第5話 アリス、武器屋の看板娘になる。

 

 夜を徹して歩き続けたせいで少し眠いが、襲撃の翌朝には最初の目的地マインズ近辺まで踏破していた。

 道中ではひたすら戦闘に明け暮れ、そのおかげで盗賊として、そして女性としての身体の動かし方にもずいぶんと慣れてきた。

 盗賊スキルで夜目が利くのも大きかった。

 モンスター相手に闇夜から急襲できるなんていうのは、前回では考えられないことだった。今回は常に先手を取りながら有利に戦闘を続け、体力が少なくなれば『賢者の石』で回復する。

 一人旅だとレベルも簡単に上がって順調そのもの。

 何より今回はレスターを連れていなかったのが大きい。

 子連れだとそれだけで、時間がかかってしまうものだ。

 

 

 前回は町に入ってからも色々とをこなさなければいけなかったと記憶している。確か町長の酒に付き合って、次の日にはお使いを頼まれて。屋敷を出る時に子供に駄々捏ねられて――。


『ボク、大きくなったらお兄ちゃんみたいな立派な神術師になるよ!』


 とか言われちゃって。

 あのときは少しばかり感動したことを覚えている。

 まぁ、どうせ今回もきっと『立派な聖騎士になるよ!』とか言うのだろう。

 もし助けたのが遊び人だったら『立派な遊び人になるよ!』とか言ってしまうのだろうか?

 たった一人助かった孫がそんなこと言いだそうモンなら、あの爺さん絶対に泣くぞ。

 オレはそんな下らないことをウダウダ考えながら、朝露に濡れる草原を小走りで駆け抜けた。


 

 まだ早朝といってもいい町の中を目的地に向けて歩き続けた。

 そして少しの迷いもなく一軒の武器屋の前に立つ。

 郊外の静かな通りに面した大きな窓からは店内の様子が窺えた。

 その中で不精髭を生やした大将が忙しそうに開店準備をしている。

 オレは開店前にも関わらず、むしろその方が好都合だと思い軽くドアをノックした。

 

「……何だよ。まだ店開けてねえぞ」


 扉を開けて店の中から不機嫌そうな顔を出す大将に、オレは無言のまま学校から持ち出した剣を見せた。

 例のあのゴードン名誉校長の剣だ。

 まずは第一印象が大事なので、にっこりと笑顔も一緒に。


「……何だ? ……買い取れってか?」


 オレの美貌に少し機嫌が直ったか、大将の表情が和らいだ。

 だがその間も、武器屋らしい目利きの鋭い視線が剣に注がれている。

 

「いいえ、これは私からのプレゼントよ。こちらのを聞いてくれるなら……、だけどね」


 お願いという言葉に彼の目が細められる。明らかに警戒していた。

 それでも武器屋として剣のことが気になるらしく、視線がオレと剣の間を行ったり来たりしていた。

 ダメ押しとばかりに彼の目の前で鞘から抜いてやる。

 見るからに高価だと分かる剣だ。 

 ――とは言え、所詮は鉄の剣。

 帝国領の武器屋で簡単に買える鋼の剣と切り合えば、数合で真っ二つだ。

 

「……どう? 話だけでも聞く気になったかしら?」


「……とりあえず店の中に入れ」


 それだけ言うと大将は店の中に引っ込んだ。



 後を追って店に入ると、大将はカウンターに凭れかかって煙草吸い始めた。

 そして『取り敢えず話せ』と言わんばかりに顎をしゃくる。

 その姿がなかなか様になっていた。

 

「数日の間、この店で寝泊まりしたいの。……その宿代としてコレを納めてもらおうかな、と思って――」


「それならその剣をとっとと売っちまって、その金でちゃんとした宿に泊まればいいだろ? ……わざわざこんな落ち着かない店に寝泊りすることなんてねぇよ」


 実に正論だ。

 しかしオレにはここでやらなくてはいけないことがあった。

 だから却下する。


「まだ話の途中よ。……で、滞在期間中ここの設備を使わせて欲しいの」


 オレはそう言うと店の奥を覗き込んだ。

 奥にあるのは武器の研磨台、皮をなめす機材、そして店の裏には新しく武器を打つための溶鉱炉と釜がある。

 それら全部好きに使わせてほしいという意味をその仕草に込めた。


「……なるほどね。……アンタ、ちゃんと使のかい?」


「もちろんよ。折角だからこの剣を手入れする所でも見て貰おうかしら?」


 オレは腰に差した二振りの短剣を抜き、店の奥に入り込む。

 その後を大将が黙って付いてきた。

 どうやら追い返されることにはならなかったようだ。

 第一関門突破といったところか。

 オレは小さく微笑んだ。


 

