第15話 鋼鉄の身体は本物の夢を見る

 夜も深まり、辺境の巨人が冷たきに過ぎる寝息を吐き出す頃。

 俺は奴を追っていた。

「シーズナル、奴は」

『前方数キロ。このままいけばリーゲルの前で接敵できるでしょう』

「なら急ぐぞ」

『イエス・マイ・マスター』

 速度をあげる。己の限界などないものと思う。人間では不可能な速度を維持し走る。

 全力の走りをいつまでも続けられることが俺の利点のひとつだろう。

 だからすぐに追い付ける。

「よう! オリジナル!」

「チッ、やはり生きていたかコピー! あの女が!」

 オリジナルに抱えられたアリシアは虫の息だがどうにか生きているようだ。

 オリジナルはアリシアを地面に放り捨てる。

「何をしに来たコピー」

「止めに来たんだよオリジナル」

「馬鹿なのか?」

「わかってるだろ」

「わからん」

「馬鹿だな」

「お前だからな」

「「なら」」

「「骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュスト――!!」」

 互いに背中がはぜるように展開する。

「コピーを壊して世界を破壊する!」

「オリジナルをぶっ飛ばして世界を救ってやる!」

 互いの拳がぶつかり合う。

「ぐ――」

 出力はあちらの方が上。

『問題なく。私が調整、効率化します。アリシアに出来ることは私にも出来ます』

 だがシーズナルのおかげで追いつく。本当シーズナル様様だ。これが終わったらお礼しなければ。

『では一日マスターを好きにできる権利で手を打ちましょう』

「なにされるか怖いんですが」

『ご心配なく。マスターの不利益になるようなことはいたしません』

 とかく性能は同等。

 ならばあとは中身の問題だ。

『空っぽですけどね』

「それ言わないでくれるかな!」

 泣きそうになるから!

「おまえは!」

 そんなゆるいシーズナルとの会話がオリジナルは気に入らなかったのだろう。

「おまえはどうしてそうなんだ!」

「なにがだよ!」

 拳を蹴り返し、オリジナルの蹴りを拳で迎撃する。

「そう言うところだ! お前だってわかるだろ!」

 改造、実験、失ったもの。

 この異世界で失ったものは大きすぎる。得たものはなんだ?

