第12話 赤裸々に ─哲也side─

「よくも私の家の敷居がまたげたわね」

「お前が呼んだんだろうが!」

「お父さん、哲也が──」

「ちょ、待て! 親父さんを呼ぶのは勘弁してくれ!」

葉月は自分のテリトリーに入るとリラックスする。

あれ以来、数えるほどしか来ていないが、それは判る。

先日、和真が訪れたらしく、その時もちょっと弾けてしまったらしい。

例によってその後、「どうしよう」なんて相談してきたのだが、聞いた限りでは何の問題も無さそうだった。

寧ろ和真は喜んでたんじゃないかと思う。

「さ、入って」

客間に通される。

葉月は絶対に、自分の部屋には俺を入れない。

美澄は何度か訪れているようだから、俺は汚物認定されてるのだろう。

いや、年頃の女の子だし、自室で男と二人になるのを避けるのは普通か。

まあ、家に入れてもらえるだけマシとも言えるし。

「水でいい?」

「せめてお茶にしてくれ」

「図々しいわね。和くんなんて遠慮して玄関だけで帰っていったのに」

「その玄関で、好きな男に消毒用アルコールぶっかけるような奴に言われたくねーよ!」

「……和くん、怒ってるかな?」

メンドクセー!

「お前、さっさと和真に抱いてもらえ」

「どうしてそんなこと言うのよ!」

「いや、マジで、抱かれたら解決するような気がする」

「……きっと、汚いって思われる」

「あのさぁ、そりゃ匂いとか液体とかいろいろあるが、そんなものは当たり前のことなんだ」

「む、胸だってまだ完璧じゃないし」

完璧な胸ってなんだ?

完璧主義者が潔癖症になりやすいとは聞いたことがあるが、コイツは筋金入りだ。

「そもそも、あの時にちっこい胸は見られたんだろ?」

俺の位置からは、服を脱ぎ捨てた葉月の真っ白な背中が見えた。

葉月の真正面に立っていた和真は、その胸を目に焼き付けた筈だ。

「つまらないものを見せてしまった……」

「自虐的すぎんだろ!」

つまらないどころか、一生もんの大切な記憶じゃねーか?

「あなたが……悪いんでしょ」

「そのことに関しては何度だって謝るけど、お前だって急に立ち止まるから」

「だって……」

判ってる。

あの時、俺に追いかけられてた葉月は、和真に助けを求めた。

俺としては、ちょっとスリルのある鬼ごっこくらいのつもり。

和真もそうだっただろう。

だからアイツは、自分のところに逃げてきた葉月に向かって、「きったねー、こっち来んなよ」と言った。

葉月に対してと言うよりは、葉月を追いかけているものに対しての発言と言えるのだが、葉月はあまりのショックで立ち止まってしまった。

追いかけていた俺は止まり切れず、犬のクソを葉月に……。

あの頃から葉月は和真が好きだった。

好きな相手に「汚い」と言われたと思い込んだ葉月は、潔癖症を更に拗らせていく。

いや、葉月自身、あの言葉が和真の本意では無いことくらい判っている。

判ってはいても、本能的にあらがえないのだ。

汚いと思われたらどうしよう?

その不安から逃れられない、可哀想なヤツだ。

「やっぱ無茶なくらいな荒療治しかねーよなぁ」

「また荒療治?」

懐疑的なジト目を向けてくる。

まあそれは仕方ないが、現状を打破するには何か思い切ったことが必要だ。

「お前、朝に自分の席の位置を知ったとき、どう思った?」

「え? そりゃ、嬉しいけど、どうしようって」

「そういうんじゃなくて、もう思ったまんま、その時の心情を赤裸々せきららにぶちまけてみろ」

「……」

「一切、飾るな。お前のキャラ崩壊とかどうでもいい。お前の真実を見せてみろ。心の声を語れ」

何故か葉月は俺を睨む。

いや、決意みたいなものか?

「……え、ちょっと、ヤダ」

!!?

一瞬、何が起こったのかと思った。

言っている内容は、そんなことを話すのはイヤだと取れるが、口調も声色も変わっていた。

「和くんの前だってどうしよう! 嬉しい! しかも和くんから先生に言ってくれたなんて! もうもう和くん大好き!」

「……」

「な、何よ」

やべー! 衝撃的だ!

コイツにこんな一面が隠されていたとは!

長年、幼馴染をやってても、知らないことは多いもんだな。

だが、現状を打開するには、これくらいの破壊力は必要かも知れん。

「授業中はどうだったんだ」

「……あーんもう、背中にほこりとか付いてないかな、髪、もっと丁寧にかしたら良かった。あ、ちょっとヤバい! 和くんの声が真後ろから聞こえてくる! やだっ、お尻なんて言わないで! そんなこと言われたら──って、何言わせるのよ!!」

コイツ、想像以上にアホだ。

だが、授業中にいったい何があったんだ。

まさか、和真がお尻について葉月に言及するとは思えんし……。

「ちょっと、黙り込まないでよ」

「……お前、もうそれで行け」

「は?」

「さっきのキャラでいい。あれで和真に迫れ。虚飾を取り払ってしまえば、潔癖症だって改善する」

「ば、馬鹿なこと言わないでよ! 普通に死ねるわ!」

死ぬこたぁねーだろ。

と言うより、葉月のイメージがあるから受け入れにくいだけで、普段から可愛く振る舞ってるヤツなら、さっきの姿も可愛く見えるんじゃないだろうか。

「あなたも、語りなさい」

「は?」

「美澄に対する想いを赤裸々によ。羞恥心も虚栄心も要らないわ」

……よし、やってやろう。

「ああっ、美澄、美澄ぃ、今日もかわええー! たまらん、ちゅっちゅっしてえ! おおっ、たまにしか聞けない声が! ああっ、その声で俺の名前を呼んでくれぇ! みしゅみぃ!」

「……」

「だ、黙るなよ」

「引くわ」

こ、コイツ……!

「もうあなた、そのキャラで行きなさい。きっと美澄もドン引きするから」

「はっ、人のことをとやかく言ってる場合かよ」

しゅん。

えー! 普段の傲慢ごうまんな態度は何なんだというくらい、和真が関わると弱くなる。

「ごめんなさい」

「……まあとにかく、お前はまず、アイツを和くんと呼ぶところから始めろ」

「も、もう四年くらい呼んでない」

「普段から俺や美澄には言ってるだろーが。まずは俺を和真だと思って呼んでみろ」

「えー」

露骨に嫌そうな顔しやがって。

「いいから!」

「か、和きゅん」

「いきなり噛むな」

「きゃずくん」

「……」

「ご、ごめんなさい……」

「まあいい。取り敢えず、素直に笑顔で言えるよう、一日百回くらい鏡の前で練習しろ」

「わ、判った」

和真に対して素直になれないくせに、和真に関することには素直だ。

はぁ……。

葉月はともかく、俺はどうすっかなぁ……。

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