1-30 ~ 41


 緑の中を電子が走り、淡い光と共にホログラムが展開する。パソコンを立体的にすればこうなるって感じにな。で、パッド内のフォルダを見ると、まず動画や音楽や、年齢制限がかかる怪しい画像や性癖の分かる文章とかは一切なかった。代わりに俺が欲しいであろう情報と妙に暗号された一つのファイルがあり、そいつは何をやっても開かない。最新の解除ツールに二日間ぶっ通しで解析させてみたがてんで開く気配がなかった。だが、俺が欲しい情報は見える形で十分にある。それによると、俺の次の行き先はすぐに決まった。が……実は正直、この時もっとよく考えておくべきだったと思ってる。俺はここからさっさとおさらばしたかった。よくは知らないが見知っている人々が死に、友達が一人死んだ。この戦艦ヨシキリが今は墓場にしか思えなかったんだ。


 そして、それは決して俺だけじゃなかった。


 旅支度をしている最中に館内放送が俺を名指しして言った。艦橋にこい。渋々、多分仏頂面だっただろうな、そっちに向かうことにした。詰め始めた荷物をベッドに放り出して俺は自室に鍵をかけずに向かうことにした。今思えば実に間抜けだな。


 さ、コントの始まりだ。ウィーン。艦橋の自動ドアを抜けると昔にやってた機動戦士とか宇宙戦艦とかで見たあの風景が広がっていた。つまり、宇宙空間が見える窓があってその周りには座った連中がコンピューターと格闘していて中央の台座にはこの戦艦の現在を示すホログラフがある。そして、その台座で手を付いている女、めかしこんで老けてきた自分の顔を隠しているせこい女が俺に用事を持っている相手だった。赤い制服はボディーラインピッチリに整えられ、豪奢な勲章(バッジ)を二つ左胸に付け、如何にも軍人らしく背筋を伸ばしたそのお姿はなんとも……鼻につく。彼女はズワイ、足高 ズワイ暫定艦長様だ。


 俺が入ってくるとズワイはところどころが損壊したホログラフそのままに視線を俺に移して言った。


「やっときたの? もう日が暮れたかと思ったわ」


「へえ? 今何時だ?」


 「十二時よ」そう言いやがったんでAかPか聞いてやろうと思ったんだが止めた。俺はさっさと用事を済ませてやりたかった。


「それで、何の用だ? ドックを毒ガスと放射線で汚染したことならとっくに謝ったと思うが?」


「そうね。それはもう済んだ用事。だから違うことよ。ドックのことだけれど」


 なんだと聞いてやるとどうやらこういうことだった。俺は自分の船があるドックで自分の船を爆破した。燃料タンクを消しとばしてやったから跡形も無くなったと思うかもしれないがそうじゃない。あの反発性爆発のおかげで吹き飛んだのは燃料タンクだけだった。だが、三番ドックは汚染されている。そこで俺は船外活動用の工業用大型ロボット「ジオアーケン」を使って俺の船を三番ドックから無理やり取り出し、そいつを二番ドックにぶち込んだ。代わりに二番ドックあったノラへ向かう定期便(リベリジャー)を放り出してな。で、俺の船は二番ドックで鋭意修理中だ。ズワイは暫定艦長としてそのことを咎めたかったわけだな。この委員長タイプめ。


「あなた、何か急ぎの用事でもあるの?」


 ズワイはすうっと目を細めた。諸々の疑いはまだ晴れちゃいない。俺を外には出したくない意図が見え見えだった。俺は素知らぬ顔で


「別に。ただ、自分の船はさっさと直したいんだよ」


「リベリジャーを捨ててまで?」


 俺は頷いて、ここで何か言おうもんなら暴れる気満々だった。腰のデジリボルバーの近くに手を置いて準備はしたが、奴は「そう。だったらいいけれど」とあっさり引き下がる。だが、


「でも、もし何処かへ行こうっていうのなら、残念だけどその出向許可証はもう使えないわよ。なんせ許可者は……」


 釘を打ち付けてきたから、差しきる前にその手を遮ってやった。


「いや、前艦長の押印は例え前であろうが艦長の押印には代わりない。使える」


 行かせたいのは山々だけどね……。頭の固い女め。そんなに俺に外に出したくはないらしい。だが、艦長業務のあれやこれを任せられるのはごめんだったし、やっぱりここにいたくはなかった。まだ何事かを言うズワイ暫定艦長に対し「知ったことかよ」と吐き捨てて背を向け、さっさとこの場を去ろうと考えた。俺の船はまだ修理中だが大急ぎでエンジン周りだけ付け替えれば飛べることは飛べる。細かい修理はこれから行く惑星アクーでやればいい。なに、たったの六十七光年先だ。ワープジャンプはたったの三回。


