第4話 髪(下)

幽霊見たことあるかって?

ええと……あるよ。

あ、ごめん、そこ髪残ってるよ。ちゃんと掃除しといて。

それで、なんだっけ。

ああ、幽霊か、幽霊ね。


俺、家に幽霊出るんだよね。

家。そう、家。やばいでしょ。


俺の家ってのが……え?君に話したことあったっけ?そう。山奥にあるの。なんで知ってるの?

俺が話した?

んんん、そうだっけなぁ。

まあいいか。

君ってちょっと不思議ちゃんだよね。

お客さんからも言われたことあるよ。

霊感があるの?

変わってるね。怖いなあ。


ああ、そう、家の話ね。

うん。一軒家。借家だけどね。

店長クラスになると一軒家に住めるのかって?

いやいや。安かったんだよ。

山んなかにポツーンだからね。

借り手もあんまり付かないんじゃない?

でも俺にはなんか、そこが合ってて。

近所付き合いとかもしなくていいしさ。

車も通らない。

静かでさ。

静かだとよく眠れる。


それで家に出る幽霊の話ね。

いや、なにも害がないんだよ。単に無数にいるだけでさ。

無数にいて、妙に鮮明な目ん玉でこっちを覗き込んでくる……なにもできゃしないくせに。

ガラスからこっちに来られもしないのに……。

無数?ああ、無数ってところに驚いたの?まあ、そうだよね。

山ってほら。

いっぱいいるって言うだろ。

それが来てるんじゃないかな。


そう、無数にいて、俺の家を取り囲んでるんだよね……。無数……無数……ん?無数に、殺したのかって……?

きみ、なにいってるの?


ん?その幽霊は絶対山から下りないのかって?

そうだね、いつもは下りないんだよね。

家に……出るだけなんだけど……。


うん?様子がおかしいって?ああ、うん……最近、ものを食べられないんだよ。

何を食べても……味がおかしい……。

吐いちゃうんだ。


痩せた?ああ、うん、そりゃあ、食べられないし……前はよく眠れたのに……うるさくて眠れない。

うるさくなってきたんだよ。

前は静かだったのに。

男も、女も静かに俺を見てるだけだったのに……ん?そう、……男も、女も……たくさん殺した……。

そういう、人が死ぬとこ視るのが好きな奴って、世の中いっぱいいてさ。

ネットで……画像で釣ってやりゃ涌いて出る。お仲間が?いや、仲間ってか、俺を崇拝してくる奴。

そいつら集めて何人かで一人を……。それが楽しい……。圧倒的だろ。

その限定された空間では俺たちの方が多数派だろ……いつもは隠れ棲むしかない趣味の持ち主なのにさ。

そこが倒錯的で。

世界がひっくり返ったみたいでおもしろいんだよ……そんで、世界がひっくり返ったみたいに怯える顔も……。

笑える……。


ん?俺、今なに言った?

冗談だよ冗談。

なんて顔してるの。


きみ、本当に、なに?

何を知ってるの?


幽霊が今もいるんじゃないかって?そう……よく分かるね。

なんで分かるの?

そう、いるんだよね。のべつまくなしに……うるさいし、ずっとついてくる。

女?そう、女。

髪とか陰毛とか、腋毛とか、燃やして遊んでやった女の内の一人だよ。

俺、髪が好きなんだよ。

髪燃やしたりするのが好き。


そう、店に来た女。

結婚するとか、しゃべってた女だよ。

あ?接客したのは俺だろ。俺が髪整えてやったんだよ。

お前じゃねえだろ。

お前はあの日は休んでた……。

頭がいてえ……。

うるせえんだよ。日本語しゃべれよ。

なに、死んだら日本語しゃべんなくなるわけ?

なに言ってるかわかんねえ……。

外国語じゃない?この世の言葉ですらない?

死者の言葉は理解出来なくなる?理解してはならないもの?

そういうもんなの?へえ……


……お前、なに泣いてんの?

俺が殺した女?この前の?

お前の友達?子供の頃からの親友?……へえ、そりゃ運が悪かったな。

適当に拐ったんだけどね。


それ、誰だよ。俺の店に誰連れてきてんだよ……。

けいさつ?


……警察?

家?家に……何があったって……?

血?髪?……ああ、あるだろうな、そりゃあ……。

なにすんだよ、いてえよ。

抑えつけんなよ……うるせえ……うるせえ……。


死刑?


そうかな……そうだろうなぁ……。


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