押しかけ勇者候補のハーレム計画・1

 霞は既に、いくつかの現代日本風料理を習得していた。

 薊へOJTオンザジョブトレーニングを施しながら、持ち込んだ食材で夕食をこしらえる。

 その間、伸夫は桂湖を撃ち殺すことに全力を注いでいた。

 もちろんゲームの話である。

 そして、悔しいことに、殺害対被殺害比率キルレシオは1を超えたり割ったりで、やや割っている時間のほうが長かった。


「こンッの割れ眼鏡ェェェ、眼鏡割れてるくせにィィィ……!」

「ケーッケケケ! ノブは立ち回り雑すぎんだよぉ!」

「うるせえ! チョロチョロ逃げ回りやがって鬱陶しい!」

「重プラズマ相手に撃ち合うわけないじゃんバァァーーカ! 悔しかったら先回りしてみせなよぉほらほらぁ!」

「クソがァァァ! スコープもカチ割ったらあああ!」


 確かにまあ、健全な遊びではあった。

 出会った初日にしては馴染みすぎだが。

 キッチンの魔族組にとっては、都合のいいことだった。

 勇者候補たちが見ていないので、変装術を解いて、元の姿にエプロンを着けている。

 エプロンは地味なモノトーンだが、その下はエロ忍者装束なので、逆にフェティッシュな眺めである。


「おお……白熱しているな……」

「半ば、ケイコの演出ですがね。実際的な被害よりも屈辱を与える戦い方で、戦況を調整しつつノブオを挑発しています」

「ほう。『花を持たせる』……は少し違うか。どう言ったらいいのだろう」

「あまりしっくり来る言い回しはありませんね。つまり、ケイコはこの国ではひねくれ者の類ということでしょう」

「……君、こちらに来て尚更意地が悪くなったな」

「あなたほどには、心が広くありませんので」


 さりとて、仕事の手を抜くような霞ではない。

 肉じゃが中心の和食を並べ、全員に舌鼓を打たせた。


「え……これ霞が作ったの? 普通にうめえんだけど」

「そーなんよ、上手いんだよ霞」

「私も手伝ったぞ! 主に皮むきだがな」

「レシピ通り作ればひどいことにはなりませんよ。私の嫌いな味でもありませんし」

「うむ、実際食事はどうなることかと思ったが、むしろ楽しませてもらっている」


 魔族組は、また日本風の服装になっている。

 初日、撮影以外エロ忍者装束で通していた薊を、霞が指導したのだ。

 反省した薊は、女の手料理をいちいち褒めそやすような甲斐性のない伸夫から、好みを読み取ろうと目を光らせる。

 旺盛な食欲だけは発揮して、腹がくちくなると、伸夫は一人席を立った。


「ん? なぁにノブ、うんこ?」

「宿題。寝たきゃソファででも寝ろ」


 そう言い捨てて、自室にこもってしまった。

 桂湖は、不満そうに茶をすする。

 既にこの程度のつれなさは屁でもない薊は、元気よく立ち上がった。


「さて! 片付けるとしようか。霞、教えてくれ」

「あーあー、ごめん薊、任せていい? 霞、ちゃちゃっと要点だけ教えてきて」

「はい。薊、皿を運びましょう」

「? うむ」


 薊に洗い物の指導をして、桂湖の元に戻る霞。

 桂湖は、リビングの椅子にだらしなく腰掛け、組んだ脚の上に肘を突いている。

 悪巧みの顔だ。

 だいたい展開を察した霞は、内心溜息をつく。


「ねえ……ノブってばさあ、霞のことけっこうチラチラ見てたよねえ」