 考えて、俺が自動ドアの前まで来た時だ。コントの始まり、ウィーン。


「「あ」」


 どこかで見た戦隊ピンクがタイミングよく(、、、、、、、)お邪魔しやがった。


「ズワイさん! こいつ、どっか行っちゃいますよ!」


 鉢合わせになるなり人を指差し、あろうことか、こいつ、呼ばわり。思わず青筋が立ったが彼女の言うことへの俺の疑いはまだ晴れたわけじゃないことも知ってる。それに赤く腫らした目元はそのままだった。彼女にとっては悲しいことの連続だったんだろう。……てか、こいつは俺が何処かに行ってしまうことを知ってるらしい。まずい事態になった。


 ここを振り切って逃げたかったが、俺が動くより早くズワイは細い目で俺を射抜き、「やっぱり」と呟いた。それだけじゃない。ピンクは俺にレイガンを突きつけた。俺は仕方なくズワイに居直ると、


「ヒラ。平井艦長は殺された。そいつはマドゥームを名乗った。だから調査しに行く」


「あんたが殺したんでしょ!」


 こいつはピンク。


「あら? 聞いてなかったわ。そんな重要なこと」


 こいつはズワイ。


「死体はとってあるんだろ? 灰色のロボット警備員のふりをした奴。二体の内どっちでもいい。首筋を確認しろ。黒い蝶か幼虫のタトゥーがあるはずだ」


「一応、確認させるけど。それがマドゥームのマークなの? 聞いたことないわね。彼らが固有のマークを使ったなんて」


 ズワイはホログラフの前で指を横に移動させ、どこかを押し、そのまま誰かと話すように俺が言った特徴を持つ死体を探させるように連絡を入れる。そこからは緊迫した長めの時間があって、折り返しの連絡が入った。ズワイは溜め息を吐いて言った。何処か悔しげにな。


「あなたが言っていた通りだったわ。二体とも刺青がある。黒い蝶と黒い幼虫のね」


 俺は後ろを向き、ピンクにウインクしながら「ほらな」と言ってやった。すると直後に舌打ちが聞こえ、ズワイはズワイで。


「あるにはあったわ。で、それがなんなの? それに探しに行くってどこへ?」


 俺は説明した。嘘を交えてな。ただ本当のところを述べるとすれば、蝶と幼虫の刺青は組織のマークじゃなく、いわば組織内での義兄弟のマークだ。マドゥームの特徴は必ず一対の組を持っていることだった。兄は蝶を、弟は幼虫を掘る。それだけだが、俺が奴らを見分けていた方法はそれだった。ここまで本当だ。で嘘の方は、惑星アクーに行くことに関してだ。アクーには裏組織に詳しい情報屋がいるからそこから探る。アクーはATGの勢力下にないから、レンジャーじゃない俺が単独で向かう。ついでに金を少々くれ。これが嘘だ。最後は別に嘘でもないが。


 ズワイはしばらく黙り込んだが、一度頷いて「分かったわ」と言った。ふう、と安心するのもつかの間だ。続けて


「でも、私の立場上だとあなたを外、それもATGの勢力圏外に向かわせることなんかできないわ。あなたはまだ疑わしい人間。あなたは確かに艦長の殺人犯を殺してここの人々を助けたけれど、マドゥームの兵士を使った自作自演かもしれないわ」


「何?」


「二人を殺したのも口封じかもしれない」


 これだ。こいつは俺のことをわかっちゃいない。もう二十年以上の付き合いがあるはずなんだが、例え俺が敵対してる組織の人間だとしてもヒラは殺せとは命令しないだろう。どうしてか。友達だからだ。食って掛かろうとしたらまだ続けた。


「二人を殺した動画。実に見事だったわ。本当に。でも、だからこそ、余計に怪しいのよ。あなたは部屋の前にいた二人に気づいていたんじゃないの?」


「……そりゃ、あれだ。勘で気づいたんだよ」


 本当に勘だ。俺は勘で攻撃し、勘で避ける。勘で銃の狙いも定めるし、鞭を動かすのも勘だ。咄嗟に嘘がつけないのは俺の欠点だろうな。


 ズワイはまたさらに目を細めて俺を見た。あれ以上細める余地がまだあるらしい。今更上手い言い訳を思いつき、言ったところで通じないだろう。代わりに俺はズワイを睨み返した。嘘は言ってないって具合にな。また膠着があってズワイは「わかった」と言った。どうやら通じたらしい。だが、その代わりに奴はこうも言った。


