第28話 奪還作戦

 その村は遥か北の巨人のお膝元にあった。

 辺境の北に行けば行くほど先細りを続ける村々の例にもれない寒村であるが、此処には一つの伝承が残っていた。

 その伝承とは曰く、冥界下りの伝承だ。

 神話によく聞く、神の夫婦が妻と死に別れた時、その妻を取り戻すべく夫が冥界へと向かうというもの。

 その終わりは大抵の場合、悲劇的だ。

 うまく冥界から大切なものを取り戻せたという話はない。それはこの異世界でも同じことらしいというのは八雲の調べ。

 そして、今から向かうその村には冥府へ通じる道がある。シェオルロウドと呼ばれるそれがあるからこそ、その村は生贄を差し出し無病息災を祈るのだとか。

「なんともまあ」

 聞く限り非科学的すぎるのだが、ここはファンタジーな異世界だ。そういうこともあるのかもしれない。

 いや、魔導科学の結晶が一体何を今更ということなんだが。

 なにせ、高度な科学と魔法が融合して生まれたのが俺という存在なのだから。

「ああ、考えすぎて意味がわからん」

『だからマスターは駄目なのですよ』

 相変わらず辛辣なシーズナルの言葉をスルーしつつ。

「で、八雲。村までもう少しなんだが計画は何かあるのか?」

「無論だ。そうでなければ君や郡川君を呼んだりはしない」

「なるほど。で、それはいつ教えてくれるのかな?」

「早めにきいておきたよねぇ。ふぅ……」

「疲れたなら運んでやるぞ」

「いいよ、べつにー。だって甲野くん、本当に荷物みたいに運ぶんだもん」

 魔獣とかがいる場所で律儀に背負っていくには俺しかまともな戦闘係がいない中では致命的だから、どうしても戦闘を考えた持ち方になってしまう。

 両手がふさがるのは嫌だし、背負うのは骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュストが使えなくなるからなし。