「はい」


 大抵の魔族においても、女性は視線に敏感なものだ。

 ましてや、護衛としての訓練を受けた霞にとって、伸夫ごときの視線は察するに容易い。

 控えめながら確かな量感を持つ胸、流麗なラインを描く腰、美しく張り出した尻などは、あからさまな色欲の目に晒されていた。

 まあ、薊はその三倍くらいの関心を注がれているのだが。

 好みの問題と、薊に女性としての隙が多いのと、恐らく両方だろう。


「ククク……薊だけでも大概もてあましてんだろーに、霞まで来ちゃったらタイヘンだよねえ。いきなりこんなベッピン二人に囲まれちゃあさ」

「はあ」


 当たり前のように自分を頭数から外す桂湖に、霞は曖昧な声を返す。

 霞から見て、桂湖が伸夫から性的な関心を寄せられていない、ということは全くない。

 薊や霞よりも小さいことは確かだが。

 いや、胸のことではなく。

 巨乳が好きなのは事実のようだが。

 スケベな童貞男子高校生である伸夫にとって、幼女ロリ年増ババアと耐え難いブス、あと妹以外は、漏れなく性欲の対象である。


「めったに見られないよねえこんなハーレム! いや~~面白い♥ あんたら魔族にしたって、『勇者候補』をメロメロの骨抜きにしたら都合いいんじゃないの?」

「そうですね」


 それは確かにその通りだ。

 心情的に魔族に敵対させないためにも、常に行動を共にするためにも、現世の生に執着してもらうためにも、薊たちが勇者候補と関係を深めるのは都合がいい。

 まあ、必ずしも性的な関係でなくてもいいし、伸夫だけでなく桂湖もその対象だし、もっと言うと、伸夫の相手としてのは、薊でも霞でもないのだが。

 霞が答えると、桂湖は悪そうに口元を歪めた。


「だからさあ……霞、ノブを誘惑してきてよ」


 桂湖は、さらに卑猥なジェスチャーを繰り出す。

 霞が意味を知る由もないが、あまりに直截だったので察するのは容易かった。


 要は、抱かれてこい、ということだ。

 女の尊厳もへったくれもない。

 しかし霞は、あっさりと頷いた。


「かしこまりました」

「にゃ!? あ、うん」

「早速仕掛けてまいります。それでは」


 踵を返し、伸夫の部屋へ向かう。

 途中、洗い物中の薊と目が合った。

 常人なら聞こえない程度に声を潜めてはいたが、薊には筒抜けだ。

 不安そうに見詰める薊へ、心配するなとばかり微笑むと、霞はツカツカと歩を進めた。



◇◇◇



 こんな状況で大人しく宿題をこなすほど、伸夫は勉強熱心ではない。

 なにをするでもなく、ベッドに寝転がって天井を見上げていた。

 様々な想念が、脳裏に浮かんでは消えていく。


 伸夫はほとんど一人暮らしである。

 住民票的な世帯主は父親だが、内縁の妻のところに行きっぱなしでろくに顔も見せない。

 恐らく、伸夫が独立したら再婚するのだろう。

 あの妹も、遺伝子が何割同じだか知れたものではなかった。


 なので、桂湖が何日居座ろうが、大して問題はない。

 鬱陶しいのは鬱陶しいし、極めて真剣深刻な問題として、性欲の処理に困ってはいるが。

 別に、そのくらいは我慢したって構わない。


 しかし――


 いつまでだ?

 いつまで我慢すればいい?

 いつまでいなきゃならない?


 気分が悪い。


 腹が立つ。


 一旦は収まった暴力的な衝動が、また膨れ上がっていくのを感じる。


 そんな時だ。

 ドアの鍵が、外側から回った。


「は?」

「失礼します」


 平然とドアを開けて入ってきたのは、霞だ。

 なぜか、エロ忍者装束に戻っている。

 跳ね起きた伸夫は、震える指を霞へ付きつける。


「おまっ……鍵ぃ!」

「あの程度はノブと変わりません。ああ、あなたではなく、取っ手のことですよ」

「わかっとるわ! お前アレか、開けられるモンは開けていいって了見なのか!」

「まさか。悪いとは思っています」


 そう言いつつも、霞はしずしずと歩み寄ってくる。

 どこか、仕草が柔らかい。

 女性的で、秘密めいていて、官能的で……要はエロい。


 なにをしに来たのか、あるいは来たのか、言葉にせずとも伝わってしまうような仕草だった。

 思わず唾を呑む伸夫に、霞はふわりと微笑みかける。


「ああ、おわかりですか。では説明はいりませんね」

「お、おい……」


 なんと霞は、エロ忍者装束を脱ぎ始めた。

 大げさに見せつけるわけでもないが、さりとて味気ないほど手早くもなく。

 雪のような素肌が、みるみる顕になっていく。

 最後に残ったインナーを迷いなく抜き取り、はらりと床に落とす。


 それで、霞は一糸まとわぬ姿となった。

 全身の肌が、余すところなく、伸夫の目に晒されている。

 胸の先端も、両足の間も、全てだ。

 元々ボディラインはほとんど隠れていなかったが、それでも生で見るのは違う。

 スレンダーな肢体が、実に蠱惑的なラインを描いているのが克明にわかる。

 どこもかしこも、眩しいほどに肌が白い。

 センシティブな部分ですら、ひどく淡い。

 伸夫よりわずかに高い長身もあって、細いのにものすごい迫力だ。

 生まれて初めて目にするにしては、上等すぎていっそ暴力的な女体だった。


「どうぞ、ご随意に。異種族のおんなではありますが、この姿であればご不便をおかけすることもないでしょう」

「ごッ……随意にって、そりゃ……」

「言葉通りです。私はなにも拒みません。……ああ、こちらからがよろしいですか?」


 そう言うと、霞はふわりと伸夫へ身を寄せる。

 それはひどく艶めかしい仕草に見えたが、実際の身のこなしは獣のように素早かった。

 当然、伸夫に止めることなどできない。

 太ももの上に跨がられ、至近距離から薄紅の瞳で見詰められる。

 吐きかけられる息が、たまらなく甘い。


 伸夫の股間が、痛いほど突っ張っていた。

 とにかくどうにか、主導権を握れそうな言葉を探す。


「……あ、ああ、さては」

「ええ、ケイコの命令わるふざけですよ。とはいえ、なにも奴隷契約を結んでいるわけでなし、その気がなければ拒否できます、こんなものは」


 あっさりと切り返され、かえって耳にハスキーボイスを響かせられる。

 脳みそがとろけそうになったところで、薊が頬に指を伸ばしてきた。

 頬を這う指の感触が、チリチリと腰に響く。


「あなたがたの死は、即ち幾百幾千の同胞を屍と変えることとなります。それを防ぐためであれば、肌も晒しましょう、股も開きましょう。命を懸ける如きは当然のことです。そのために異世界までやってきたのですから」