 望まぬ力、望まぬ姿。

 得たのは憧れとは程遠い尊厳を奪われ、未来を奪われ、ものとして扱われる現在だ。

 普通の人間として生きるのは難しい。それはコピーもオリジナルも変わらない。

 望まぬ成果だ。望まぬ礎だ。理不尽だ、赦せない。

 ならもう復讐するしかないだろう。

「ああそうだな!」

 拳で拳を打ち放つ。

 蹴り、頭突き。

 高周波ブレードが激突し、大砲が轟音をたてる。

 まさに戦争だ。

「俺だってそう思う!」

「ならなぜ立ち塞がる!」

「知るか! 生後二ヶ月ちょっとに、なにいってやがる!」

 葬天竜牙クインゲ・アトモスフェーレ激装鋸剣ゼーゲ・シュヴェアートを取り出しオリジナルへと叩きつける。

「俺の記憶があるだろ!」

 オリジナルは、近接大砲の雷砲迅羽ゲフィーダー・カノーネ壊刃裂刃クーゲル・シルトで受ける。

 雷砲迅羽の音を超えた一撃が放たれる。

 なんとか身を捻って躱す。

 僅かに圧力が弛んだ隙にオリジナルは次の兵器を取り出す。

 奴が取り出したのは、錠音打鍵クラシック・フェーデ。巨大なスピーカーのようなそれは楽器のように見えるが、れっきとした兵器だ。

「っ――!」

 放たれる音撃。

 大地そのものを破砕する振動攻撃が直撃する。こんなもの喰らってはひとたまりもない。

 だが、俺は生きていた。

 風が俺を守っている。

『風壁に防げないものは砂くらいです』

「ありがとよ!」

 音撃の終わりと同時に俺は風を蹴った。

 構えるのは炸薬式衝撃加速篭手。黒鉄のシリンダーを回す。

「ッ――!!」

 着地と同時についた右腕から撃発ひとつ。大地を打ち加速する。

 さらに左からも撃発。身体を回転させ、右拳をオリジナルの顔面へと叩き込む。

「この分からず屋が!」

「分からず屋はどっちだよ!」

 オリジナルの拳を俺も同じく拳で迎撃する。

 鏡合わせのように拳打が放たれ、衝撃と破壊を周囲に撒き散らす。

「なんで、おまえはそうなんだ! 同じだろう俺たちは!」

「そうらしいな!」

 鋼鉄の拳がぶつかる。

 皮膚外装がはじけ飛ぶ。

 互いの黒腕を打ち合う。衝撃が内部にまで貫通する。

 それでも鏡映しのように俺たちは拳を打ち合い続ける。

 それはさながら互いの領土を奪い合うようなもの。相手を必殺する術を持ちながら、互いに機会をうかがっている。

 必要な空間を奪い取り、相手を倒す絶好の好機を待っている。

 そして、空間にあふれるのは何も拳打ばかりではない。

「それなのに、何、異世界に来たばかり、いや、現代にいる時のようにのほほんとしている!」

 恨み。辛み。怨嗟。俺たちが共有する地獄。俺だけが持つもの。そういったものが言葉となって拳打に交じる。

 激発するは感情か、篭手か。あるいはその両方か。

 放たれる激昂を拳で受け止め振りぬく。

「のほほんとなんてしてねえだろ!」

「してるんだよ! 見ただろ、体験しただろ、あの地獄を、あの痛みを、あの苦しみを!」

「ああ、したよ!」

 放たれる拳に風が纏いオリジナルの拳を弾く。

 ここで初めて鏡合わせは崩れた。

 風を纏わせた拳がオリジナルを打ちすえ、放った蹴りは風の弾丸を打ち出し吹き飛ばす。

 風をしなる刃のように連撃を放つ。

「くっ! 脳裏妖精の力か!」

「お前にもいるんだろう!」

「俺は、俺は!! 滅ぼす! 俺をこんなことにした世界に復讐するんだ! 力を貸せプラーミア!」

 轟! と爆炎が吹き荒れる。

「これがあいつの?」

『はい。炎の精霊のようです』

「それって風と相性悪くね?」

『否定。強すぎる風は炎を消すものです』

 紅炎と翠風が激突する。

 火の粉が舞い上がり、風が渦を巻く。

 強大すぎる力のぶつかり合いに大地が鳴動する。

「いい加減ここで消えろォ! おまえは、おまえなんか見たくないんだよ!!」

 振るわれた拳は、もう技術はない。

 参照していたものも捨ててオリジナルは強大な力をただ振るう。

「知るか! 俺だって見たくねえ!!」

 それは俺も同じ。

 強すぎる風に引かれるままに拳を振るいぶつける

「なら消えろよ」

「同じこと言われたらどうするよ!」

