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 2月20日。

「《ミッツ》さんは《シン》さん―篠崎・一尉と同じクラスだったのかな」

 三雲は岸元の言葉に眉をひそめる。岸元は三雲の当惑に構わず言葉を続ける。

「篠崎・一尉はどのような人物だった?三雲・二尉の印象で結構だが」

「ぼくの《シン》に対する印象が今回の事件と何か関係するんですか?」

「パーソナリティというのは、事故でも事件でも重要なファクターになりうる」

「なるほど」

 三雲はうなづいた。場所は第201飛行隊司令部棟2階の会議室。防衛書記官の湯島は市谷に帰ったが、岸元による事情聴取は続いていた。もっとも岸元本人の言葉では「個人的な調査」という名目らしいが、三雲はあまり深いところまでは考えなかった。何しろ自分はいま警務隊に身柄を拘束されて訓練も受けられず、恐ろしいと思える程に暇だった。

「篠崎・一尉とは航空学生こうがくの頃に初めて出会ったのか?」岸元は言った。「三雲・二尉から見てどういう学生だった?」

 航空学生の同期と初めて顔を合わせたのは、山口県の防府北基地だった。三雲はその時を脳裏に思い出してみる。誰もが坊主頭にして子どものようなあどけない顔つきだった。18歳なのだから無理もない。

「一言でいえば、気障な奴でしたね。イヤミかと思ったほどです」

「教育隊の教官から聞いた話だと、絵に描いたようなライバルだったそうだね」

「2人とも似た者同士だったんですよ」

 早朝、三雲は基地のグラウンドに出る。小学生の頃から続けているサッカーの練習として日課のロードワークをこなそうと思っていた。だが三雲が出てくる時にはすでに、先客が走っていた。篠崎だった。篠崎は陸上をやっていた。いつの間にか、どちらが長く走れるかを競い合うようになった。2人とも負けず嫌いだったため、意地になって吐きそうになるまでグラウンドを何周も走り続けた。

「篠崎・一尉は長距離走が得意だったそうだね」

「ええ」

「小松の第306飛行隊に配置された時、篠崎・一尉は航空団の選手に指名されてる。航空団の競技会でトップになれば、それが戦技だろうと体育だろうと出世に良い影響をもたらすから、誰もがまじめに取り組む。だが、彼は飛行時間を減らされてマラソンの練習をすることを不満に感じてたようだ」

「はあ」

「基地の医官に『お偉方は何を考えてるんでしょう』と言ってたそうだ。中国やロシア、北朝鮮の脅威が全く無いわけじゃない。平和憲法は尊重するが、いつかはそうした考えを改めないといけないかもしれない。後悔してからじゃあ遅い。彼は医官にそう言って怒ってたそうだ」

「《シン》は小松にいた頃、隊長と何かと反りが合わなかったと言ってましたね」

「ふうむ」

「ただ、喧嘩相手を訓練で撃墜したってところまでが《シン》らしいですが」

「へえ、隊長をね」岸元は言った。「篠崎・一尉の技量は教育隊の頃から?」

 三雲はうなづいた。8名しかいない少人数のクラスで最初にソロフライトを飛んだのは、篠崎だった。クラスメイトたちが篠崎を囲んで「どうだった?」と詰問する。答える方は少しばかり反り返って大したことでもない話を偉そうに話してみせる。お前たちとは違う種類の人間だと言わんばかりの顔だった。

「《シン》には結局、航空学生こうがくの頃から一度も敵いませんでした」

「今はどうです?」

「そうですね・・・」

 三雲は言葉に詰まってしまった。飛行機を飛ばすだけなら難しくはない。だが、現代の戦闘機はコンピューターライズが進んでいる。操縦桿とスロットルレバーについたスイッチ類を操作するだけで通信、索敵、照準などあらゆることをこなせるように、HOTAS思想によって設計されている。

 空戦機動をしている最中にゲートを動かして敵機を挟む、タイミングを見極めて索敵からレーダーを切り替えるなどの繊細な操作は日頃から訓練していないと次第に出来なくなってしまう。1日訓練を怠れば、技量が回復するのに1日かかる。3日休めば3日。ブランクが1か月ともなれば、空戦が怖くなると言われる所以である。三雲は低い声で答えた。

「飛行隊の錬成訓練でも、ついに《シン》には勝てませんでしたね」

「教育隊では、他に何かなかったのかね?」岸元は言った。

「同じクラスにいた同期が飛行中、練習機の計器が故障したことがありましたね。その時、僚機を飛ばしてたのが《シン》でした。《シン》が同期を基地まで先導して、2人とも怪我なく帰ってきました」

「その同期の名前は?」

「中原佳樹。もう空自を辞めたような気もしますが、自分が覚えてる限りでは那覇の第三〇四飛行隊さん・まる・よんにいたはずです」

 岸元はうなづいた。

「他に気になることは?」

「2か月ぐらい前から、《シン》の調子がどこか良くなかったと感じてました。上手く言えないですが体調が悪いとか、そういうのではなくて」

「2か月前ぐらい前ね。篠崎・一尉や貴官に何かあったのか?」

「自分にはこれと言ったことは特にないですが、篠崎はホット・スクランブルで上がったんです。一緒に上がった犬飼に聞けば、詳しいことは分かるかもしれません」

「ふうむ」

 岸元は手元の書類に何かを書きつける。三雲は口を開いた。

「《シン》の機体はまだ捜索中ですか?」

「ああ。たしか今日から機体が失探ロストした海域で、深海調査船を出して捜索するという話を聞いてる。ブラックボックスだけでも回収できればいいんだが」

 航空機が搭載するブラックボックスはフライトレコーダーとボイスレコーダーの2つを指すが、戦闘機のそれはレーダーなどの電子機器類を指す言葉になる。おそらくその中にあの暗い夜、自分たち―ジェリコ編隊フライトを攻撃してきた第二のアンノウンの正体に近づける鍵があるはずだ。三雲はそう思った。

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