平成最後のクリスマスに昭和なデートの待ち合わせ

天猫 鳴

第1話

 イルミネーション華やかな駅前で、夏野菜都実なつのなつみは既に30分彼を待ち続けていた。


 彼女が待っている間に、もう何人も待ち人を見つけて共に駅の中へと消えて行き、ある者は一緒に目的地へと歩き去って行った。


 今日はクリスマス・イブ。

 それも平成最後のクリスマスイブだ。


 日本中が浮き足立って煌めいて、みんな幸せだって世界に発信したがってる。きっとネットの世界はいつもに増して多くの呟きやキラキラした写真で賑わっていることだろう。


 街中のあちこちからうきうきした定番の曲が流れてくる。

 軽快なクリスマスソングが気をそぞろにさせて長く思える待ち時間を更に長く感じさせた。また1組合流して互いに目を輝かせているのを横目に見て、菜都実は「はぁ・・・」と小さくため息をついた。


(あぁ、やっぱり取りに戻ればよかったかなぁ)


 菜都実は今日スマホを家に忘れてきていた。


 いつもなら電話をしたりラインを送ったりして相手が何時来るかを確かめられたし、それまでの間ゲームで気を紛らわせることも出来た。改めて周りに目をやると、ほとんどの人がスマホを片手に誰かを待っているようだった。


 ふと公衆電話が目にとまった・・・が、彼の電話番号を覚えてなどいない。


 いつもよりも丁寧に時間をかけて化粧をしたし、髪の編み込みも自分にしては奇跡的なほど上手く仕上がった。ピアスは冬哉とうやの買ってくれたお気に入り。


 鞄に入れる物もしっかりチェックした。スマホもちゃんと入ってた。

 時間の余裕もあった・・・あったはずだったのに。


(出る間際に服が気にならなければ・・・・・・)


 菜都実は後悔先に立たずとはこの事か!と唇を噛んだ。


(きっとあの時だ)


 時間の余裕があったからこそ欲が出てしまった。

 冬哉が選んでくれた服、自分も気に入っている服。新しく買った服も着て見せたかったけど「それ凄く良い!」そう言ってくれたときの冬哉の笑顔がちらりとよぎった。


 着替えも済んでさぁ出よう! と鏡に映る姿を見て、鞄と服がどうも微妙に合わない気がした。


 時計を見ると思っていたより進んでいて焦っていた。

 鞄を逆さにして中身をベッドにぶちまけ急いで別の鞄に入れ替えた。入れたつもりだったのに入れ損ねてたのだ。


(冬哉、私に電話したかな。ラインに理由を書いてくれてるかも、もっと遅くなるのかな?)


「ごめん!ごめん!」


 不意に耳に飛び込んできた言葉に菜都実は笑顔を向けた。


「もお! 帰ろうかと思ってた!」

「悪い悪い、怒んなよ」


 怒ってる彼女の手を引っ張って1組がまたこの場から立ち去っていく。


(冬哉の声とは似ていない声に反応するなんて・・・)


 見知らぬ人へ笑顔を向けた滑稽さに恥ずかしくなり、菜都実は俯いて体をゆらゆらと揺すった。

 冬哉は何処まできているのだろう。何かあったのだろうかと色々浮かんでくる。


(スマホの無かった頃はこんな時どうしていたのかなぁ・・・)




