二人の男

第12話 歌姫の魔性に人は酔い、サイボーグはワンパンする

 朝、朝食を食べてすんなりと開く家のドアをあけ、俺たちはギルドへと向かう。

 歩きなれた道を走っていけば、多くの人が俺たちへ声をかけてくれる。

「おう、兄ちゃん、今日も雑用か? 今度、モルガンのとこが産気づいたとかで休むから、また手伝いに来てくれや」

「あー、また今度な!」

「おう、坊主、扉の建付け直してやったぜ、あんな簡単なので良かったのか? もっとカッコ良く出来るってのに」

「ドアにカッコよさはいらないよ」

「アリシアちゃんを私にくれです」

「なんでギルドじゃなくて外にいるんだあんたは。仕事しろ」

「出勤なのです」

「へいへい」

「おう、アリシアちゃんこれ持っていきな。朝一の野菜だ!」

「わ、と、ありがとう!」

「アリシアちゃーん、これ、見てこれ、良いの入ったのよ」

「また今度とりにいきますー!」

「また助手頼むよ」

「はーい」

 辺境の街リーゲルに来て、早くも一か月がたっていた。

 その間、俺たちは雑用依頼ばかりこなしていたので、すっかりと商店街の人とか、郊外の牧場の人たちと顔なじみになっていた。

『おかげでお金はたまっていませんがね』

「いや、うん、溜まってるのが我慢ならない性質でさ」

 ソシャゲとかで、出来ますよ、って感じに通知が出てるとついついなくなるまでやらないと気が済まない。

 携帯の通知とか全部消えてないと我慢ならないのだ。

 というわけで、ついつい雑用依頼の消化をやってしまった。

 おかげで、今現在、雑用依頼はほぼなくなった。

 ハンターに依頼しなければならないほどの雑用はそれほどないから、こうなってしまえば週に三件ずつくらい増えるくらいになるという。

 そういうわけで、俺は晴れて討伐系の依頼を受けるというわけだ。

「それで何を受けるの?」

「そうだな、何を受けるか」

 悩んでいると、ほかのハンターたちが近くにやっていた。

「お、なんだついに討伐か? ならこの辺りとかどうよ」

 いかついひげ面のドワーフが一枚の紙を取って見せてくる。

 鹿のような魔獣の絵が描かれている。

「おいおい、初めてのやつにそんな大物渡すんじゃねえよ。こっちだって」

 筋骨隆々のエルフが持ってきたのは、蜥蜴のような魔獣が写っている依頼書だった。

「ばっかやろう。こいつはあの変態姉ちゃんと勝てるくらいの実力があんだよ。それならこれくらいが丁度いいだろ」

「いやいや、それならばこれなのでは?」

 すっと横から依頼書を出してくるのは、眼鏡の男だった。

「あんたら、俺が討伐するって時に、いきなりなんなんだ? 新入りにはいつもこんなのやってるのか?」

「ったりめいよ。新入りが早くに死んじまうのは忍びねえ、それが同胞ならなおさらだ」

「お前さんは従弟の大工仕事手伝ってくれたっていうじゃねえか」

「おう、俺の実家の毛刈り手伝ってくれて助かったって女房が言ってたからな」

「友人の錬金術師がね、助かったって言っていたので」

「助かる。で、どれがオススメなんだ?」

「こいつだ」

「いやこれだ」

「これでしょう」

 ただまあ、全員持ってくるのが違うのは何とかならないのだろうか。

「どうするアリシア?」

「哲也が選んだのなら私はどれでもついていくだけよ」

「そういうのが一番困るんだよな」

「私に選択権なんてないのよ」

「そうだな、じゃあ、これにするわ」

 俺はエルフが持っていた蜥蜴の魔獣討伐を選んだ。

「よっし、良い選択だ」

「チ、賭けは負けか」

「やれやれですね」

 お前ら人が何の討伐依頼を選ぶかで賭けをするんじゃない。

 ともかく選び取った依頼書を受付へと持っていく。

「サラマンダーの討伐依頼を受けるのですね。アリシアちゃんのお肌に傷をつけたら殺すのです」

「そんなことさせないから安心しろって。それより受理してくれ」

「既に終わっているのです」

「んじゃ、行ってくるわ」

 アリシアとともにギルドを出る。

 街の西門からが生息地に近いらしく西門を出る。

「お、テツヤじゃねえか。なんだ、ついに討伐に出るのか? 今日は祭りだな」

 出るところで門番にそんなことを言われてしまった。

 何度か雑用依頼で世話になった人で、今ではすっかりと顔なじみだ。

「いや、なんで俺が討伐に行くと祭りになるんだよ」

「お前さん、町で結構有名だからなぁ。雑用ばっかやってるハンターとかお前くらいなもんだし」

「へいへい、どうせ俺は物好きのハンターだよ」

「ま、ハンターらしく討伐に出るんだ。毎年何人かは帰ってこない。おまえはきちんと帰ってくるんだぞ」

「おう」

 門番に別れを告げ街道へ出る。

