第3話 聖騎士クロード、子供を救い町に送り届ける。

 

 真っ暗な空がだんだんと白みがかってきた。

 あと数時間で夜が明ける。

 僕は吸い込まれそうな夜空を見上げて、一つ深呼吸した。

 再び視線を落とすと、僕の膝に頭を乗せて少年が眠っている。

 何か寝言を言っているのだが、よく聞き取れない。

 しかしそれが、悲しみの色に染まったものであることは誰にでも分かることだった。

 亡き父と母を思い出しているのだろうか。

 僕は彼の瞼に滲む涙をそっと拭ってやった。

 

 

 僕たちの学校がモンスター軍団に襲われたのは二日前の昼のこと。

 まだ、それだけしか経っていないのに、もう遠い昔のように感じられる。

 僕は聖王国の不敗将軍と呼ばれたゴードン様を目指して聖騎士になった。

 この国に生まれた人間なら、誰でも一度は聞いたことのある昔語り。

 獅子奮迅、一騎当千の聖騎士物語。

 僕も当然のように憧れた。子供の頃からの夢だった。

 男とは、かくあれかし。

 そんな彼が名誉校長となっている養成学校に入学することに一分の迷いもなかった。



 聖騎士になるという夢を実現する為、どんな訓練にも必死の覚悟で喰らいついていった。着実に強くなっていく手応えに喜びを感じ、それをやる気に変えてまた訓練に励んだ。

 聖騎士は使えないという陰口を聞くこともあった。

 苦しいとき、逃げ出したいときはエントランスに飾ってあるゴードン様の伝説の剣を見ながら歯を食いしばった。


 

 そんな学生生活の中で起こったモンスター襲来。

 物量で攻めかかってくるモンスターに先生や級友たちが次々に倒れていく。

 その中で僕は聖騎士のクセに誰も守ることが出来ないまま、逃げるのがやっとという情けない有様。

 そんな悔しさを噛みしめていた時に出会った。

 町中に溢れていたモンスターに囲まれ、今にも襲われそうになっていたこの子に。

 また僕の目の前で奪われるのか?

 また僕は大事な生命を救えないのか?

 考えるよりも先に足が動いていた。



 僕は自分の膝の上で眠る子供の頭を撫でながら呟いた。


「大丈夫、大丈夫だから。……僕が君を守ってあげる」


 夜が明けたら早めに出発しよう。今日中にマインズへ着けるように。

 もし歩くのが辛そうなら、背負ってでも。

 野宿もすでに二日目だ。

 食べる物は何とかなるが、これ以上はこの子の心が耐えきれない。

 この子に暖かい食事と柔らかなベッドを。

 

「大丈夫、僕が守ってあげるから」


 眠り続ける子供に繰り返し言い聞かせ、柔らかい髪を何度も何度も撫でてやる。

 聖騎士としての厳しい修行の日々は、きっとこの時の為にあったのだから。

 僕は人知れず心に誓った。

 

 

 無事マインズの町に辿り着いたのは、もう日が暮れかけた頃だった。

 歩けなくなった子供を背負い町に入ろうとする僕を見て、人の良さそうな衛兵さんが駆け寄ってきた。

 

「……アンタも学校から逃げて来た学生さんかい?」


「はい、聖騎士課程のクロードです」


「後ろに背負っているのは……この子、ケガは?」


「大きい怪我はないと思います。小さな掠り傷ぐらいで……。一応、回復魔法は何度か掛けていますので。……ただ弱っていますから、出来るだけ早くお医者さんに診て貰えるなら――」


「あぁもちろん。……昨日も一昨日も逃げて来た人達は取り敢えずお医者さんに診てもらっとる」


 ちょっと待ってな、と言い残し衛兵のオヤジさんは相方に声を掛ける。


「この子たちをお医者さん連れて行くからな?」


 相方の衛兵さんも笑顔で手を挙げそれに応じた。


「……さぁ、こっちだ」 


 オヤジさんに先導され町中を歩いて初めて、大変な状況を目の当たりにすることが出来た。

 体格のいい大工の棟梁らしき人が若い男衆に急げと声を張り上げる。

 逃げ延びてきた人々の宿舎か何かを建てているのだろう。

 他にもいろいろと忙しそうに走り回る人々とすれ違った。

 

 

 しばらくオヤジさんの後ろを歩き、ようやく着いた先は病院ではなく立派な邸宅だった。

 