「出航は許可するわ。ただし条件がある。あなたの後ろにいるフォーミュラピンク、いいえ、フォーミュラレンジャーを連れて行きなさい。あなたの監視役兼あなたの護衛役」


「はあ? 護衛なんかいらない」


「じゃあ、あなたが彼女らを護衛して。外惑星研修って名目しとくから」


 俺は後ろを向いて、行き場の無い憎悪と向き合った。こいつと一緒に旅をした日には俺が撃ち殺される未来しか見えない。しかも後三人もいる。


「言っとくけど、彼女らの自制心はざっとあなたの三倍はあるわよ。安心することね」


 安心なんかできやしない。


 そうして意気消沈しつつ自室に戻れば、何故ピンクは俺に食ってかかったのか分かった。奴は俺の部屋に侵入したらしい。引き出しだの箪笥だのすっかりと荒らされていやがる。生憎ヒラからもらったデータは胸にしまってあるから誰の目にも触れられてはいないが。しかし、一つ疑問なのは、どうして奴は俺が身支度しているのが分かって尚部屋を荒らしたんだ?


 俺は自分の胸を触り、まさかと考えた。そんなことはないのだろうが。念の為、何らかの機械が無いのか室内を隈なくスキャンしてから身支度を再開した。それから十二時間後には修理が完了し、トランク二つを抱えて第二ドックへ赴くと燃料タンクが銀色に変わった俺の船と再会を果たした。後で整備士達に多めのチップを渡しておいた。床に彼らがゴロゴロ転がっていたみたいだったからな。


 さて、他のメンツとも合流した。青、緑、黄、桃。男。男、女、女で共通点のないメンバーかと思われたが、そんなことはない。こいつら全員、俺に熱い視線を投げかけてる。その目の奥に真っ赤な炎を募らせてな。俺は乗船者に対していつも通りに接することにした。下手に明るく振舞って一々噛みつかれるのはゴメンだ。


「ようよう、俺の船に乗船するならいくつか条件がある。まず一つは俺の行動に口を出すな。それから部屋を汚すな。飲み物、食い物を艦橋に持ち込むな。スリッパは禁止。寝巻きは自室で着替えろ。トイレは一人二〇分以上入るな。後、トイレで携帯弄るな。他はおいおい言う。分かったか?」


 頷かなかった奴がいたが放っておいた。俺を先頭に「酔いどれ市場号」に乗り込み、まずはこいつらを自室に案内した。全四階のうちこいつらの部屋は二階の二部屋を男女に分けた。三階には風呂とトイレとシャワーで四階は俺の部屋だ。俺の部屋は十五畳、あいつらの部屋は十畳。まあ、妥当だろ。因みに一階は貨物と機関室と俺の実験室があって、この船の司令塔、艦橋へは三階の中央廊下を真っ直ぐ行けば辿り着く。まあ、その間のセキュリティを三重にしてあるんだが。


「自分の部屋の準備はお前らに任す。俺は艦橋にいる。用があるならそこへ来い。あー、来なかった時のために言っとくがワープの時は立っているなよ。事前警告はする。自室か三階のシートに座ってろ。宇宙初めてのやつはいないよな?」


「いるわけないでしょ。人殺し」


 俺は足早に艦橋へと向かった。だがその前に自室に荷物を置いていると、艦内アナウンスが流れた。無機質で儀礼的な女性の声だ。この船のアドバンスドインテリジェンス、通称「シオン」だ。


「おかえりなさいませ。艦長」


 愛想のない機械だが、並の人間より仕事は遥かにできる。いわばこの船の船頭だ。そして、こいつは俺の秘書でもある。だがこの秘書、俺を迎え入れた途端に愚痴をかましてくる。礼儀正しくな。


「例の爆発が私も私の船もパフォーマンスを低下させています。また新規燃料タンクに互換性のあるドライバが一部欠損しています。他にも燃料タンクと私の同調率が二十五%以下です」


「で?」


「詰まる所、この船の定期メンテナンスを長期に渡ってじっくり行わないといけないでしょう。また旧ソフトウェアへの互換性を持った新規ドライバーの検索と購入。それから、機関エンジンの交換が必要でしょう」


