クリスマス番外編 【ちまたに愛の降るごとく】

 クリント・イーストウッド主演のアクション映画『Dirty Harry(ダーティハリー)』(一九七一年)。ジャック・フィニィの小説『盗まれた街』を原作としたSF映画『Invasion of the Body Snatchers(ボディ・スナッチャー 恐怖の街)』(一九五六年)。どちらもドン・シーゲル監督が手掛けた名作です。


 こんなハードな作風ならば、デビュー作もさぞかし凄い内容であろうと誰もが思うでしょう。しかしながら製作されたのはキリスト降誕劇をモチーフにした現代劇『Star in the Night(夜の星)』(一九四五年)。聖なる夜の奇跡とも言うべき、清らかな人情憚にんじょうたんです。とても同氏の手掛けた作品とは思えない。



 舞台はアメリカ南西部の砂漠地帯に建つ小さなモーテル。経営主のニックは金にがめつく疑り深い男で、クリスマス・イブの空気もどこ吹く風。そんな折り、ふらりと現れたヒッチハイカーの男がクリスマスの精神、すなわち無償の愛について語り出すのだが、生活を回す事で頭が一杯なニックは講釈を右から左に聞き流す。


 そうこうしている内にモーテルに立ち寄った若い夫婦に赤ちゃんが生まれそうになり、宿泊客全員を巻き込んだ大騒動が勃発。いけ好かない連中だと思っていた客たちの善行に、ニックの猜疑心さいぎしんも次第に取り払われる……。



 とまあ、詳細は本編を観てのお楽しみです。物語の序盤でニックと揉めた神経質な紳士も、自分の大事なシャツを出産の際の包帯代わりに提供したりと、なかなか思い切りが良い。

 夜中の大騒動に睡眠を妨害されたと苦情を言いに来た別室の女性も、事情を聞いてこれは一大事と協力を申し出ます。性善説せいぜんせつを絵に描いた様な話運び。


 ここに至るまでの展開は、約二十一分弱の短編なだけに異様に早いのですが、ニックの妻で心優しい性格のローザが場を取り仕切る為、わざとらしさは感じません。彼女は寒い客室で過ごす熟年夫婦の為に、自分の毛布を惜しみ無く貸し出すほどの慈愛の塊。



 ここまで読むと「あれ、チャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』に似てるかも」と思うでしょう? はい、私もそう思いました。


 ニックの人物像が『クリスマス・キャロル』の主人公、強欲な金貸しのスクルージをモデルにしているのはほぼ確実。物語の最後に改心して涙を流す辺りもそっくりです。ニックに絡む謎のヒッチハイカーも、同作品に登場するクリスマスの精霊をイメージしてるのでしょう。彼もまた思わぬ形で愛に包まれて最後はほっこり。


 クリスマスは物欲を満たす日にあらず、誰かの優しい隣人として在るべきというのが、この映画のテーマ。


 重ねて申しますが、最初にテロップを確認しなければドン・シーゲル監督の作品とはまず気付かないです。ある意味、職人芸の賜物たまものと言えるでしょう。



 『Star in the Night(夜の星)』は、当時の最優秀短編映画としてアカデミー賞を受賞。


 日本国内でも、DVD 「Christmas in Connecticut(クリスマス・イン・コネチカット)」の映像特典として日本語字幕付きで収録されてます。動画配信で探すのは難しくとも、DVDレンタルなら割とすぐ見つかるはず。

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昭和回顧録 ときたま☆こらむ(同人誌再録版) こゆるぎ美冬 @koyumiffy

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