「喫茶店で待ち合わせてたわ」


 そう言ったのはお祖母ちゃんだった。正月に母の実家へ行ったときに何かの話から昔話が始まった。


「座って待てるし、遅れるときにはお店に電話したりしてたのよ」


「ああ、お客様の中に○○様はいらっしゃいますか?ってやつね」


 と、菜都実の母が受ける。


「お付き合いしてた頃は良かったんだけど、結婚したてはちょっと恥ずかしかったわ」

「どうして?」


 もっぱら昔話は聞き役だった菜都実だが、ふと気になった。


春野桜はるのさくらって名前が自分だってぴんとこなかったの。何回か呼ばれて、はい! って」


 そう言ってお祖母ちゃんはころころと笑う。


「それにね、耳で聞くと春の桜でしょ。ちょっと笑われたり、美人かと思ったらしい男の人が私を見てガッカリした顔したりするの」


「春野桜ってちょっとアイドルっぽいよね」

「アニメっぽくもあるかも」


 母と叔母の聡子が菜都実に笑いかける。


「お母さんも喫茶店?」

「私たちは書店。ねっ!」

「あん? ・・・うん」


 ふすまの開け放たれた隣の部屋へ呼びかけると生返事が帰ってきた。隣の部屋で父と叔父さん2人(聡子おばちゃんの旦那さんと母の弟)の3人でゲームをしていた。


「やられた!」


 父の声がしてこちらの部屋へ襖の向こうから顔を覗かせた。


「何だって?」

「デートの待ち合わせ場所」

「欅書店がどうしたの」


 菜都実の母が呆れた顔をしながら会話を続ける。


「母さんは喫茶店で待ち合わせ、私たちは本屋さん」


 両親が本好きだったと聞いたことがない。


「そんなに本好きだったの? 読んでるところあまり見ない気が・・・」

「ただじっと待つより楽しいだろ?」


 父さんが隣の部屋からやってきて話に加わった。


「本を見て回ってお互いグルグルしてて、気付くのに時間かかったことあったよな」

「あったあった」


 2人して苦笑する。


「・・・で、着いたら俺はファッション誌のコーナーを確認してから新刊コーナーに」


「私は趣味のコーナーを確認して新刊コーナーへって事になったのね」


 ふーん、と菜都実は鼻を鳴らした。


「いつだっけ、新刊コーナーで待ってて気付いたら隣同士で並んで立ち読みしてた事があったよな」


 父の持ち出した思い出に目を輝かせて母が乗る。


「そう!あの時は流石に笑ったわ。1時間よ、1時間! 隣に立ってて何で気付かなかったんだろうね」

「しかも、同じ本を読んでたんだ」


 また、2人して笑った。


「で、帰ってきてこの話して・・・本当に彼は運命の人だわ、絶対この人と結婚する! って言ってたよね。お姉ちゃん」


「ちょっ! ・・・止めてよ、そんな事言ってない」

「言ってました~」


 聡子おばちゃんが茶々を入れて、少しのすったもんだ。皆で笑った。

 そして、しばらくの間があってお祖母ちゃんが口を開いた。


「昔は駅に伝言板あったわよね」

「伝言板! 懐かしい。先に行きますとか、30分待ったけど帰りますとかね」

「いつ無くなったんだろうなぁ・・・」


 熟年とお婆ちゃんの4人して遠い目をしていた。






(伝言板かぁ・・・)


 電光掲示板の時計を見ると、思いにふけってたつもりが10分程しか経っていなかった。ふと約束した時の会話を思い出す。


(あれ?)


 駅前で待ち合わせで本当に良かっただろうか? と不安がひたひたとやって来るのを感じた。



「もしどちらかが遅れるようなら、先にお店に行って入っとく事にする?」

「あぁ、予約の時間あるもんね」

「現地集合って事にしちゃおうか? 立って待ってるのも疲れるよね」

「一緒に行きたいなぁ」



(そんな会話をしたような気がする。あれは流れたんだよね? 私は流れたと思ったんだけど)


 と、自問自答。

 自分の記憶が揺らいで不安がむくむくと大きくなっていく。


(二転三転した気もするけど、冬哉はその話生きてると思ってたりして・・・。そうだとしたらレストランに直行しているかもしれない)


 再び電光掲示板の時計を見上げる。レストランの予約の時間が迫っていた。


(今からレストランに向かおうか?)


 でも、冬哉はここに来るだろうとも思う。もし到着したとき自分が居なかったら・・・と思うと菜都実は不安が募った。


(連絡取れない私のこと冬哉はどう思ってるのかな。既読にならなくて電話にも出なくて、私が怒ってるって思ってるかな)


 私が居なかったら怒って帰ったと思うかもしれない。 

 私のアパートまで迎えに行くかな?

