第7話

 (どっちも本当は君に聞かせるために言ったんじゃない。薔薇の館の男と海賊を脅すのが目的だったんだ)

 リモはそう言うとスープに息を掛けた。リモとルガーは騎士団本部近くのレストラン”小さな世界”のカウンター席にいた。昼下がりだったが店内は客でごった返している。

 「海賊は全身氷漬けだっただろ?脅して何の意味がある?」

 (ああ、あれね。実は・・・氷漬けになっても意識はあるんだよ)

 「何だと?!」

 (そう、だからあの海賊に聞かせるために言ってたんだよ。彼は強かったからね。僕を畏れてもらおうと思ったんだ)

 リモはスープを一口飲んだ。

 (だから氷になってる時の事も全部知ってるよ。本当にビックリしたよ。オストラス山の地底湖にあんな生き物がいたなんて!元々はもっと普通にトンネルか何かで海と繋がってたんだろうね。船が通れるくらいのさ。でも今じゃ崩れちゃってあの生き物しか地底湖と海を行き来できない。おそらくウナギの仲間だと思うんだ・・・)

 リモはそう言いながら目の前の皿からウナギの串焼きを手に取ってルガーに見せた。

 「美味そうだな・・・ウナギか・・・あいつは食いでがありそうだったな・・・まぁあいつにはオレ達が食われたわけだが・・・でもあんなデケェから食ったらさぞ大味かもな」

 リモはルガーを無視してウナギを食べている。ルガーは構わず続ける。

 「にしても氷漬けになっても意識があるとすると・・・」

 (・・・何?)

 リモがルガーの顔を見る。

 「ノールの王族が氷漬けになる話だ。奴ら一体どういう神経をしてやがるんだ」

 (そうだね。氷漬けの王族は解凍後は精神に異常をきたしている場合が多いね。ノール王家の公然の秘密だよ)

 「・・・なるわな・・・デミドフとかいう野郎は三百年間氷漬けだったんだろ・・・どんな気分だろうな」

 (そうだね・・・ゾッとするね。でも僕の方は・・・君の意外な一面を見れてなかなか楽しかったよ)

 「そうだ!!その話もあった!おまえは何でとっとと魔法を解かなかった!?」

 (条件を満たしてなかったからさ。ギャラハット先生も言ってただろう?魔法は再帰的だって。”往って戻る”のが魔法の本質なんだ)

 「それくらい分かる。”往く”ってのが氷になること。”戻る”ってのが溶けることだろ?」

 (そうだよ)

 「だから、氷になったすぐ後に魔法を解けばいいじゃねェか」

 (そこまで便利じゃないんだ。”どこまで往ったら戻る”かを決める条件は”往く前”つまり呪文詠唱時に組み込む必要があるんだ。あの時僕は”マレクで太陽の光を浴びたら溶ける”ことを条件にしちゃったんだ。死を意識したからね。マレクの太陽を思い浮かべちゃったんだ)

 「面倒な条件付けたな」

 (君には迷惑掛けたよ・・・。でも・・・急いでたし・・・自分に魔法を掛けるのは初めてだったし・・・)

 リモの声(テレフォノ)が小さくなった。

 「まぁいいさ。ここはおまえの奢りだ」

 (・・・いいよ!)

 「でも分からねェな。”テラトラン”とかいう炎の魔法や回復魔法は”往って戻って”きてねェだろ?」

 (いや、同じだよ。”借りは返す”必要があるよ。何て言うんだろ・・・薄く広く”世界全体”から借りることで”つけ”を支払ってるんだ)

 「聞いても分からねェな。分からねェといえば、ドラゴンだがよ。ありゃ、何処行ったと思う?」

 (分からない・・・そのうちどこかで目撃されるだろうね。でも・・・変だよね・・・)

 「何が?」

 (”長き眠り”の目覚めからすぐに飛び立ったことだよ。”フレイム”まで吐いて・・・随分気が立ってたと思わない?)

 「俺たちが周りで騒いだからイライラしたんだろ?」

 (・・・かもね。ただ・・・何処かを目指して飛び立ったように見えたのが・・・気になるね)

 リモはスープに口を付けた。

 ”小さな世界”の真っ黒に変色した木製の扉が乱暴に開いた。店内の人間が一斉に扉に注目する。

 「ルガーァ!!いるかァ?!」

 目つきの悪い男が開けはなった扉から店内を見回す。

 「こっちだ!!」

 ルガーが手を上げる。

 目つきの悪い男は二人の男を連れてルガーとリモの座るカウンター席の後ろに来た。ルガーの前にあったグラスを取り上げると一口飲んで顔をしかめた。

 「・・・まずいモン飲んでやがる」

 「何の用だ?モントーネ。オストラス山の件はさっき報告したはずだ」

 ルガーがグラスを奪い返しながら言った。

 「団長と呼べ!ルガー。どうせ飲むならもっと良い酒飲め」

 リモは目を閉じてスープを飲んでいる。

 モントーネはルガーとリモの間に顔を挟むように少し前かがみになった。

 「すぐ城に行け」

 (何故?)

 リモは相変わらずスープを飲みながらテレフォノで言った。モントーネはリモの耳元に口を近づける。

 「殺しだ。城で人が殺された」

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