「ここは町長さんの家だ。たくさん逃げてきたから診療所じゃ間に合わんで使わせてもらっとる。……昨日の晩から女衆も手伝いで駆り出されて、ようやく落ちついたところだ」


 事実、今日の午前中までは、まさに戦場だったらしい。


「ギルド所属の冒険者と腕に自信のある若けぇ男衆は町の周辺で魔物狩りしとる。さぁ入るぞ! お医者さんに診てもらわんと。……この子もアンタもな」


 オヤジさんに促されて僕は野戦病院と化した町長の屋敷に入った。




「……よし、この子はここでゆっくり眠らせてやったらそれでいい。大した傷も無さそうだ。それより君は大丈夫なのかい」 


「はい、何ともありません。回復魔法である程度は治せますし、あと一応鍛えてありますし。……一晩ゆっくりさせてもらえれば、大丈夫だと思います」


 一通り診察と手当を終え、ベッドですやすや眠る子供の髪を撫でながら、僕はお医者さんに問われるままに今までの経緯を話し始めた。

 襲われた学校。この子を拾った状況。

 ……そしてこの子から聞いた両親のこと。


「――お母さんの名はマリー=ブリッジだ、って言ってたのかい?」


 驚いたような声で、今まで聞き役に回っていた衛兵のオヤジさんが口を挟んできた。


「はい、確かに。……お父さんはロブ=ブリッジ、お母さんはマリーと。そしてこの子はレスターです」


「……それがどうかしたのか?」


 怪訝そうなお医者さんに対して、もどかしいのか大きく手振りしながら話し出すオヤジさん。

 

「ブリッジってのは、ほら、町長さんの娘さんの嫁ぎ先じゃなかったですかね。何年か前に王都に嫁いでった……、ほら……あの可愛い娘さん」


 お医者さんは難しそうな顔をしてしばらく考え込んでいたが、ラチがあかねぇとオヤジさんは部屋を飛び出していった。

 しばらくすると物凄い足音とともに、身なりの良いお爺さんが息を切らして飛び込んできた。


「……レスター? レスター!」


 子供にしがみつき名を叫びながら泣き崩れるお爺さん。

 その大きな声に反応したのか、子供がゆっくりと目を開けた。


「……ん? ……おじいちゃん? ……おじいちゃん!」


「あぁ! おじいちゃんだよ! 無事だったんだね! よかった! おまえだけでも助かって!」


 お爺さんは何度も髪を撫で、身体をさすり、抱きしめながら名前を呼び続けていた。

 子供も笑顔でされるがままになっている。


 ――よかった。頑張ってよかった。

 少しでも自分の力が役に立って本当によかった。


 孫と祖父の抱き合う姿を見ていると、こみ上げてくるモノがあった。

 聖騎士として、ようやく人様の役に立つことが出来たのだと、胸が熱くなった。

 彼らを見守る僕に気がついたのか、お爺さんが深々と礼をしてくれた。

 

「君が孫を助けてくれたんだね。この気持ちを上手く伝える言葉が見つからない。神様がこの世界に君という存在を与えてくれたことに本当に感謝する。……ありがとう」


「こちらこそお役に立てて光栄です。申し遅れました、クロードと申します。聖騎士課程所属……でした」


「あぁ、ここで町長をしているアンドリューだ。この度は大変だったね。マインズは君を歓迎する。といってもあまり落ち着ける雰囲気でもないがね。……まずはゆっくりと身体を休めて欲しい」


 そういって町長さんは僕の手をしっかりと握ってくれた。

 暖かく重みのある、そして優しい手だった。



 祖父と再会を果たし元気が出たのか、レスターは少し遅いが夕食を摂ると言い出した。

 僕もそれに付き合う形で一緒に頂くことに。

 レスターは久しぶりの温かいご飯を口いっぱいに美味しそうに頬張っていた。

 ただ時間が経つにつれ、やはり眠気が勝ってきたのか食べながらも首を揺らしはじめる。

 そんなレスターを微笑ましげに見守っていたお手伝いの女性に促され、僕はレスターを背負い二階の一室に通された。

 そこは綺麗に整えられた部屋だった。

 散らかった医務室や病室替わりの客間とは全く違い、誰も使用していないことがすぐに分かった。

 だけどいつでも使えるように準備だけはしていたのだということも。――誰かの為に。

 僕は子供が寝るには大きすぎるベッドに、起こさないようそっとレスターを寝かせた。

 

「ここはレスターおぼっちゃまとクロード様のお部屋となっております」


「……こんないいお部屋、僕も使わせてもらって良いのでしょうか?」


「はい、旦那様からそう言付かっております」


「そうですか。……では、ありがたく使わせて頂きます」



 襲撃からこっち、先のことは何も考えずに行動してきた。

 取り敢えずレスターを無事に町へ送り届けること、それだけを最優先として。

 さて、これからどうすればいいのか。

 王宮の兵士に志願して、ゴードン様のように国の為に命を懸ける騎士を目指すのか。

 それとも冒険者としてセカイを旅するのか。

 一度故郷の村に帰って無事を知らせてから、ゆっくりと考えるのか。

 ……まずは一宿一飯の恩義を返さないと。

 これは助けてもらった人間として当然のことだ。

 この町で人手が足りていないのは誰が見ても明らかだった。

 僕にも出来ることは沢山あるだろうけれど、町の人と一緒にモンスター狩りをするのが一番いいように思う。

 一応冒険者候補生だし。

 あぁ、冒険者を名乗るなら、先にギルドに所属しておいた方がいいのか。



 そんなことをあれこれ考えているときに、控えめなノックが響いた。


「……どうぞ」


 僕の返事から少し間が空いて、ひょっこり顔を出したのは町長のアンドリューさんだった。

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