真っ白なキャンバス

「うわー。キレイだねぇーーー」



僕とハナは、両脇にずらっと続く桜並木の通りを歩いていた。


満開の桜。


寒い冬を越え、眠っていた草木のつぼみ達がいっせいに美しい花を咲かせる季節。


僕らは、初めての春を迎えた。



それにしても、この見事な桜達。


僕は桜を見るたびに、日本人に生まれてよかったなぁ……とつくづく思う。


この桜の美しさは、言葉ではなんとも表現しにくい。


桜には、昼と夜のふたつの顔がある。


昼間の柔らかで穏やかな美しさと、月夜に照らされた妖艶な美しさ。


「トオル、桜も描くの?」


僕の少し前を跳ねるように歩いていたハナが、振り返って僕に聞いた。


「うんー。そうだなぁ」


桜もいいなぁ……。


僕は、そっと目を閉じて真っ白なキャンバスを思い浮かべた。


淡いピンクの花びら……。


キレイだ。




去年のクリスマスに、ハナから絵の具セットをプレゼントされたことをきっかけに、再び絵を描き始めた僕は、絵を描くという楽しさとその魅力にまたすっかりハマっていた。


今では、僕の部屋にはたくさんのキャンバスがあって、なんだかアトリエのようになっている。


ちょっと狭くなったし、いつでも絵の具の匂いが漂っている。


だけど、そんな僕の部屋をハナはえらく気に入っていた。


そして、僕が絵を描いている姿を、飽きもせずに楽しそうに眺めているのだ。


そんな中。


僕はハナに内緒で、ある絵を描き続けていた。


そう、それはハナの絵だ。


僕がプレゼントしたネックレスとピアスをつけて、向日葵のように笑うハナ。


まだ完成にはほど遠いが、ハナと会わない日などにこっそり少しずつ描いている。


たぶん、今年の僕らの誕生日までには間に合うだろう。


僕らが生まれた眩しい太陽の季節。


その特別な夏に、向日葵の花を添えて、あの絵をハナにプレゼントするんだ。


僕は密かに計画していた。



そんなことはみじんも知らないずに、楽しそうに僕の前を歩くハナ。


そんなハナの姿を、少し後ろから見ている僕。


幸せだった。


こんなに大好きになれる人に出会ったのは、初めてだった。


僕は、あの26歳の誕生日に起きた全ての出来事に、ひどく感謝していた。



もしも、僕があの日彼女にフラれていなかったら。


もしも、僕が仕事でミスって残業していなかったら。


もしも、ハナがあの時泣きながら自転車で僕に突っ込んでこなかったから。


僕らは出会っていなかったかもしれない。


だけど、こんな奇跡的な偶然の出会いがホントにあるのだろうか。


もしかすると……。


僕とハナは、いつかどこかで出会う運命だったのだろうか。


そんなことすら真剣に思ってしまうほど、ハナとの出会いには不思議な感動があった。


でも、それが運命であろうが、ホントのただの偶然であろうが。


僕はどちらでもよかった。


ただひとつ言えることは、僕はハナに出会えたことに心から感謝しているということだ。


大切なのは、これから歩いていくふたりの未来だ。


未来は真っ白なキャンバスだ。


ハナと一緒に、たくさんの愛に溢れた人生の物語をえがいていきたい。


ハナは、僕のたったひとりの大切な人なのだ。


そして、ハナにとっても僕がそんな存在であってほしい。


これからも、この先もずっとーーーーー。



僕は、そんなことを願いながら、ハナの後ろを歩いていた。


この幸せは、こうしてずっと続いていくのだと信じながら。



だけど。


そんな僕の想いとは裏腹に。


思いもよらない未来が、僕らを待ち受けていたんだ。



全く想像もしなかった、思いもよらない未来が………。



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