 採取依頼とか郊外の農場に行くときに使ったりするが、討伐に出るとなるとどこか新鮮だった。

「いやあ、いい天気だなぁ」

 のどかな空。飛ぶ鳥の鳴き声は麗しく。実に散歩日和である。

 ただ街の外はそれほど散歩気分で歩けるものでもないのだが。いつどこで魔獣が出るかわからないのだ。

 街の近くはそうでもないが、万が一というものは常に存在している。出目が悪ければベテランですらどうしようもないような凶獣に出会うこともあるのだ。

『良い風が吹いています。こういう日は良いことがあるものですよ』

「良いことねぇ。どんなことだろうか」

 お姫様に出会うとかだろうか? よくある移動中に魔獣に襲われて、助けてってやつだ。

 もしかしたらそういうのがあるかもしれない。

 いや、よく考えたそれは良いことではないな。誰も襲われないのが一番なのだから。

 じゃあ、お金を拾うとか、そういう方向だろうか。

「なに? 脳裏妖精と話してたの?」

「ん、ああ。なんかいいことがあるかもってさ」

「良いことね、何かしら。お金を拾ったりとか?」

「プッ」

「ちょ、笑わないでよ!」

「いや、悪い、同じことを思ってたからさ。思わずな」

 そんな風に笑いながらしばらく歩けば、件のサラマンダーの生息域に辿り着く。

 辺境は街を少しでも離れるとすぐに魔獣の領域になる。

 魔獣はどこにでもいて俺たちを狙っている。そういう魔獣を狩るのがハンターの仕事だ。

「おーおー、いるな」

 俺のセンサーには動くものが見えている。

「あれがサラマンダーか」

「ええ、あれね」

 岩の上で火を噴いている巨大な蜥蜴だ。

「依頼書の通りだし。あいつを狩ってしまえばいいんだな?」

「ええ。本来ならこんな領域にいないはずのサラマンダーを討伐してくれってことだから」

「んじゃ、さくっとやっちまいますか。アリシアは離れてみててくれ」

「わかったわ」

 岩陰に彼女が隠れたのを確認してサラマンダーの前へと躍り出る。

「こっちだサラマンダー!」

「GUGYAAAAA――!!」

 咆哮を上げサラマンダーがこちらに向かってくる。

「オラァ!」

 拳を握り、魔導サイボーグの力を試すべく限界いっぱいまで力を引き出す。

 拳を引き搾り、銃の引き金を引くように俺は迫るサラマンダーへアッパーを繰り出した。

 魔力炉心から与えられる力が躯体を強化し放たれた一撃はさながら砲弾の直撃したような音がした。

 骨を確実に粉砕した音が響きたり、サラマンダーは天高く舞い上がる。

 小さくなるくらいまで飛んでいった。

「うわ、飛びすぎだろ」

「そりゃ当然よ。魔導サイボーグの最大出力で打ち上げたのよ?」

 当然、天高く飛び上がり、そのまま重力に引かれて落ちていきた。

 轟音と砂煙を巻き上げて、落ちてきたサラマンダーはまさしく潰れた蛙のようであった。

「いや、うん。俺本気出したら駄目なやつだな?」

 アッパーだから良かったものの、これで正拳突きとかしていたらどこまでサラマンダーが飛んで行ったかわかったものじゃない。

「魔獣なら大概の相手には負けないでしょうね。というかスペック見たんでしょ? それならどれくらいできるかわかるでしょうに」

「いや、なんとも。戦ってたけど戦闘訓練だと最大出力ってそこまで出す必要なかったし、露骨に制限されてたし」

「確かに、研究施設こわされたらたまらないから所長がリミッターかけてたわね。今は、かかってないけど」

「気を付けよう。うん」

 とりあえず全力を出す相手は選ぶとして。

「倒したら解体するんだよな」

「素材は高く売れるし、装備品とかを作ったりにも使うわ。討伐証明もだし」

「んじゃ、まあ、とりあえずやってみますか」

 潰れた蛙みたいになってるけど。

「それは私がやるわ」

「良いのか?」

「戦うとかできないからこれくらいはね。めちゃくちゃ潰れちゃってるけど、まあ、行けるでしょ」

「本当に大丈夫か?」

「……大丈夫。これは私がやらなくちゃ。頼ってばかりじゃ、償いにならないもの」

「わかった。頼むわ」

 正直に言えば、助かるのは事実だ。

 なぜならあまり素手で死体とか触りたくないからだ。どんな菌やウイルスがついているかわかったものじゃない。

 魔導サイボーグだから大丈夫なのだが、HIVなどの病気を知っている身としてはあまり血液とかにもは触りたくないのだ。

 戦うときは別だ。そんなことで躊躇っていては自分が死ぬ可能性があるということはシーズナルに耳にたこが出来るまで聞かされている。

「それじゃあ、解体するわね」

「おう」

 そういうわけで、解体をアリシアに任せて俺は血の匂いに引かれて別の魔獣がやってこないか見張る。

「ぅ、ん――しょ」

