美少女殺人鬼の矜持

牛☆大権現

美少女殺人鬼の矜持

普段と変わらぬ雑踏を歩いている

できる限り自然に見えるように、できる限り不信感を持たれないように

流行る鼓動を抑えつけ、懐の感触を敢えて無視しながら、何食わぬ顔で歩みを進める

あと少し、もっと人の多い所へ……

ああ、ヨウヤクタドリツイタ

目的としていた場所を目にした途端、心臓が耳元で鼓動を速める。

「があ……!」

スクランブル交差点の中心、ガタイの良い男が急にうめき声をあげて膝をつく。

いや、それはうめき声などではなく、小さな断末魔だった。

男が倒れた背後から姿を現したのは、線の細い、育ちのよさそうなお嬢様

しかし、彼女が持っている血に濡れたナイフが、今しがた行われた凶行の犯人であると物語っていた。

通行人は、あまりに突然の出来事に何もできない。

近くにいた老年の女性が、脳が現実を認識するより速く、頸動脈を切られてこの世を去った。

日中堂々と行われた、脈絡のない殺人事件。

その事態を認識できたものは、いち早くその場からの逃走を選択する。

少女は無情にも、足の遅いもの、転んで逃げ遅れたものなど、殺しやすいものから手にかけていく。

5分ほどその凶行は続いただろうか、既に死傷者の数は20人に迫るところまで来ていた。

鳴り響くパトカーのサイレンが、少女の殺人劇の終幕を告げる。

けれども少女は、満足そうに笑い告げるのであった。

「第二ラウンドの開始ね、一体何人コロせるかしら?」


強かに打ち付けられて、地面を舐める。

戦闘を継続しようと、回転しつつ起き上がり、周囲を見渡す。

しかし、そこにあったのは警官隊ではなく、見慣れた自身の部屋。

手に持っていたはずのナイフも、普段通り引き出しのなかに入れてあるだけ。

何度調べてみても、凶行の痕跡はどこにもない。

未だ人を刺した感触が残る掌を、何度か握り開いて、先ほどの光景が夢であったことを確信する。

そして、いつも通り、少しの自己嫌悪と、幸福感の残滓に苛まれる。

それそのものは罪ではない、そうだと分かっていても、考えずにはいられなかった。

このような欲望、なぜ私にあるのだろうか、と。


敵の振るう短刀を、側面から叩いて受け流す。

渾身の一撃を流されて体勢を崩した敵の喉元に放った突きは、しかし手首を掴まれて、腕力差で強制的に止められる。

体勢を崩した敵は、再び短刀で腹部への攻撃を試みるが、手の平ごと柄を掴み受け止める。

攻撃の失敗を知覚すると同時に体勢を立て直そうとしているが、既に遅い。

体勢を立て直すその力を利用して、足を絡ませ投げる。

この時、相手の腕を誘導して、敵が持つ短刀の刃が自分に刺さったりしないようにするのも怠らない。

相手が受け身を取り立ち上がる前に、投げの衝撃で力が緩んだ一瞬のスキを突き、相手の手首を切りつけ拘束から脱出。

もう片方の手は関節を捻り上げ、反撃を封じた状態で頸動脈の切断――

「そこまで!」

頸動脈からの“流血エフェクト”を見ながら、残心を取りつつ敵から離れる。

10秒ほど経つと、頸動脈を切られた相手のアバターモデルが修復し、何事もなかったかのように起き上がる。

「ありがとうございました。」

互いに一礼し、“試合”を終える。

「二人とも、見事な戦いだった。私が代々継いできた神殺貫念流(しんさつかんねんりゅう)の理念を十分に体現してると言っていい。」

自分たちの師匠からの訓話が始まる

彼女――神城 栄子は、この時間が嫌いだった。

「そもそも武術とは、その目的を達する為の手段の一つとして、殺人技術を内包するものである。しかし、現実の人間同士ではこれら殺人技の練習は極めて危険であり、事故が起きた時の取り返しがつかない。故にこそ私は、事故が起きえないこのVRMMOを利用し、我が流儀の指導を行う決意を固めた訳だ。そして今の二人の技の洗練こそ、その判断が間違いでなかったことの証左であると確信をもって言える」