 簡単に剣を研ぎ終わると、後ろで見ていた大将が納得したように大きく息を吐きだした。


「……いいだろう。無茶な使い方をしないと約束するなら、好きなように使ってもらって結構」


「ありがとう。助かったわ。……じゃあこの剣をどうぞ」


 オレは男が喜びそうな満面の笑みを浮かべながら、剣を差し出した。

 大将はそれを黙り込みながら受け取ろうとするが、一瞬手が止まった。


 ――まさか盗品だとバレたか?


 彼は一呼吸置くと、意を決したように口を開いた。


「……なぁ。あんた南から逃げてきたクチか?」


「……アリス。私はアリスよ。名前で呼んで頂戴。……うん。逃げて来た。結局その剣しか持ち出せなかったの」


 それだけ言って少し俯いてやる。

 同情を誘えれば上等だ。


「……すまん。悪いことを聞いたな。俺はドーティ。好きなだけここに居ればいい。どうせここで独り暮らしだ。妻や子供もいねぇ。両親も流行病でくたばったていない」


 根が優しい男なのか、今の自分が相当魅力的なのか分からないが、万事上手くいったようだ。


「ありがとう。ドーティ」


 お礼代わりに、とっておきの笑顔で感謝を伝えて握手する。

 彼は照れたように俯きながら「……おう」とだけ返してきた。



 人気店だからなのかどうかよく分からないが、ドーティの店は開店直後から引っ切り無しに用事が舞い込んだ。

 だが武器屋だからといって武器や防具が次々売れるというものでもなく、ほとんどが装備品の手入れの依頼だった。

 現在、マインズの町では腕に覚えのある若い衆は町の近辺に徘徊するモンスターを狩るよう町長からの御触れが出ている。

 ギルドでも同様の依頼が持ち込まれていた。

 それを請け負った彼らは基本的に自分たちの持っている武器で対応するから、わざわざ新品は買わない。

 ブッ壊れたりどうしようもない物は買い替えるが、修理で何とか出来るならそうしたいに決まっている。

 だから店には次から次へと切れ味の悪くなった武器、破損した防具などが持ち込まれることとなった。

 結果として朝から二人して手間賃程度のお金で時間を取られながら、延々と武器や防具の補修作業に追われることになったという訳だ。

 

「……しかし、また上手いモンだなぁ」


 手際よく武器を研ぎ続けるオレに、ドーティは感心したような声を掛けてきた。

 

 ――当然だろう。

 前回の冒険でどれだけの武器を打ち、研いできたことか。

 何せ、三人分の武器防具を一手に引き受けてきた訳だからな。


 もちろんレアな一点物の武器も持っていたが、そんなの雑魚相手に使うのは勿体ない。

 雑魚狩りは基本的にオレが打った武器を使うことになっていた。

 たとえ雑魚だとはいえ、魔王城の敵に通用する武器を打てるオレからすれば、こんなことは屁でもない。 

 

「……そう? ありがとう。……もし日給50Gくれるなら営業時間中ぐらいはずっと店にいるけど?」


「はぁ? いくら何でも高すぎるだろうが。……月計算だと役人並みの給料じゃねぇか」


 下っ端役人で大体月1000G。1500Gだと中堅役人ぐらいか。

 少なくとも使用人に対して出せる金額ではないことは確かだ。


「当たり前でしょ。これだけ扱き使われた上に、まだ接客もするのよ? それぐらい出してもらわないと割が合わないわ。……今日一日、私が手伝ってコレなのに。明日から一人じゃ何にも出来ないわよ。それにあの剣だってタダで譲ったのだから文句言わない!」


「……なんか結局、得したのか損したのか分からねぇなぁ」


 ドーティは情けない声でボヤく。


「あの剣なら、最低でも300Gで売れると思うけど?」


「……それもそうだな。明日からはもっと忙しくなるだろうし、腕も確かだからな」


「じゃあ、契約成立ね。……頑張って儲けさせてあげるわ」


 そんな会話をしながらオレたちは閉店時間まで作業を続けた。

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