 結局、米俵のように担ぐしかなくなるわけだ。

「しかたないだろ。これでも戦闘係なんだから」

「特質は戦闘系じゃないのにねー」

「ああ、それでそこまでの戦闘能力。魔導サイボーグというのは興味深い」

「さいですか。で?」

「ついてから話そう。協力者と合流した方が早いからな」

 協力者がいるのか。

 どんな協力者なのか思いをはせていると。

「あれだ」

 遥かな霊峰の麓に小さな村が見えた。リーゲルとは雲泥の差、本当に田舎の村だ。

 その入口に一人の少女が立っている。

 褐色の肌、脇腹には辺境人が持つ刻印ミトラスがある。だからなのか脇腹からお腹にかけてを大きく出す格好をしている。

 雪の巨人の足元と呼ばれるような山脈の麓はだいぶ冷えるいうのに、随分と涼し気な格好だ。

 データベースによれば、兵士ミリスの刻印でその能力系譜は強化だ。身体能力などを強化することが出来る戦闘向きの刻印で、子供でも大人を程の出力を出すことが出来る。

「待ったゾ、ヤクモ」

「ああ、待たせたなツェルニ」

「そいつらハ?」

「仲間だ」

「仲間カ……」

 八雲にツェルニと呼ばれた少女は、独特の訛りを見せつつ、こちらにちょこちょこと近づいてくる。

 背が低いから見下ろすことになる。俺の腰くらいの身長しかない彼女は、近付いてきて、すんすんと俺たちの匂いを嗅ぎ始めた。

「鋼の匂い、酒の匂イ。鋼の人は強イ。酒の人は弱イ。これで大丈夫カ」

「問題ない。二人とも自己紹介を」

「郡川恵。メグミでいいけど、わたし、そんなにお酒の匂いするかな?」

「甲野哲也。テツヤでいい。あー、結構染みついてる。ずっと酒場で歌ってたからだろ」

「臭いかな」

「大丈夫だと思うぞ」

「そ。ならいいや。甲野くんがいうなら大丈夫だろうし」

「無駄話はよせ。ツェルニ、二人に自己紹介を」

「ウーラ。ツェルニはツェルニ」

「うーら?」

「辺境でのあいさツ。さ、行ク」

 自己紹介もそこそこに村へと入る。村はまさしく寒村であった。ただ活気がないわけではない。

 辺境のこういう村ほど狩猟が盛んであり、丁度、霊峰に住まう魔物を狩ってきたところであるらしい。

 ドラゴンと見まがうような生き物が広場に寝かされており、丁度解体の祭りがおこなわれているようであった。

「ちょうど狩り終えの祭の時期か」

「ウーラ。良い時期。ヤクモ、すぐやル」

「そうだな。計画を話そう。おまえの家に行けるか」

「ウーラ」

 広場から村はずれへと向かう。

 そこには慎ましい小屋が一軒だけあった。ここがツェルニの家だろうか。

 家の中にもわずかな家具以外にはなにもなく、俺とアリシアが辺境に来た時を思い出す。

「床、座ル」

 椅子などない。家の中央に囲炉裏があり、そこを中心に地面に座ることになる。

 四人で火を囲みながら、八雲は眼鏡をあげて口を開いた。

「では、計画を話す。目的は橋本ゆいを連れ戻すこと。遺体は、裏の氷室に保管してある」

 辺境では、死んだとしても肉体が残っていれば、冥界に行き魂を連れ戻すことが出来るらしい。

 これから行うのはまさしくそれ、冥界下り。むろん、死んだ者を生き返らせるというのは世界の理に反している。

 神の理に背く行為だ。そうやすやすと出来るはずがないだろう。

「三つの試練がある。まず第一に番犬だ」

「ケルベロスとか?」

「いや、違う。巨大な狼だそうだ」

「流石に違ったか。俺が倒すのか?」

「門番を倒してしまえば、死者の軍勢が押し寄せる。一時的に眠らせる必要がある」

「ああ、そっかぁ。だから、わたしの歌なんだぁ」

 郡川の歌には様々な力がある。魔物を引き寄せる魔の歌から、他者の気力を上昇させる歌、眠りを誘う歌など、歌による様々な効果を与えることが出来るのだ。

「確かに郡川の歌なら門番も眠らせることが出来そうだな」

「でも、わたしの歌が効かなかったらどうするの?」

「ああ、そのあたりも伝承で確認済みだ。心配はいらない」

「それは安心なのかな」

「で、その次は?」

「その次にあるのは、謎解きだ」

 ならば八雲の出番なのだろう。俺が謎解きを任せられるとは思えない。シーズナルや八雲が適任だ。

「もしもの時は、君の脳裏妖精にも協力を仰ごう」

「それはそれでカンニングみたいだな」

「本来ならば避けるべきだろうが、万全を期したい」

『お任せを。神の手より死者を取り戻す。良いと思いますよ』

 シーズナルの方も乗り気のようだ。

 珍しいこともある。いつもは自らすすんでこんなズルのようなことを推奨しない。いつもなら自分でやってくださいだ。

『当然です。マスター。神に一泡吹かせられるのですから』

 どうやら神への複雑な感情がおありの様子。

 何があったか非常に気になる。なにせ、こちらのことは相手は知っているのに、彼方のことは何も知らないのだ。

 今度、機会があれば聞いてみることにしよう。

「そして、最後が俺か」

「そうだ。最後に待つ試練を超える。そのために君の力が必要になるだろう」

 具体的な内容は不明。

 ただ力を示さなければならないらしい。そのための戦力が俺というわけだ。

 このまえ聖騎士にやられかけたばかりだし、俺でなんとかなるかわからないが、やれるだけやらせてもらうとしよう。

 いや、やるんだ。

「ツェルニは案内ダ。先導すル」

「大丈夫なのか?」

「ツェルニ強イ。鋼の人、心配必要なイ。信じられないのなら、戦ってみル」

 その瞬間、ツェルニの刻印が励起する。

 輝く兵士の刻印と同時に、その場からツェルニの身体が消え失せた。

「――!」

 問題ない、俺のセンサーは捉えている。空間移動の類ではない。高速移動だ。身体強化を駆使し彼女は天井に跳んでいた。

 完全な意識の間隙。普通ならば反応できないだろう。

 だが、俺は魔導サイボーグだ。正確なところは違うが、その知覚領域は人間とは違う。

 この空間そのものを認識している。そこを移動したのならどこへ移動したところでわかってしまう。

 だから冷静に――。

「ッ――!」

 剣花が爆ぜる。 

 鋼と鋼がぶつかり合い火花を散らした。

 防がれたとわかるや否や、信じられない身軽さで以てツェルニはぶつかり合った剣と短剣を基点に頭蓋に向けて蹴りを放つ。

 その一撃は、人間ならば頭蓋を砕かれるほどの一撃だ。だが、俺の頭蓋なら問題ない。

 俺の頭蓋は硬いのだ。俺はその殺人キックを避けもせずに受けた。

 ごぎぃんと凄まじい音が響いた。

「ッ~~~~」

 蹴ったツェルニが思わず悶絶するほどに俺の頭蓋は硬い。

「な、なんダ!? オマエ、一体なんダ! 硬い、ありえなイ! 鋼の人硬い!」

「いや、まあそういわれてもなぁ。ツェルニの言う通り鋼の人ってことで納得してくれ」

 足を抑えて地面を転がるツェルニは涙目だ。骨は折れていないようだが、随分と痛そうである。

「うぅ……」

「どうだ、ツェルニ。甲野は強いだろう」

「うぅ、強イ。ツェルニの攻撃に反応しタ、村では指で数えるくらいしか反応できなかったのニ。だから、試練いけル」

「それは良かったよ。大丈夫か? 痛いなら見るけど」

 ツェルニは首を振った。

「良し、全ての準備は整った。これより橋本ゆい奪還作戦を開始する」

 八雲の宣言の下、俺たちは橋本を救い出すべく行動を開始した。

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