第19話 デート③

 夕日が映える茜色あかねいろの西空の下で三人が噴水広場まで目指すとき。


「次は噴水広場で噴水ショーが行われますね」


 先程の謎解きