押しかけ勇者候補と謎のツンデレX

 どこかへ寄る気にもなれず、伸夫はまっすぐ帰宅した。


 ジャージに着替えて、タブレットを手に取る。

 ちょうど昼時だったが、食事もせずに、タブレットに齧りつきになった。

 集めているのは、二件の事故に関する情報だ。


 トラックの衝突事故。

 カフェの爆発事故。

 トラックの方は、ドライブレコーダーでもまるで状況がわからず、ちょっとした話題になっていた。

 カフェの方は、ついさっきのことで、SNSの噂話程度しかない。

 トラックの運ちゃんは、罪に問われることはないようだ。


 そこまで確認すると、伸夫はとにかく片っ端からの情報を集め始めた。

 ニュースポータル。

 地元警察。

 警察庁。

 キュレーションサイト。

 海外にまで手を伸ばそうとしたが、英語すらろくに読めずに投げ出した。


 そうこうするうち、夕方になってさすがに腹が減り、薊にレトルトを作らせる。

 そして、変装したままの薊と食事を始めた。


 言葉も発さず、タブレットもいじらず、難しい顔で食べ続ける伸夫。

 薊は、しばし迷ってから声をかけた。


「ケイコとは、必要な話はできたのか?」

「ああ」

「そうか。それなら『不幸中の幸い』だったな。今後については、どういう話になったのか尋ねて良いだろうか?」

「別に。とりあえず、すぐくたばる気はねえってくらいだ」

「そうか! そう思ってくれるなら、私は全力で君を護ろう。それでは、今後ケイコと行動を共にする予定などはないのか?」

「ねえよ」

「そうか……。いや、無理押しするつもりは毛頭ないのだが、霞と連携できれば護衛もより確実になる。なろうことなら、君たちには一緒にいてもらいたいのだ」

「どこで? どうせ普段は別々の学校だぞ。んで、俺らが揃ってるってことは、高確率でが吹っ飛ぶわけだ」

「それは……そうなのだが」

「チッ。面倒くせえ……」


 あからさまに不機嫌な伸夫に、薊もしょぼんと黙り込む。

 食欲も失せそうな空気の中、伸夫は冷凍ラザニアを胃に詰め込んだ。


 流し込むように食ったせいか、胃がむかつく。

 伸夫の苛立ちの理由は、もちろんそれだけではないが。


 あのカフェは、なかなか良かった。

 大してこだわりがあるでもないが、雰囲気もコーヒーも嫌いじゃない。桂湖と顔を合わせるには立地もいい。

 まあ、猥談で罵り合われては、店側は迷惑かもしれないが……。

 爆発するよりは、その方がどれだけ良かったか。

 店主は無事とはいえ、再建されるかもわからない。

 されたとしても、とても行く気になれない。

 そんなことが、今までも、これからも、いったいどれだけ起こるのか。

 全ては、伸夫と桂湖のとばっちりなのだ。


 気分が悪い。

 心配そうにこちらを見る、薊の表情も癇に障る。


 なるほど、と伸夫は思った。

 乱暴で身勝手で一方的なセックスをしたくなるのは、例えばこういう精神状態の時なのか、と。


 薊が、ぎくりと体を硬くさせ、それから、空になったラザニアの皿をそっと置く。

 伸夫が獣欲に身を任せかけた時、インターホンが鳴った。

 しばし呆然として、それから舌打ちして立ち上がる。


「はいはい、いま出るよ……」


 しつこく鳴らされる音に苛立ちを煽られながら、玄関カメラのモニターを覗き込む。

 眼鏡をかけた女だ。

 とっさに、誰だかわからなかった。

 しかし、横から銀髪のスーツ美女が入ってきてピンとくる。


「は!? 桂湖!?」

「なに? 来る予定は――」

「ねえよ! あーうるっせえな、いま開ける!」


 最後はマイクに怒鳴り付けて、ドタドタと玄関へ向かう。

 薊も、無言で後を付いてくる。

 乱暴にドアを開けると、桂湖はニカッと笑って手を上げた。


 朝と似たようなパンクファッションだが、さすがに着替えてきたらしい。

 プリントTシャツに半袖パーカー、下はホットパンツにカラフルなサイハイソックス。

 ガスマスクの代わりにウェリントンの眼鏡をかけているが、なぜか右側がひび割れていた。


