第8話

 マレクの城は摂政トクビルが生み出した巨大オークによる”空中庭園の崩落事件”により大部分が失われ今も再建工事中だった。

 幸い、城の中枢である玉座の間は崩落事件の影響を受けていなかった。

 玉座の間の中央には大きな一枚岩で造られたテーブルと、黄金で出来た玉座があった。

 岩のテーブルは巨大で部屋の面積の半分程を占めている。

 黄金の玉座はドラゴンの頭部をかたどっていた。

 その見事な玉座に髭面の男が収まっていた。ザイログだ。

 ルガーは前にこの玉座の間に来た時の事を思い出していた。

 その日、ルガーとリモはザイログからオストラス山でのドラゴンの偵察を命じられたのだ。



 ザイログは笑った。

 「悪りィな。ルガーの旦那、リモちゃん。こんな時間に呼び出しちまって。席についてくれ」

 ザイログに促されルガーは目をこすりながら岩のテーブルの

とリモは岩のテーブルについた。

 「よし、席についたな・・・旦那はエールで良いかい?リモちゃんは飲み物何にする?」

 リモは前屈みになって岩のテーブルの彫刻を手でさすっている。

 「リモ?何してる?」

 リモは応えない。

 「ザイログ、リモには茶をやってくれ」

 「ようがす」

 (ルガー、この彫刻何に見える?)

 リモはイスを降りて地面に四つ這いになっている。

 「何って・・・人間じゃねェか」

 (そうだね。イスにもテーブルにもびっしりと多くの人達が彫り込まれてるね・・・そしてみんな目と口を見開いている・・・)

 「ああ、そう見えるな。それがどうした?」

 (どうもしないよ・・・ただ彫刻の視線の先が気になっただけさ・・・)

 「視線?」 

 (ほら、彫り込まれた人間の視線は一カ所に集まってる)

 「視線?」

 ルガーも彫刻をまじまじと見た。テーブルの側面には等間隔で横線が何本も彫り込まれ、その横線の合間にびっしりと人が彫刻されていた。つまり人の形は層を成して何百人も並んでいるのだ。そして彫刻の人の目と口は奇妙な程大きく開かれていた。その見開いた目の中の眼球は皆が一つの方向を見ていた。

 その方向とはテーブルの裏側、丁度リモ達の反対側の方向だ。

 (視線の先は何だろう?)リモは四つん這いで床を這って行く。ルガーも気になりリモの後を追う。

 「さァ、お二人とも話を聞いておくない」

 ザイログが大きな声で言った。

 ルガーはテーブルの上に視線を戻した。テーブルの上の大皿に山のように黒いガラスの欠片が積み上げられていた。

 リモもテーブルの観察は止めて椅子に座って(何です?このシネフィル玉の山は?)と聞く。

 「こいつはエルフガルドが送ってきたモンだ」ザイログは笑いながら言った。

 (映像を記録・再生できるシネフィル玉ですね)

 「ああ、だが馬鹿にした話だ」

 ザイログはシネフィル玉を一つ掴むとテーブルの縁で半分に割った。断面は光を発し、天井に映像を映し出した。

 映し出されたのは”四英雄の凶行”だった。かつてマレクの四英雄と呼ばれたトクビル、カルネ、マールの三人がエフルガルドの山村”トラス村”で行った虐殺の映像だった。逃げまどう住民を殺して最後は村に火を放っていた。

 ルガーは映像には目もくれずリモを見ていた。

 リモは微動だにしなかった。

 映像はカルネと女エルフが対峙しているところを映している。

 ドン! という音が響いた。

 シネフィル玉はルガーの鋼鉄の拳の下で粉々になっていた。

 「すまねェ、ザイログ」

 「構わねぇよ、ルガーの旦那。胸糞わりぃ映像だ。こいつらには全部おんなじモンが記録されてる。で賠償金として土地の購入代金の支払いをしろと迫ってやがる」

 「どうする気だ? ザイログ」

 「ルガー殿、せめてザイログ王とお呼びください。

陛下は先の選挙によって選出された正当な第十五代マレク王ですぞ」

 先ほどの赤ら顔の大臣が言った。

 「オールドマン。堅てェこたァ、言いっこなしだ。前にも言ったろ。港の差配人のおいらを有り難がる必要なんて全くなねェって。軽んじてくれていいんだよ。どんな扱いでも、おいらはおいらが正しいと思う事をやるだけだからよ」

 ザイログは淀みなく言った。ルガーはそれを聞くと「すまねぇ・・・ザイログ・・・王」と詫びた。

 「おい、おい、旦那。気持ちわりぃな」

 「いや、今後はザイログ王と呼ばせてもらう。でどうする? エルフガルドに金を払うのか?」

 「まさか。そんなのはシカトだ。第一カネは全然ねぇ。新しい鉱脈を見つけねぇと全員喰いっぱぐれちまうぜ」

 ザイログは大きな声で笑った。

 その笑いを掻き消すようにリモが言った。

 (ザイログ王のやるべきと信じる行動に皆が反対した場合は?)

 リモの目からは涙が流れていた。

 「それでもやるさ。おいらは人気取りをしてェわけじゃねえからな。皆が誉めてくれたって”やるべき事”をやらなかったらおいらに王の資格はねえ。それに本当に必要な決断は、後になったら皆にも分かるモンよ、いや・・・違うな。分かってくれなくてもいい。例え孤立無援でも、皆におもねって”やるべき事”をやらねぇ、もしくは”やらなくていい事をやる”よりは百倍マシさ。結局それは皆がおいらを王に選んでくれた信頼を裏切る行為だからよ。それだけはやっちゃいけねェと肝に命じてる」

 ザイログはリモの目を見つめながら言った。リモは立ち上がると床に膝をついて言った。

 (ザイログ王。皆があなたを選ぶはずです)

 「よせやい、リモちゃん。差配人になる時、先代に言われた事の受け売りだよ。滅私奉公。でなきゃ人はついてきてくれねぇって。それより座ってくんねェか?」

 リモは席に戻った。丁度、ルガーとリモの前に飲み物が運ばれてきた。

 「飲みながら聞いてくれ。頼みてぇのはオストラス山のドラゴンの偵察よ。最近ドラゴンの鳴き声が聞こえたって報告が相次いでる」

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