 言葉の内容はハードだが、声色はひたすらに蠱惑的だった。

 身勝手な欲望をぶつけてもいいのだと、これは伸夫が意のままに扱っていい存在なのだと、理性のホックを外しにくる。

 だが、その誘惑に屈しかけた時、霞はさらなる言葉を吹き込んだ。


「あなたはどうなのですか、ヒヤマ・ノブオ殿。なにがなんでもという気持ちはあるのですか?」

「な、に……うっ……!」


 ジャージの胸に、裸の乳房が触れてくる。

 大きさは薊の半分もないだろうが、その威力に劣るところはまったくない。

 この瞬間、伸夫の魂へ『乳は大きさじゃない』という箴言が永久に刻み込まれた。

 童貞の性癖を捻じ曲げながら、霞はさらに近くから囁きかける。


「ケイコは、口では転生も悪くないなどと言っていますが、現世での死を恐れています。奇矯な振る舞いも、あなたへの妙な執着も、偏に理不尽な恐怖を紛らわせんがためです」


 霞の乳房と太ももと指先の感触、全身から立ち上る香気が伸夫の性欲を刺激する。

 なのに思考を止められない。原始的な欲望に身を任せられない。

 伸夫の頭の出来を見切った霞が、巧妙な話術で誘導してくるせいだ。


「……あの素っ頓狂な被り物は」

「さて。ひとつ申し上げるとするなら、ケイコは私に『顔を隠せば呪いを逸らせないか』とお尋ねになりました。『なんの効果もないだろう』とはお答えしましたが」


 あのガスマスク。

 伸夫は、不意の事故に備えているのかと思っていた――実際には、役立つどころか逆効果だったが。

 だが、跡取り息子に女装させるような行為だったとは。

 いかにも日本人的な発想だ。

 そして、極度に追い詰められた末の悪あがきだ。


 そこまで怯えていたのか。


「あなたにもがおありなのでしたら、薊も私も、喜んであなたの情婦になりましょう。殿方をもてなす技術については、あちらも捨てたものではありませんよ」


 思考も止められないが、妄想も止められない。

 この色気ムンムンの霞も、あの純朴そうな薊も、持っているのか。そういった技術テクニックを。

 肉体からだについては、望みようもないほど最高だと確信している。

 さらに技術も加わるのなら、それはどれほど極楽に近い体験なのか。


 知りたい。

 味わいたい。

 いますぐ獣になってしまえばそれができる。

 そうしたら次は薊だ。

 絶対にそうなる。我慢など吹き飛ぶ。薊への気後れも捨て去れる。


 しかし、あまりに絶妙のタイミングで、霞が口を開く。


「ですが――生きるつもりのない者へ向けるべき献身を、私は持ち合わせておりません」


 溶けた蜜のような声音の、凍った釘のような言葉だった。


 伸夫の全身が硬直し、脳みそが液体窒素でもかけられたように一瞬で冷めきる。

 伸ばした指は、霞の尻まで1cmのところだったが、それ以上はどうあがいても進めなかった。


 裸なのは体だけ。

 霞の心は、誇りという鎧をまとっている。

 そうわかってしまえば、自分だけ獣になることなど、惨めすぎてできやしない。


 薊に対しても。


 さりとて、霞の肢体は蠱惑的に過ぎた。

 伸夫には、押し付けられたおっぱいを突き放すこともこれまた不可能。

 というかもう、指一本触れられないし。

 言葉でどけと言うのも、あれだし……。


 にっちもさっちもいかなくなった伸夫を見て、霞は微笑んだ。

 誘惑も冷たさもない、仕方ないなあ、というような笑みだった。


「まあ、そう覚えておいてください」


 あっさり言って、尻に伸びていた伸夫の腕をひょいとどかす。

 それから、また止めようもない素早さで身を離すと、エロ忍者装束を身に着け始めた。

 今度は、味気も素っ気もない、テキパキとした仕草で。

 それはそれで伸夫としては、シチュエーション的にムラムラ来るものがないでもなかったが。


 とにかく基本的に、霞は美しすぎるし、エロすぎるのだ。

 ガン見する伸夫を気にせず装束を身に着けると、霞は腰に手を当てて肩をすくめた。


「とはいえ、ケイコの言いつけを無視するわけにもいきませんね。いまは信頼関係の醸成が第一です」

「……適当にやったフリしとけばいいだろ」

「私は薊と違って嘘つきですが、できる限り正直でありたいとは思っています。……というわけで、ベッドに寝そべってください」


 性懲りもなく淫らな想像をする伸夫を鼻で笑って、霞は続けた。


「うつ伏せにですよ? 緊張でいくらか凝りが残っているようですので、揉み解して差し上げます。ぐっすりと眠れるようになりますよ。その後は耳かきです。ええ、程度は、楽しんでいただいて結構ですので」

「……お前マジで性格悪いな」

「よく言われます。ええ、それでよろしい。楽になさってください」


 どうせこれも、こんがらがった頭を空にさせる狙いなんだろう。

 そうは思いつつも、抵抗するのも面倒になり――それすら思うつぼだとわかっていても――

 伸夫は大人しく、霞の献身的な奉仕を満喫した。


 ものすごい気持ちよかった。


 やっぱり、霞のほうが当たりだったかもしれない。

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