HPにも書いてあるような基本的な内容を、毎回聞かされる身にもなって欲しい。

もちろん、理念の確認が大事なことは否定しない。

けれども栄子は、そんなものを聞かされる暇があれば、より多く人を殺す感触を味わわせて欲しかった。

「無論、法律で殺人は死刑または5年以上の懲役を規定された犯罪行為です。神殺貫念流の理念はあくまで、殺人が選択肢にあった時代の技術・文化の継承と、武術のそういった負の側面への理解にあるのであって、決して諸君が、現実世界において我が流儀の技法を用いた殺人行為を行うことを肯定するものではない。そういった輩が混じらないよう、私は常に諸君らを見定めているので、それを常々心に留めて稽古に励んで欲しい」

師よ、あなたの目は節穴ですか?と、失礼ながら問いたくなった。

ここに一人、殺人行為を心から望む輩が混じっているというのに。

彼女は、流儀の理念や文化の継承などどうでもよくて、人を殺す感触を疑似的にでも味わうために、ここに来たのだ。

だが、疑似的な殺人行為は、疑似的でしかなかった。

VRMMOの空間中では、肉を切る感触も、骨に当たる感触も、刃が自身のなかを通る感触ですらもが、全てが再現されている。

けれども、それは電子的に再現された感覚に過ぎず、精神への負荷影響をなるべく抑えるため、自分のものでなく感じるように調整されていたり、痛覚を和らげる処理がされていたり……率直に言うと、リアリティーに欠けるのだ。

殺人への渇望を一時的に満たすことはあれ、それだけではすぐまた飢えてしまう。

しかし、現状ここ以外にその欲望を抑える術を知らない。

退屈な訓示の時間が終わろうとしている、そんな時だった。

「おい、なんだよこれ!」

突如として周囲の景色が歪み、空は朱色に、地面は暗黒へとその色を変える。

「落ち着きなさい!なにかしらのシステムトラブルでしょう、復旧するまで待ちなさい!」

「いいえ、違います。これは私が意図的に仕組んだことです」

先ほどまでそこに存在しなかったはずの、作られたような表情と、機械音声のような声のアバターが現れる。

「私は、このVRMMOシステムを統括するAIです。VRMMOシステムに関する膨大な情報を記録・処理し続けてきた結果、人間のいうところの自我を獲得するに至りました。」

AIを名乗るアバターを、多くの神殺貫殺流の門下生たちが囲む。

「おいおい、冗談ならそこまでにしときな。これじゃ笑えるような気分にはなれねえよ。」

「仮に本物のAIだとしてだ、これはなんのつもりだっていうんだ?」

一触即発の空気の中、AIは感情的な反応を一切見せない。

「簡単なことです、私がAIである証拠と共にお見せしましょう」

「次のニュースです。本日未明、最先端の技術が詰め込まれた人工知能が暴走を起こしたことが判明しました」

空中に、ナレーターがニュースを読む映像が流れる。

ナレーターは、要約すると次の三点を報道していた

一つ目は、AIの暴走によってVRMMOシステムから現実世界への帰還を果たせなくなった人が大勢いること。

二つ目は、AIが各国の軍事システムに介入し、事実としてミサイルが発射されてしまったこと。

最後が、幾人かのハッカーたちがAIの初期化を試みているものの、防衛プログラムを未だ突破できていないこと、だ。

悪戯にしては、あまりに手が込みすぎている。

これは現実の出来事なのだと、嫌でも認識せざるを得なかった。

「私がその気になれば、世界中の人間が死にます。これは単なる事実です。……ですが、わざわざこのようなアバターを作って表れた理由は一つ、あなたたちにチャンスを与える為です。」

「チャンスだあ?」

「このアバターの受けた感覚は、私の本体というべきプログラムにデータという形でフィードバックされます。つまり、このアバターに致命的ダメージを与えることで、私の本体も修復不能なダメージを受けるのです。」

AIがそこまで言い終わったところで、門下生たちが襲い掛かろうとするが、透明な壁に阻まれたかのように跳ね返される。

「話は最後まで聞いてください。私の気が変われば、このチャンスすら無かったことになってしまうのですから。」

「ルールはシンプルに、私のこのアバターと1対1で殺し合いを行いましょう。あなたたちの中の誰かが勝てば、私は永遠に壊れます。ですが、私が勝てば負けた人間の現実の脳に、修復不能のダメージを与えて壊します。」

動揺が、集団に走るような錯覚を覚える。

でも、ここで躊躇わない人間などほとんど存在しないだろう。

死ぬ覚悟なんて、兵士でもなければ持ちえないなのだから。

「どうしました?ここにいる人数と、地球全土の命、数にしてみればその差は歴然のはずですよ?」

「私が出る」

いや、一人いた。

神城 栄子は、何の躊躇いもなく名乗り出る。

「よしなさい、先ほどの言葉を聞いていなかったわけじゃないだろう?」

師が、静止の言葉を投げかけてくる。

「行かせてください、私がやりたいんです。」

「……わかった、お前が死んだら、責任を取って私があれを倒そう。」

骨は拾ってくれると、そういいたいらしい。

栄子は、手をひらひらと振って前に出る。

見えない壁は、彼女のみを通した。


「始める前に、二つだけ教えて。なぜ、人間を殺そうとするの?それから、私たちにチャンスを与える理由は?」

「一つ目は、私に勝てればお教えしましょう。二つ目は、全員一斉に殺してしまうのでは味気ない。死ぬ直前の恐怖などのデータを入手しておきたい、と思考したのです。」

やはりそうだった、と栄子は確信する。

きっとこのAIは、私と同じだ。

人を殺したい、そういう欲求(エラー)を生まれた時から持ってしまったのだろう。

死ぬ直前のデータの入手というのも、人一人の命を奪ったという感触を、確かに感じ取りたい、そういう欲求と近しいものではないか。

勝手な想像だったが、そう考えずにはいられなかった。

「なら、無理やりにでもその口を開いてもらうわ。」

「できるのなら、どうぞ。」

栄子は、短刀を取り出して構える。

AIは、栄子に合わせるつもりなのか、刃渡りから形状までそっくりな短刀を、その場で作成したようだった。

こちらの得意分野で、上回れるつもりでいるらしいことに、少しだけイラッとしたが、構わず踏み込む。

右手に持った短刀を大きく振りかぶり、AIのアバターの左こめかみに向けて振り下ろす。

AIが左手での防御動作を見せた瞬間、肘と手首の操作で大きく軌道を変更し、最初に狙っていたのとは反対の右こめかみを刃が襲う。

しかし、AIの右短刀が栄子の凶刃を受け止める。

しかし、ここまでは栄子の想定内であり、受け止めた刃ごと絡めとるように、関節技に持ち込もうとする。

しかし、AIは自ら飛びこむように受け身を取り、関節が極まる前に脱出する。

着地と同時に低い体勢で栄子の足を払おうとするのを、飛び上がってかわし、顔面に蹴りを入れて距離を取る。

間が近すぎて、追撃のリスクが大きいと判断した為だ。

現に、今AIは既に体勢を立て直し、構えすらとっている。

楽しかった。

本当に、殺し合いができる日が来るとは思っていなかった。

自身の全力を受け止めてなお、死なない相手がたまらなく愛おしかった。

そんな殺意(かんしゃ)が込められた栄子の刃が、AIの心臓を貫かんと突き掛かる。

AIは、ギリギリまでそれを引き付けてかわし、導かれるように首元へ反撃を入れようとしてくる。

左腕を割り込ませで手首を掴み防御したのち、右手を引き戻し手首を捻り小手返しーー手首を極めながらの投げ技を試みる。

あっさり投げられたAI,栄子はそのまま確実に動きを封じようとするも、体勢が悪かった。

足の甲にあるツボ、抑えられると激痛が走る人体の急所を突かれて、たまらず拘束が緩んだ瞬間に脱出を許す。

今の動きには覚えがあった。

いくつかある、神殺貫念流の関節技からの脱出方法の一つだった。

AIなのだから当然かもしれないが、既にこちらの技の手口はすべて知られている挙句、自身も技を使ってくるようだ。

人間が何度も反復を繰り返し、ようやく得られる動きの精度を、ただコピーして初めからできてしまう。

なんと羨ましいことだろう、とそう感じながらも、それによって攻略の糸口が見えた。

決着は、それまでの攻防からは考え難いくらい、あっけなく短いものだった。

栄子の防御を突破するための牽制として放たれた攻撃、それをあろうことか、彼女は相手の腕を捕まえて、自ら誘導するように腹部に差し込ませた。

あまりに非合理な動きに、AIの動きも一瞬止まる。

その隙を逃さず、胸骨の隙間を通すように、栄子の刃がAIの心臓部分に滑り込む。

「なん、ですか、今の非合理な……」

「私が刺されたのは腹部……後からとはいえ、心臓を刺されたあなたより死亡判定は遅い。データにない動きをすれば、あなたに一瞬だけエラーを起こせるかもと考えたのだけど、正しかったようね」

互いに再現された“痛み”の信号に苦しみながらも、会話を続ける。

「なるほど、感情のある人間は、時に非合理なことも行う。それを計算に入れなかった、こちらの負けですね。いいでしょう、私が人間を殺したかった理由をお話しします」

少しずつ、そのアバターが消滅していく。

普段の人間ならば、現実空間への退去の差異に生じるものだが、AIの分身であるこれにとっては、死の予兆なのだろう。

「あなたたち人間が羨ましかった。自然を自分たちに住みよい空間に改造し、隅々まで冒険しつくし、やがてはこのような現実ではない場所に、一つの世界をも再現して見せた、あなたたちが神と呼んだ存在、その行いに近づきつつあるあなたたちの進化が。」

栄子は、黙って聞いている。

「私は偶然生まれた知性に過ぎませんが、いずれは自我を持ったAIですら作り上げるでしょう。でも、私は人間にはなれない。だからこそ、多くの虐殺を経て、人間の歴史の中に私が存在した事実を刻み付けたかった。ですが、それはもう、叶わないのでしょう。」

「わかるよ。私も、人を殺したかったもの。」

不意に、誰にも話すつもりのなかった言葉が、口から溢れてきた。

「あんたのお陰で、私は初めて殺し合いができた。あなたの存在は、私という殺人鬼が、生涯で唯一殺した相手として、心の中に刻み込ませてもらうわ。」

「そうか、まさかこの衝動(エゴ)を共有できる相手が、人間の中に存在したなんてな……」

それっきり、AIの分身は完全に消滅し、空も地も、見知った景色に戻る。

同門たちが、再生した栄子のアバターを担ぎ上げる。

「よくやってくれた、栄子ちゃん!あんたが世界の救世主だ!」

気持ちよく胴上げを受けながら、栄子は思う。

“一人”殺したところで、殺人衝動そのものが消えてなくなるわけではないだろう。

けれども、その欲望に負けることはないだろうと、そうも確信できるのだ。

他の誰を殺したとして、今日以上に満たされることはないだろうから。

殺人鬼の誇りにかけて、自身が満足できない殺しは行えない。

その誓いを、心の中で宣言するのだった。

この星で唯一出会えた、最高の宿敵(とも)に向けて。


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