 アリシアがサラマンダーの解体を始める。用意していた解体用のナイフで丁寧に皮を剥ぎ、骨を断ち、肉を切り開ける。

 骨はそれぞれ抜き出し、牙は一本一本丁寧に抜いていく。目玉はそのままくりぬいて瓶の中へ。

 解剖しているような正確さで臓器をそれぞれ取り分けていく。

 魔獣には無駄な部位がないとはギルドにいるハンターたちの言葉だ。とにかくどこもかしこも使える部位ばかりなのだとか。

『しかし、サラマンダーはなぜこのような場所にいたのでしょうか。彼らの生息地はもっと南か、西の方ですが』

 アリシアが解体している間に、シーズナルがそんなことを言ってきた。

 表示されたデータと地図を見比べると確かに、サラマンダーの生息域とこの場所は異なっている。

「一番ありそうな理由は環境が変わったとかだよな」

『最近、大きな環境変化は観測できていません。風は常に同じく吹いています』

「なら別の要因か。調べてみるか」

 もしかしたらクラスメートの誰かがいるかもしれない。いなくても誰か異世界人がかかわっている可能性がある。

『そういうと思って風に聞いています。ここから西の方の街に歌姫がいるらしいです』

「歌姫? 歌姫ってあれか、歌を歌う人」

『肯定。歌うたいの中でも最も素晴らしい女性がそう呼ばれることがあります。サラマンダーの生息域にある街ですので何かしらの関連性があるかもしれません。どうにも風が騒がしいのです』

「歌か」

『心当たりがおありですか?』

「ああ、クラスメートに滅茶苦茶、歌がうまい奴がいてさ。もしかしたらそいつがいるかもしれない」

『ならば次にやるべきことは決まりですね』

「ああ、良いこと確かにあったな」

『そうですね。それでそのお方の名前は?』

「郡川恵。クラスで一番歌がうまかった女の子だよ」


 ●


 彼方の光を追いかけて。

 いつかどこかで出会えるとも。

 はかない夢と散るのなら。

 私はいつか、あなたに歌いたい。

 好きの気持ちも、嫌いの気持ちも。

 全部全部、目の前を通りすぎて。

 凍てついた心の前には。

 火をつけて、あなたの言葉で。

 忘れさせて、この冷たさを。

 どうか、どうか。

 あなたの歌で――。


 歓声が響き渡る。

 ステージの上、わたしは奇妙な弦楽器を弾いて、歌を歌って。

 誰もがわたしの歌に酔いしれている。

「…………」

 息を吸って、その拍子に首輪の鎖がかちゃりとなる。

 わたしは、一体、いつまでこうしていればいいんだろう。

 何も知らない場所に連れてこられて、奴隷に落とされて。

 牢屋で歌っていた歌に目をつけられて、わたしは今ここにいる。この楽器の使い方だって知らない。

 ただ、それとなく鳴らしているだけ。

 わたしは、どうすればいいんだろう。

 誰もがわたしの歌を聞いている。誰もがわたしの声をほめてくれる。

 嬉しいか、嬉しくないかで言われたら嬉しい。

 わたしはこうやってステージの上に立つことが夢だった。

 だから、嬉しい。

 嬉しいけれど、何か違うような気もしている。

 わたしの歌は、何なのだろう。

 わたしはどうして歌っているの? わたしはなんでこんなところにいるの。

 でも歌わなくちゃいけない。

 わたしは歌姫だから。

 歌わないと売られてしまう。次売られるのはどこかの貴族で、一夜の慰み者にされてしまうかもしれない。

 それはなんだか嫌だった。

 こんなところで歌っているよりも嫌だった。

 だから、わたしは歌う。

「花開く、その先へ――」

 わたしは歌う。

 歌う。歌う。

 歌う。

 誰か。

 誰かいないの? 助けてくれる人。クラスメート。誰か、

 誰でもいいの。わたしは歌いたいけど、歌いたくない。

 みんな死んでしまうから。

 わたしは、どうしたらいいの。

 わたしの歌にみんな酔いしれている。

 わたしの歌を聴いた人はまるで薬を飲んだみたいに熱狂する。それ以上に、わたしのためなら死んでもいいと言われた。

 わたしの歌を聞けるなら何でもするという人がいた。

 わたしはただそれが怖くて。

 でも歌わないでどうにかなってしまうのはもっと怖くて。

 わたしはどうすればいいんだろう。

 わたしはなんでここにいるんだろう。

 ぐちゃぐちゃとぐるぐると、回り続ける思考はまとまってくれない。

 むしろどんどん深みにはまっている気すらある。

 だから、今日もわたしは何もわからずに何も決められずに歌い続ける――。

「本当にこれで良いの、ねぇ……」

 呟いた名前の、あの人はきっと何も答えてくれない

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