 霞は引っ越しみたいな大荷物を持たされていて、その中には食料満載の買い物袋もある。


「よっす! 出るの遅いよー、間違えたかと思ったじゃん」

「文句言うならメッセくらいよこせ! ……お、おい勝手に」

「オジャマー。お、薊チーッス」

「あ、ああ。……霞?」


 処置なしとばかりに首を振る霞を置いて、桂湖はスニーカーを脱ぎ捨て、ズカズカと上がりこんでいく。

 慌てて追いかける薊をよそに、霞はドアの鍵をかけ直した。


「ノブオ、荷物をどこかへ置かせていただけますか」

「ンなもんっ……そこの右の部屋入れとけ!」

「ありがとうございます」


 ちなみに、そこは父親の寝室である。

 ロバ並の運搬力を発揮する霞を見送る隙に、桂湖は目敏く伸夫の部屋を見付けていた。


「あっコラ!」

「へー、案外キレイじゃん。ねー、エロビデオかエロ漫画かエロゲー見してー」

「答える前に漁るんじゃねえ!」


 桂湖は迷わず伸夫の部屋に踏み込み、ガサ入れを開始する。

 といっても、がわかりそうもない薊相手では隠す必要も感じず、は適当に棚に突っ込みっぱなしだ。


「ンだよ堂々と置いてあんじゃーん♥ おーおー、見事に巨乳ばっか」

「だから漁るなっつって……おいコラァ!」


 桂湖は、止める間もなく秘蔵アイテムを物色していく。

 いかに伸夫と同レベルのクソオタクで、勝手に家に上がり込んできたクソアマとはいえ、女は女。

 改めて見れば、日本人基準なら顔は可愛い部類だ。

 全く女慣れしていない伸夫としては、乱暴に取り上げるのも難しい。


 薊に対して抱きかけた暴力的な衝動は、綺麗に霧散してしまっていた。


「お、コスプレモノもあんねえ♥ おーい薊ぃー、コレ見といたほうがいいよ! 参考資料としてさー」

「んな安っぽいの参考にするか! お前が見せたいだけだろうが!」

「だからうちも観たいんだって。ねーテレビにプレイヤー付いてる?」

「家でダウンロードして観ろ!」

「ケチ! せめて貸すくらい言えないのぉ?」

「図々しいにもほどがあるわ!」


 ぎゃあすかぎゃあすか。再び。


 おろおろする薊は、縋るように霞を見る。


「霞ぃ……」

「頼めば断られはしないと申し上げたのですがね。不器用というか、臆病というか」

「ど、どういうことだ?」


 その時、ガチャリと玄関の鍵が回った。

 鍵が開けられたのだ。

 一瞬で警戒態勢になる魔族組の奥で、桂湖と揉み合っていた伸夫が頭を抱える。


「最ッ悪だ……」

「ん? どしたん」

「なんの騒ぎよこれはッ!」


 またしても勝手に上がり込んできた人物は、乱暴に部屋のドアを開ける。

 なかなかの美少女だった。

 ブレザーの制服は、伸夫とは別の高校のもの。

 栗色に近いロングヘアで、キツめの目つきをしている。

 その目が、部屋の中を見回すごとに、さらにどんどん釣り上がっていった。


 彼女の目に映るのは――

 褐色黒髪の、とんでもない美少女。

 色白銀髪の、とてつもない美女。

 露出多めの、割れ眼鏡女。

 そして、床に散らばった、エロ作品の数々。


 少女の唇が震え、金切り声を吐き出した。


「なにその黒いのと白いのとブス!」

「アハハハハ! 面と向かってブス呼ばわりされんの久しぶりだわ! 小学校以来かなー?」


 けたけた笑い出す桂湖と、急にやる気をなくした伸夫をよそに、魔族組は素早く視線を交わした。


「初めまして。私はノブオ君の友人で、薊と申します。あちらはケイコと霞」


 折り目正しく挨拶する薊に、少女の眉がビキビキ音を立てそうなほど釣り上がる。

 それをにまにまと眺めて、桂湖は伸夫の肩に腕を回した。


「今日友達んなった桂湖でーっす♥ んで、まあまあ可愛いあんたは何者?」

「そこのバカに訊いて! それでッ、学校サボってなにやってんのよ!」

「んー? 別に、一緒に遊んでただけだよん」


 そう言って伸夫と頬をくっつけるが、伸夫はまるで無反応。

 反応したのは少女の方だった。ギリギリと奥歯を鳴らして、桂湖を憎々しげに睨みつける。


「遊んでたって!? そんなモノ広げてッ、乱交でもするつもり!?」

「ぷっ……アハハハハハハ! 聞いたノブ聞いた!? 薊と霞コミの乱交はゼータクすぎっしょぉー!」

「うるせえ」

「バカにしてんのッ!? いいから答えなさいよッ!」

「ひーおかし……んで、ナニしてっかなんて答える義理あんの?」

「そのバカの様子見とけってママに言われてんのよッ! でなきゃなんでこんなとこッ!」

「へえぇー! こりゃ面白っ、とと、健全なAV鑑賞会です♥ これでいい?」

「ッ、いいかげんにッ――」


 少女が振り上げた手を、霞が掴み止めた。

 眼光鋭く振りほどこうとするが、ビクともしない。

 強く握られてはいないのに、まるで柱に手錠で繋がれたかのようだ。


「お怒りはごもっともです。しかし、暴力はおやめください」

「うぐッ、このッ……!」

「大いに誤解を招く状況であることも理解できますが、私たちは誰ひとり、ノブオさんと男女の関係にはありません。平日に遊びに来た点はこちらに非がありますが、あなたが心配するようなことは決して」

「うるさいッ、放しなさいよッ!」

「ケイコを殴らないのであれば」

「わかったわよ! だから放してッ!」

「では、信じます」


 霞が手を放すと、少女は後ろにたたらを踏んだ。

 荒い息を吐きながら、改めて部屋の面々を見回す。


 また腕を掴める位置に白いの、伸夫を庇える位置に黒いの

 伸夫にべったり密着する桂湖メガネブス

 押し黙ったまま、暗い目で少女を見返す伸夫は、完全に囲い込まれていた。


「――ああそうッ! もう勝手にすればッ!」


 そう言い捨てて、少女は駆け去っていった。

 残された涙の粒が、ぽつりと床に落ちる。

 玄関のドアが音高く閉められると、薊は心配そうに伸夫を見詰め、霞は深々と溜息をついた。

 一方桂湖は我関せず、肩に回した手でぷにぷにと伸夫の頬をつつく。


「なんだよースミにおけねーなー! なにアレ、ひょっとして幼馴染ってヤツぅ~~?」

「違えよ。妹だ」

「は? 妹?」


 ぽかんとした桂湖を、思い出したように押しのける伸夫。

 薊も、意外そうに伸夫を見た。


「君に妹がいたのか」

「なにがオカシイんだよ」

「歳近くね?」

「……そりゃ年子だからな。きょうび珍しいが、そんだけだ」


 『どうして一緒に住んでいないのか』を訊かれたくなかった伸夫は、安堵を押し込めつつ答える。

 しかし桂湖は、全く予想外の爆弾を投げ込んできた。


「ん~~ていうかあれ、押し倒したらヤレそうなんだけど」


 フリーズする伸夫。

 一瞬遅れて、なんとなく意味を察した薊が頬を染める。

 それから、伸夫が再起動した。


「はぁ~~!? エロゲーやりすぎだろ割れ眼鏡!」

「いやーーだって、ねー霞もそう思うっしょ?」

「それを私に訊きますか……少なくとも、心底嫌っているようには見えませんでしたね」

「かーつまらん女だね! ねー薊は? どう思う?」

「ええ? その、私はそういった機微には疎い方だが、ノブオに対して複雑な好意を抱いているように見えたな」

「ほらほらほら、女三人満場一致よ!? 絶対ヤレるねあれは」

「ケイコ、それは『我田引水』というものでは」


 我が意を得たりと勢い込む桂湖に、霞が冷静にツッコむ。

 しかし、の伸夫にとっては、たまったものではない。


「やめろサブイボ立つわ! つか、お前の中の押し倒すってレイプのことじゃねえだろうな!」

「あとで和姦だったことになるやつ的な? 挿れたあとなら脚回してきそーじゃん」

「だから! 妹! だいたいこっちから願い下げだわあんなヒス女」

「ふーん、まーいっけど。そんじゃ改めて――」

「オイ待てコラ! マジでAV鑑賞会しに来たわけじゃねえだろうな!」


 あっさりAV漁りに戻ろうとする桂湖のフードを、伸夫が掴む。

 猫のように捕まえられた桂湖は、振り返りざま、実にいい笑顔で、さらなる爆弾を投下した。


「しばらく泊めて♥」

「…………は?」


 こうして、二度目の会合は、さらに延長されることになる。

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