いつかあなたに刃を向ける時
泥んことかげ
第 壱 章 〝悲壮の旅立ちと大いなる宿命〟
前へ進むには、ほんの一握りの勇気だけ
第 壱 輪【目の前の世界は所詮ほんの一部分に過ぎない】
辺りを温かく包み込んでいた陽が沈んでから幾時間が経った頃。
人里離れた山奥にとてもとても古びた手作り一軒屋がある。
その中では仲睦まじい、こんな会話が繰り広げられていた。
「ねぇ~お祖父ちゃん?……今日も、これっぽっちなの?」
桜色の澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめながら、
そして、瞳と同色の手入れが行き届いた長髪が、無造作に地面へと垂れ下がる。
床に敷かれた
それと、2匹の小さな〝川魚〟を指差した。
「おうよ。儂が取ってきたんだ――これっぽっちだが何か問題でもあるか?」
「ほれ旨いぞ」と口一杯に頬張りながら、そう自信満々に答えたのは、同居人もとい|亡き母の父。
「あのねぇ……毎日毎日、野草と週一しか出ない小魚じゃいい加減、
山積みになっている野草越しに、
顔を真っ赤にしている孫を見て、老体は深い
「それでも、お主はここまで成長した……性格以外はな……」
視線を桜色の瞳から下へ向け、また瞳を見ると眼を細めながら感慨深そうにする。
その言葉に怒り心頭で立ちあがり、足早に出口へ向かおうとしたその時だった――
「
老体はその胸を張りながら壁に掛けてある一本の刀を、懐かしそうに見ながら話を続けた。
毎日のように聞かされるその話が、
祖父
そして、当時使っていた愛刀と共に
物心付いた時から興味本位で刀を持ち出しては、1人でごっこ遊びをしていた。
祖父が自慢気に話す〝この世でもっとも美しい刀身〟で。
強引に
微妙な面持ちをしながら、私は無性に腹が立った。
祖父が話す〝外の世界に決して出るな〟と言う、言葉の意味を理解したくなかったからだ。
「……いつもそうやって言うけどさ、お母さんやお父さんはもう居ないし、〝
背にある扉の取っ手を握り締め一息深呼吸をすると、若さゆえの軽はずみな気持ちで祖父に言った。
「だから、私1人でも街へ行くからね!! もう、子どもじゃないんだから平気!」
鼻を鳴らしながら
足腰の弱い老人は制止が出来ず、闇夜に消え行く孫娘を
その顔には懐かしさと、どこか煮え切らない気持ちが
2人でいる時に語りかけると、自らを置いて亡くなった母を思い出したくないのか、
だが、時々寂しさを紛らわす様に娘に対して話掛けるように、刀に向かって孫の話を嬉しそうにする。
それが、最近のちょっとした楽しみだった。
「
優しくそれでいてやんわりとした表情で、天から見守る娘へ懇願するように、口を再び開いた。
「手塩にかけた我が子の愛娘に、愛情を注げるのは、今生きている儂だけじゃ。どうか安らかに、あの子の――未来を見届けてくれんかのぉ?」
老人の
「今は月明かりが出る夜。ここら一帯にいる朝日を好む〝
小窓から見える満月の明かりを見て、日課である低級の植魔狩りに行くことにした。
その頃、
夜の闇が辺りを包み込み、月明かりに照らされた草木が静寂の中、頬を撫でる様に揺れている。
落ちていた小石を無意識に投げる度に、着水と共に波紋が広がる。
(お祖父ちゃんはいつだってそうだ――亡くなった母の自慢をし、生きていた頃の想い出を本当に楽しそうに聞かせてくれる)
正直な話、顔には出していないが祖父から聞く度に辛い思いをしている桜香。
溜め息と共に心の声が漏れる。
「私にはその頃の記憶はおろか、溢れる程の愛情を注がれた事も、産んでくれた人の顔でさえ知らない。私は私の意思と、この瞳でお母さん達が見た〝外の世界を知りたい〟」
涙が溢れぬ様に顔を上げ、星々輝く満天の空へと呟く。
「そしていつか――両親と同じ〝花の守り
とてもじゃないが人には言えない気持ちを胸に、ふと……祖父の顔が思い浮かぶ。
(何て、聞かされたらお祖父ちゃん「認めん、許さん、行かさん!!」って怒鳴り散らす所か、
桜香は口角を上げると、祖父の驚く様を想像しながら小さく微笑んだ。
この時の
危険度の低い朝型の個体の死肉を求めて、夜型が人里離れたこの場所へ移動していた事。
次いで人に寄生し食す異形、
そして――
産まれて一度も見たことがない
その存在事態を、あまり信じていなかった事だった。
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