゃない、学園のアイドルが彼氏なんてさ」


「でも、あたし赤井君の事何も知らないのに…本当にこれでよかったのかな……」不安げに聞いた。


「いいに決まってるじゃん。赤井君きっぱり言い切ったよね?俺の彼女だから俺が守るって。しびれるセリフだよね~」


「うん……そうだね……」





この時の咲はまだ翔の本当の姿を知らなかった。

そして…。

翔を知れば知るほどに、咲はどうしようもなく翔に惹かれてゆくのだった。




「じゃあ今日の練習はここまで。みんなお疲れ様」


「「お疲れ様でした」」




ばたばたと一年生が後片付けをしていた。

それを見ながら、練習前の事は夢だったのじゃないかと思えて来た。

が、その思いとは裏腹に咲の携帯が鳴り響いた。


その音を聞き逃す泉ではなかった。



「ちょっと、咲、赤井君から?」


「え?なになに、どうしたのよ?」



間髪入れずに晴美が聞いてくる。



「咲ってば赤井君にまで告られちゃったんだよ。で、付き合う事にしたんだよねー」



相変わらず泉は楽しそう。



「泉……あんた本当に楽しそうだね?あたしは付き合うって返事しちゃったけど、本当はどうしたらいいのか悩んじゃうよ」


「悩む必要ないって。年下だけどなーんか赤井君ってそんな感じしないんだよね、何でかな?てか、メール来てるんじゃないの?」


「あ、そうだっけ、忘れてた」




慌てて携帯を取り出すと、ラインにメッセージが入って来ていた。



『練習終わったから、帰る時ラインしてね』




え……これって、どういう風な意味にとればいいのかな?




「どうしたの?メール赤井君からじゃないの?」


「あ、うん、そうだけど……帰る時ラインくれって」


「あ~ついに咲も男の手に落ちたか~」と大袈裟に泉が叫ぶ。


「これ知れたらさ、咲も赤井君も両方のファンから恨まれるだろうなぁ」




晴美までそんな事を言い始めるなんて。



咲は「もう、冗談やめてよ。なんであたしにファンがいる設定になるわけ?」と、文句を言った。


「これだもんね、全く自分の事には無関心なんだから」泉が言う。


「今まで散々手紙貰ったり、告られてるのに本当に気付いてないんだ?咲は?」


咲は「だから、なにを?」と聞き返した。





部室まで戻る間、咲はずっとこの調子でふたりに言いたい放題にされていた。



制服に着替えている時、またラインが鳴った。




『校門前で待ってるから』




短い文面から伝わるものは何だったんだろう。

咲はこの時、不思議な気持ちに包まれた。




「なに?何て言って来たの?」




泉はともかく、晴美までもがはしゃいでる。

それが後輩達の耳にまで入ってしまったから大騒ぎになった。





「え?咲先輩あの赤井君に告白されちゃったんですか?」


「え~マジですか?咲先輩それでどうしたんですか?」



すると泉がさも偉そうに「咲は赤井君と付き合うって言ったよ」と答えてしまった。



次の日学園がどんな騒ぎになるかなんて、この時は誰もが予想してなかった。




着替えていつもの様に3人で校門に向かうと、そこには翔が待っていた。




「お疲れ様、え……と、高橋先輩と坂井先輩ですよね?」


泉が驚いて「へぇ、あたし達の事も知ってるんだ?」と、聞いた。


「もちろん、咲の親友ですよね?」




えっ?

いきなり呼び捨て?