 当然答えは同じだ。

 だから、互いに引けないし、引く理由もない。

「俺と同じ癖になんで同じにならない、コピーの癖に!」

「それはこっちの台詞だ。俺のオリジナルならもっと普通にしてろよ。俺はふつうだっただろうが!」

 熊谷のように才能があるわけでもない。

 頭が良いわけでも、運動が出来るわけでもない。

 どこにでもいる普通の男子高校生が甲野哲也という人間だったはずだ。

「普通を奪ったのはそこの女だ! 普通でいられるわけねえだろうが!」

「条件が同じで何でそこまで変わるんだよ!」

 なぜここまでズレてしまったのだろう。

 シーズナルがいなかったから? いいや、条件は同じだ。すべての条件はなんらかわらない。俺がコピーであるか、オリジナルであるかの違いに過ぎない。

 ならそれは――。

「自分の問題だろうが!」

「だからこそ同じにならないとおかしいだろうが!」

 互いに拳を叩きつけ、顔面を殴る。

「知るか! おまえの意志が弱いだけだろ!」

「それはおまえも同じだろうが!」

 オリジナルが殴り返す。

 俺がさらに殴り返す。

 いったいどこで差がついてしまったのだろう。どこで分かたれてしまったのだろう。

 自分なのだ。自分自身なのだ。

 オリジナルもコピー、何も変わらず自分自身ならば、協力し合えることだってできたはずだ。

 だが、結果はこれだ。

 ならば何かが違う。

 何が違う。

 すべてはおそらく。

「ブラッドの掌の上か!」

「ああ、そうだろうなコピー!!」

 これすらも実験なのだろう。

 俺に発破をかけに現れたことも、おそらくは彼の実験だ。

「人類の未来のためだとか言って、性能実験でもしているんだろうさ!」

「それがわかっててまだ続けるのかよ、オリジナル!」

「続けなきゃ、俺たちは前に進めないだろうが!」

 片や滅ぼすと言い、片や救うという。

 まるきり対極に配置された意思の方向性。

 決して交わらない平行線は、俺たちに戦う以外の選択肢を奪っている。

「どちらかが残ってどちらかが消える! わかりやすい話だろうが! 俺は実験の証拠であるおまえの存在を許すことが出来ないんだからなァ!」

 別の出会い方をしていればなんて、言うことは出来ない。一歩間違えば、一歩も間違わなければ、こうなるという見本が目の前にいるのだ。

 間違えた方は正しい方を許せないし、正しい方は間違いを許せない。

 だから消そうとする。

「もう何が正しいかもわからないってのに!」

「ならここで消えろよ、コピー! そのあとに俺が世界を滅ぼす! そして帰るんだ! 死んだって止まらねえ、止めたいなら殺せよ、わかるだろうが!」

「ふざけんな! ここでだって生きている人たちがいるんだぞ! 滅ぼさせはしねえ!」

「ああ、わかってるさ、ふざけてる。俺たちだって生きていたんだぞ!」

 普通の生活をして、普通の日常を過ごして。

 つまらないからと異世界に行く妄想をしながら日々を過ごす。

 そうやって過ごしていた。もし異世界召喚なんてされなければ、俺が生まれることはなくオリジナルはいつもの日常ってやつを過ごしていた。

「けど、そうはならなかったんだ」

 異世界に召喚され、俺は生まれた。

 生まれたからには生きたいし、死にたくない。

 だから、戦う。

 この世界を滅ぼされたら、俺の生きる場所はもうなくなるのだ。受け入れてくれた場所が失われるのだ。

「だったら、やるしかねえだろオリジナル!」

「コピー!!!」

 拳を振るう。

 蹴りを放つ。

 燃え上がる嚇怒が風に吹き荒れ全てを火花として空へと上げていく。

 そして、終わりの時がやってくる。

 放たれた拳が炉心を貫く。俺達の急所の一つ。ここを破壊されてしまえば、もう動けないし、何もできない。

「……俺の勝ちだ」

「俺の負けか……」

 甲野哲也の勝ちで、甲野哲也の敗北だ。

 オリジナルが負けて、コピーが勝った。

 ただそれだけだ。

 黒煙が上がり、雲を呼び雨が降る。

 冷たい雨は、憎悪を洗い流すように炎を消してしまう。

「なんで、だよ。俺の方が強いってのに」

「強さは同じだろ。勝てるかどうかは中身次第だろ」

