手紙の主は誰?

ーーーー朝。紅葉学園高等部下駄箱。ーーーー




あたしはいつもの様に、下駄箱を開けた。

そこに一通の手紙が入っているのに気が付いた。


またか……。

相変わらず差出人の名前が何処にも書いてない。


もう、これで三日目だっけ。



あたしの名前は工藤咲(くどうさき)。

紅葉学園高等部三年で、一応チアガール部のキャプテンをやっている。






……咲の教室。




「おはよー咲」




声を掛けて来たのは、咲と同じチアガール部の高橋泉(たかはしいずみ)

泉と咲は、小学校からの幼馴染みで、今はクラスも同じ。

少々気が強い性格の泉に、咲はいつも助けられてきた。



「おはよ、泉……」



咲に元気がない事は、泉ならすぐに見抜く。




「何?朝から何だか元気ないよ?どうしたの?」




泉が心配して聞いて来た。




「うん……これなんだけど……」




咲は一通の手紙を泉に見せた。



「何、また手紙?誰から?」


「それが……名前がどこにも書いてないの」


「え、何それ?名前書き忘れたって事?」


「さぁ、どうなんだろう。実はこれだけじゃないんだ……三日前から毎日下駄箱に入ってるの」


泉は「何それ?ストーカー?」と聞いて来た。


「それが分かんないから困ってるんだけど」


「それで?何て書いてあるの?」


「うん……放課後体育館の裏に来てくれって」


「やめなよ、そんなの危ないよ。咲は自分で気づいてないだろうけど、あんたは隙があり過ぎるんだからね」


「そんな事言われてもこれをどうすればいいのか分かんないし……。あたしにはまだ愛とか恋とかって感情すら分かんないし……」


「はぁ~、本当にどれだけ奥手なんだろ。咲ぐらいだよ、まだそんな子供みたいな事言ってるのって」


「え、じゃあ泉は好きな人とか彼とかいるの?」


「まぁ、一応いるよ、彼氏ぐらい。そのくらいこの歳になったら当たり前だと思うけどな」


「あたしそれ初めて聞いたよ。えー、何かショック……。でもこの間誰かの事で騒いでなかったっけ?」


「それはそれ、これはこれ、ってね」





泉は悪戯っぽく笑った。






「ほら、授業始まるぞ。席につけ」




担任が入って来て、数学の授業が始まった。


けれど、咲は浮かない顔をしたまま窓の外を見ていた。

校庭には体育の授業中なのか、生徒が並んでいた。




それをぼんやり見つめていた咲に気付いた先生が「工藤、どこを見ている?この問題答えてみろ」と言った。




咲はそのまま「はい」と席を立って即答した。




「工藤は授業聞いてないのに出来るんだよなぁ。でも、いくら出来るからと言っても、授業はちゃんと聞け」


「はい、すみません」





咲は学年でもトップクラスの成績だった。

特に理数系はほぼ満点だった。


隣りの席にいた野島智がそっと声を掛けて来た。




「工藤さん、どうしたの?何か悩み事?」


「あ、うん……」




そう言ってから咲は、話そうかどうしようか考え込んだ。



野島智はバスケ部の部長。


同じクラスで同じ部長同志、咲とは運動部の部長会議で一緒になる機会が多かった。




咲は、このバスケ部の部長が後輩から頼られる存在だった事を、以前から見ていた。


野島君なら、何か解決策を考えてくれるかもしれない、と。


考えた末に、咲は思い切って声を掛けた。




「野島君、授業が終わったら相談したいんだけど、聞いてくれる?」


「いいよ、やっぱり何かあったんだね」





咲から頼られて、野島は内心うきうきしていた。





チャイムが鳴り響き、授業の終わりを告げた。


野島が声を掛けて来た。



「工藤さん、相談って?」


「うん……この手紙なんだけど」


「手紙?ラブレター?」


「さぁ、分かんない。それ、名前書いてないの。もうこれで三通目なんだ」




咲は浮かない顔でそう言った。




「見てもいい?」


「うん」




野島が咲に宛てた手紙を読みだした。





「体育館の裏に来てくれ、か。誰かが告白するつもりで呼び出してるだろうけど、なんで名前書いてないのかな?書けない理由でもあるのかな?」


「それが分かんないから……泉は危ないから行くなって言うし。でもきっとそれあたしが行くまで出して来る気がする。困ったなぁ」




咲はうなだれて考え込んだ。




「そうだね。いたずらじゃないと思うけど、ひとりで行くのは危ないかも。行くなら高橋さんに一緒に行ってもらった方がいいね」




さすがにバスケ部の部長っをやっているだけの事はある。

野島の答えは的を得ていた。


咲の悩んでる姿を見るのがいやだったのだろうけど。





「放課後って事は部活の前だよね。どこかの部員かも……。あたし行ってみるよ、泉に一緒に行ってもらう。ありがと野島君」


「いやぁ、工藤さんが元気ないと心配だからさ」




そう言って野島は顔を染めた。






ーーーー放課後。





「咲、どうすんの?あの手紙?」



泉が聞いて来た。



「あたし行ってみようと思って。だから泉一緒に来て」


「ふぅん、行くんだ。いいよ一緒に行ってあげる。手紙の主の顔を見にね」



にやり、笑って泉が答えた。




「ねぇ泉……面白がってない?」


「え?そんな事ないよ。あたしだって咲の事は心配してるんだよ」





と、言いつつも泉の表情からは、誰が現れるんだろう、とわくわくしている様にしか見えなかった。





「あんまり時間ないからさ、早く行こうよ。咲?」




と、急かされる咲。

どっちが呼び出されたのか、判らない気がする。






体育館の裏は、桜の木が植えてあって春には見事に花開く。




今は5月。花は散り、葉が少し付いて来ていた。

その桜の木の傍で咲と泉は手紙の主の登場を待っていた。



すると、足音が近付いて来た。

咲は泉の後ろに隠れる様にして、その人物の顔を見た。




「え……?赤井君じゃないの?」




泉が驚いてそう声に出して言った。




「え?赤井君?なんで?」




泉の言葉に、咲は驚いて聞いた。




「知らないよ、本人に聞けば?」




辺りを気にしながら翔は咲と泉の前まで来た。




そして「名前も書いてなかったのに来てくれるとは思わなかったです」そうはっきりと言った。




「あの……あたしに何か?」



咲はまさか考えもしなかった人の登場で、完全に混乱していた。



「ばかね、ここまで来たら告白しかないじゃない」



泉の言葉すら、遠くに聞こえた。




「え、でもあたし赤井君と話した事もないのに」





翔はよく通る澄んだ声でこうはっきりと言い切った。





「工藤先輩、俺と付き合って下さい。一目ぼれなんです」


「一目ぼれ……?でもあたし赤井君と話した事もないよ?」


「バスケ部のコートからいつも見てました……初めてなんです、こんな気持ちになったの」




どうしよう……?

どうしたらいいのかな?



けれど、初めて間近で見た赤井君は、ファンクラブがあるのも頷ける程、可愛い子だった。





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