「赤井君、いきなり名前で呼ばれても……。」


「どうして?咲は俺の彼女。名前で呼ぶのは普通でしょ」





そう言って微笑んだ。


その笑顔がやっぱりどこか不思議な雰囲気に包まれている様で、咲は思わず言葉を失くしていた。





「さて、晴美。あたし達はふたりで帰ろう。赤井君、咲をよろしくね?」


「はい、任せて下さい。それじゃあ咲、送っていくよ」


「え、あの、いきなり?」戸惑いは隠せなかった。


「別に変な事考えてないから、そんなに警戒しないでよ」




本当は、翔の頭の中は咲の全てが欲しい、と考えていたなんて咲に分かる筈はなかった。


いきなりふたりきりなんて…。




「咲の家、どこ?」




歩きながら、翔が聞いて来た。



「あ、言ってなかったね。ごめんね、新町なの」


「新町かぁ、じゃ学校近いんだね」


「そうだね、みんなはバスとか電車で通ってるけど、地元の人って少ないもんね。赤井君はどこ?」


「翔って呼んでよ。俺も咲って呼んでるんだし」


「え、でも今日初めてだよ。こんな風に話したのって」


「そんなの関係ないよ。俺、中等部の頃から咲の事知ってたし」


「え?ななんで?」


「そんなに驚く事じゃないと思うけどな。だって、あんなに目立つ部活に入ってる人がさ」


「目立つ…?考えた事なかったなぁ。うちの部ってそんなに目立ってる?」


「もちろん!その中でも咲はダントツで目立ってるよ」


「ダントツって、それって褒められてるのかな?」


「もちろん!だって俺が初めて惚れちゃったんだからね」





悪戯っぽく笑う翔君を咲は「可愛いな」と思った。




え?でも初めて惚れたって、今言ったよね?

じゃああの噂は何なのかな?




「翔君、初めて惚れたって今言ってたけど、翔君って付き合ってた子いっぱいいたって噂聞いたよ?」


「あぁ、あれね。別に好きで付き合ってた訳じゃないよ」翔は軽くそう言った。


咲は「え、それってどういう事?」と、聞き返した。


「向こうから俺に付き合ってくれって言うから、付き合った、それだけだよ。だから俺から告白したのは咲だけ」





咲はそのまま何て言ったらいいのか分からなくなって、黙ってしまった。



元々こんな風に男の子とふたりっきりになった事がなかったし。

何を話したらいいのかすら咲には分らないのが本音だった。


それを素早く察知したのだろう、翔が話し始める。




「咲って男子から人気あるけど、もしかして今までにも告白とかされた?」


「うん、あるよ。手紙も貰うし……でも何でかな、今まではこんな風に誰かと自分が付き合うって想像出来なかったな」


「ふぅん、でももう俺の彼女だから、誰にも渡さないよ」




そ……っと翔が咲の手を掴んだ。

小さくて柔らかいその手を一気に引っ張った。




「きゃっ……」




そのまま翔の胸の中に飛び込んだ形になった。

翔から香る甘いコロンの香りが咲の思考を狂わせる。




「咲……いい匂いがする」


「あ、あの、あたし「黙って!少しだけこうしていさせてよ。俺ずっと夢見てたんだ。咲をこうする夢をさ。ただ咲の声を聞いたら俺、止まらなくなりそうだから……」」





咲も黙ってそのまま翔の胸の中で身じろぎもせずにじっとしていた。

ただ、咲の思考回路は完全に停止してしまった。




「咲、俺と付き合ってくれてありがとう。俺年下だし、咲はモテるのに恋とかに興味ないって聞いてたから自信なかったんだ」




本当に自信なさそうに、翔は言った。




「そんなにあたしはモテないよ。みんな勘違いしてるんだよ。多分チアガールのせいだよ」


「本気でそう思ってるの?噂通りに恋愛に興味なんだね。まぁお陰で俺の彼女になるまで誰にも汚されなかったからいいか」




翔の言葉の意味すら咲には理解出来なかった。

汚されるってどういう意味なんだろう?





「あの翔君?汚されるって、どういう意味?」


「そのうち教えてあげるよ。今はまだ早いみたいだし、大事にしたいからね」





翔は意味深ににっこり笑ってそう答えた。

混乱する咲とは裏腹に、余裕の笑みを浮かべていた。




「さて、もう遅いから帰らなくちゃ」




咲を胸の中から解放して翔はそう言った。


頬が熱い…。

こんな気持ち初めて。

これが誰かを好きになるって事なのかな?



そのまま咲の手を掴んで歩き出す。

家までの道のりが遠い。



このままずっと歩いていたい。

初めて咲に芽生えた感情だった。

けれど無情にも咲の家が見えてきた。




「翔君、あたしの家ここなの。今日は送ってくれてありがとう」


「お礼を言われる事はしてないよ。自分の彼女を家まで送るのは当たり前だろ?」


「う、うん。そうなんだ。あたしそういう事全然分らなくて……」


「分からない方がいいんだよ。咲はそのままでいいんだ。じゃね、また明日。お休み」


「お休みなさい」




咲は翔の姿が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。


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