「守るべきものがある方が強いって?」

「そういうもんだろ」

「ひどい話だ。オリジナルなんだからもっといい感じの機能とかつけてくれりゃあいいのに」

「知ってるだろ。量産型の方が安定して強いんだよ」

「ロマンがないな……」

「ロマンはあるだろ……おまえが手を抜いただろ」

「抜いてねえよ。全力だよ、知ってるだろ、俺なんだから」

「わかるんだよ、俺なんだから」

 オリジナルはもしかしたら止めてほしかったのか。

 俺なのだ。俺が俺であるようにオリジナルも俺なら、考えることは一緒だ。

「あるわけねえよ。おまえはおまえで、俺は俺なんだから……熊谷を任せたぞ、俺」

「……ああ、任されたよ、俺」

 それきり、オリジナルは動かなくなった。

 ごとりと体が落ちて、脳を入れた円筒の輝きは失せ消えた。もはや助けることは出来ないだろう。

 炎が鳥のように身体から出て来る。

 それは少女の形を取る。熱そのものの化身は、まるで涙を流すように火の粉を散らしていた。

「…………」

 黙ってオリジナルを見据えた彼女は、俺の方に向き直る。そうして、しみこむように俺の中へと入って行った。

「え、許可なく?」

『滞在許可は私が出しておきました』

「まって、俺の身体だよね?」

『器が小さいですよ。空っぽなんですから別に良いですよね』

「いや、悪くはないけどさ……」

 まあ、いいか。

 シーズナルたちは、この世界では誰かを依代にしなければすぐに消滅してしまう。

 強大な力を持つがゆえに、この世界では長く顕現していられず、風や炎などの自然に溶けて消えてしまう。

 だから、オリジナルの代わりに彼女の依代になるのは良い。

 熊谷と一緒に面倒を見るさ。ここで見捨てるのは、俺じゃないからな。

「――勝ったか」

 そこにブラッドが現れる。

 ずっと見ていたのだろう。

「お前が全て仕組んだんだろ。こうなることも想定済みか?」

「私はそれほど器用な男ではない。対立思考に誘導しただけにすぎん。憎悪と善性。どちらが勝とうとも、人類の発展にはなった」

 魔王が勝ったところで、人類にはカウンターが現れる。

 世界はそのようにできている。カウンターは人類を前に進める。

 だから、どちらでも良かった。

 彼はそういうのだ。

「クソ野郎だな」

「褒め言葉として受け取っておこう。私は所詮、その程度の男でしかない。何一つ犠牲を出さぬと言ったところで、生き残るのは私のみだ。塵屑だろう私は」

「……」

「話すのも嫌かね。私は君を気に入っている。史上最高傑作だ。人が人であるために必要なものを君は証明した。これほど素晴らしいことがあるかね?」

 彼は大仰な動作で腕を広げた。

「これからも人類は前に進む。前に進める。魔獣に脅かされずに済む平和な時が来る。そのためならば私はいくらでも犠牲にするだろう」

「させねえよ」

「ほう?」

「お前に何もさせないくらい、俺が救って、救って、救ってやるよ!」

「不可能だな」

『不可能ですね』

「シーズナルもかよ!」

『人間一人にいったい何が出来ると思っているのですか、限度というものを知りなさい』

「えぇ……」

 ここは嘘でも合わせてくれるところじゃないのか。

『ここで調子に乗らせる必要がありませんから』

「厳しい」

『マスターが甘いだけです』

「つまり良い塩梅ってことだな」

『ええ、まさしく』

 ならいくらでもやってやる。

「見てろ、不可能と言われようとやってやるよ」

「ここで私を倒した方が良いと思うがね」

『本体でないものを倒しても意味ありません』

「マジか、あれ偽物か」

「バレているか。ああ。私は忙しいのでね。だが、楽しみにしていよう。おまえが不可能を可能にする日を。いつだって人間は不可能を可能にしてきたのだから」

 そういってブラッドは消え失せた。

「…………」

 さて――。

「次は、お前だよな」

 血まみれで、ボロボロで。

 うつむきながらもまっすぐ立つアリシアへと俺は向き直った――。

 

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