第3話 髪(上)

俺の先輩にさぁ、山奥に住んでる人がいるんだよね。

周りに人家もないような一軒家。

つってもそんな町から離れてる家でもなくて、仕事だって普通に町で美容師とかの仕事してんだけど。

何でわざわざそんな家に住んでんだろって不思議だろ。

んで、訊いてみたら、近所付き合いとかが面倒だからって言われてさ。

へえって思って。

まあ、そんなもんかなって。

確かに面倒だよな。

俺んちも母ちゃんがさ、どぶ掃除みたいなん行ってる、近所の人で集まって。

ああいうのって面倒だよな。

お前も分かる?


で。そんな話してたら、そんなに気になるなら遊びに来いって言われてさ。

静かで落ち着くからって。

ふうんて思って。

ちょっと面白そうだからついて行ったわけ。


どうだったって?

まあ、こっからが本題だよ。

家?家はなんてことない。普通の家だったよ。

新しい住みやすそうな家。

水回りもキレイでさ。


なんか空き家を借りたんだって。

元々は山の持ち主が家族で住んでたらしいんだけど、子供が成人して出ていって夫婦だけんなって?

そんでも夫婦だけでしばらく暮らしてたけど?

夫婦も高齢になってきて?

子供と一緒に暮らすことにしたから山を下りたとかなんとか。

まあ変わった話じゃなかったな。

それを先輩が借りた。

家賃も一軒家にしちゃ安かったらしいよ。まあ山奥だしな。


そう、山奥なんだよ。

周りには人家もなけりゃ、通る車もない。

そりゃ個人所有の山んなかだもん。

車も通んないよ。


なのにさ。

なのに、家中、どこの窓も全部カーテンをびっちり閉めてあるんだよ。

重たそうな、ほんのちょっとの日光も透過させねえぞ、みたいなカーテンをびっちりと。

先輩に日光アレルギー?

ああ、はは、そんなもん、ないない。

俺、ちょっと笑っちゃってさ。

先輩どうしたんすかって訊いたわけ。

こんなにカーテンしっかり閉めちゃってって。

先輩はなにも答えなかった。

俺は先輩の様子に気付かなくて。

外、どうなってんすかって笑いながらカーテンに手をかけた。

そしたら先輩が、開けない方がいいぞ、って低い声で呟いた。


開けたかって?

いや?

俺、寸前で止まったんだよ。止まれた。


え?俺みたいな動作もなんもかも軽い奴がよく止まれたなって?

いや、それがさ、先輩の声があんまり低かったんだわ。

先輩怖いんだよ。

一回だけマジで先輩が切れたの見たことあるけど、半端なくって。

警察呼んだもん。ただの喧嘩で。


その時みたいに声が低かったから。

無意識に従った。


そんでその姿勢のまま固まって、先輩に、それってどういう意味っすかって。訊いた。

したら先輩、笑って、後ろを指差した。

そっちは磨りガラスの方でさ。

キッチンの上の窓のとこ。

磨りガラスになってて。

そこはカーテンかかってなくて。

そこに人影が立ってんの。


え?


ってなって。なんすか、他にも誰か呼んでたんすかって。ヒロトっすか、マサキっすかって先輩に訊いた。


先輩は、いや?って言って、笑ってる。

ここにいる人間は俺とお前だけだって言って、笑ってる。

俺また、は?ってなって。

でもそこに人影が……って指差した。


そしたら先輩は笑って

「無数にいるんだよ」

って呟いた。


そんで、先輩がカーテン開けた。

カーテン開けたら、影が無数にいた。

無数にいて、部屋の中を覗き込んでて。

目ん玉だけは鮮明に見えて。

目が合ってた。


……俺、先輩の手からカーテン引ったくって閉めた。

すぐに帰りたかったけど……外、出らんないし。

ぶるぶる震えて、朝が来るの待った。

そんで日が昇ってから一目散に帰った。

それから二度と先輩には連絡とってない。


……あの人、ちょっとやべえよ。

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