「で?」


「この船はもうダメです。この機におニューを購入しましょう」


 何かにつけて新品を欲しがるところは玉に瑕だが、こうは言ってもその人を超えた数値やら何やらの処理能力を駆使してこの船を動かす最高の相棒だ。因みに彼女は二十五体目の彼女だ。シオンの前はエバンって男だった。自身の高速処理に一定以上の超負荷が長期間かかると彼女は自分の基幹コピーを別に作製し自身は崩壊する。人工知能の欠点であり、そこがまた魅力でもある。こいつらは自身に貯まったキャッシュを廃棄できないんだ。何故ならこいつらの判断基準にはキャッシュが何よりも……。この話はいらないな。


 俺はベッド脇の固定端末にヒラの形見を挿入しシオンに渡した。


「プレゼントだ。新しいパズルをやるよ」


「難しいパズルです。ヒントをください」


 挿入してまだ一秒も経ってない。素晴らしいね。全く。


「ヒントは無しだ。ヒラの……。あぁ……死人にくちなし」


「では……恐らく私では不可能でしょう。二日ほど時間をいただきます」


「いいよ。フィボナッチ数列だろうがエニグマだろうがニイタカヤマノボルだろうが好きにやってくれ」


「それは使いません」


 自室を出て艦橋に入るや否や、先客がいて驚いた。肩まで伸びた天然パーマに大きなスクエア型眼鏡、暗めに見えてその実暗い奴、緑川 英彦(グリーン)だ。とその後ろに青山 コウ(ブルー)もいた。二人は俺を見るや軽く会釈をして俺が口を開く前にまず青坊やが言った。


「僕達はあなたをそこまで疑っていません」


「ほう」


「まず、あの時、感情的になってすみませんでした」

 遅れて緑川も謝り二人して首(こうべ)を垂れた。


「そこまでってことは疑ってはいるわけか」


「すみませんが、それは許してください」


「許してくださいね。まあ、状況から見ても一番怪しいのは俺だろうな。憎悪を向けられるのは気持ちのいいものじゃないが、真犯人を見つけるまでは我慢しておくよ」


 俺がそう言うと、二人は顔を上げた。次に犯人に心当たりはあるのかと聞いてきた。俺は「ワイルドリッチ」のことを二人に伝え、二人の反応を観察した。すると、緑川も青山も実は俺に謝罪しにきたわけじゃないことがすぐに分かる。二人の目の奥にはまだ赤い炎が輝いているからだ。では、彼らの目的とは何かといったら、俺を探りに来たってことだ。


 そのうち、こいつらは全員が内なる敵になるかもしれない。俺は努めて口に出す情報を厳選することにした。俺がATGの一員になる前からワイルドリッチを追っていること、レッド殺害犯はワイルドリッチだと言うこと。それから、これから何をするのかと、どこへ行くのか。惑星アクーで情報屋を頼り、まずはヒラ殺害組織マドゥームを見つけること。これはあくまでダミー目標だが。


 彼らは次々と質問をしていったわけだが、その中で一つ、気になる質問があった。それは青山が聞いてきたことだ。ヒラが死んだ時、何か詳しい手がかりはなかったのか。


 嫌に具体的だった。俺は即座に否定したが、その質問は二重に繰り返された。危うくリボルバーに手を伸ばしたくなる。だが、やがて、二人はこれ以上の探りを止め大人しく帰っていく。艦橋の扉が閉まり、二人が遠かったんだろうシオンが話しかけてくる。


「今の二人の様子は正常ではありません。脈拍が通常値の十二%程度高く、また口調も些か高圧的でした」


「そうだな。今のは詰問だ。質問じゃあないな」


「不穏分子を乗船させておくのですか? 四名を纏めて太陽に射出することも可能ですがいかがでしょう?」


「まだ、いい」


「了解しました。進路は惑星アクーでよろしいでしょうか?」


 俺は黙って艦橋の椅子に座り、無限に広がる宇宙とウン百億年前の輝き達を眺めた。これから大きなことが待っているんだろう。俺は眼前のホログラフを操作し惑星アクーを選択する。



 ワイルドリッチを探さなくちゃいけない。さもなきゃ、俺は俺の船で俺を殺そうとするかもしれない戦隊に多分殺されることになる。そうでなくてもATGと敵対する訳にはいかないんだ。記録はここまでで……


 ああ、そうだ。こいつは先に言うべきことだった。ええ、俺は荒久佐 大河。銀河を隅々まで巡り調和を保つ組織、スーパーレンジャーズ、もとい、エフェクションズシンキング調査顧問兼、ゼネラルミートパイ社理事兼、探偵だ。つまり、……探偵だ。調査記録一、以上。


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The Wild Spaces. 右奥 五巳 @Uou_Idumi

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