 今までどちらが遅れてもお互いじっと待ってた。

 待っていなかったら冬哉は怒る?

 私に腹を立てて冬哉は帰ってしまったらどうしよう?

 でも、冬哉がレストランに行ってたら?


 次から次へと不安の種が芽吹いていく。


 矢継ぎ早に浮かんだ不安と疑念が菜都実の心をチクチクと痛めた。

 菜都実はどんどん苦しくなってきて落ち着かなかった。ここで待つか喫茶店に行くか、心が振り子のように揺れて不安が大きくなっていく。


(どうしよう・・・どうしよう・・・)


 心臓がバクバクして落ち着かなくて、だんだん菜都実の心を悲しい気配が包んでいく。祈るように両手を握りしめて立っていた。


「菜都実!」


 冬哉の声だ間違いなく彼の声だ、そう思った瞬間心の中にある不安の壁が音を立てて決壊した。


「ごめん! 遅くなっちゃって、色々あってさ・・・菜都実?」


 ぽろぽろと涙をこぼす菜都実に冬哉は驚き困惑した。

 何故泣いているのか何かあったのか、自分が何かしでかしたのか・・・。


「菜都実ごめん、泣くなよ。俺、心配したんだよ。電話に出てくれないし既読にならないし、何かあったんじゃないかって思ってさ」


 菜都実は泣きながら、ただ「うんうん」と頷いていた。


「良かっ・・・た。うっ、うっ、冬哉が来てくれて・・・・・・」

「菜都実、ごめんってば」


 何度も頷き首を横に振り、せっかくの化粧が・・・と思いながら泣いていた。


(ほっとした。 良かった・・・嬉しい)


 レストランに向かう間、互いに待ち合わせ場所に来るまでの事を話していた。


 美味しい食事をし綺麗な景色を見て、凝縮したような時間を過ごすことが出来た。

 今まで冬哉の表情や仕草をこんなにじっくり見ていたことがあっただろうか・・・と思い返す。何度も会って話をしてきたけれど、これ程時間を共有したと感じられたことは? ・・・と菜摘は思う。


 心のどこかでスマホが気になってはいなかったか? 心の半分とは言わなくても、何割かは気持ちがスマホへいっていた気がする。




 家に帰り着くと、スマホがベッドの上で淋しそうにチカチカと点滅していた。


 何気なく手に取ると、冬哉から沢山の着信があった。


「ぷっ、ストーカーみたい」


 ラインも沢山はいっている。

 その中には友達からのもあったが返しがないので数回で止まったままだった。しかし、冬哉からのラインは沢山あった。



 「遅れる」から始まり、説明があり、謝罪と心配する言葉。今ここまで来たよ・・・と、冬哉の吹き出しが短くぽつぽつと、幾つも連なっている。


 既に過去になった時間を冬哉の思いを追いかけて、自分に近づいてくるその距離を感じて。道中を話してくれた冬哉の表情をリンクさせて。


 菜都実はまた目をうるうるさせていた。愛してくれてるんだとしみじみ思った。愛されているんだと心が熱くなる。






「ママぁ、スマホって何?」

「掌に乗る薄くて四角い情報端末」

「ふーん、手に持つ物なの? 邪魔だねぇ」


 今の子達は細いカチューシャの様な端末を頭に乗せて、こちらからは何も見えないただの空間に手をひらひらさせながらネットと付き合ってる。あんな経験はもうしないだろう。


 あれからも冬哉とは何度もデートを重ねて結婚をした。後にも先にもあの日のデートだけは忘れない。忘れられない思い出になっている。


 凝縮した時間が宝石になったように、きらきらとした楽しく嬉しい思い出になっていた。両親が話した待ち合わせの話のように、時折思い出しては2人で笑いあう。あの日は、何度でも平成30年のクリスマスイブへ戻してくれる。




 そして、私たちは思い返す度に若かったあの頃に一瞬で返るのだ。






□□□ おわり □□□




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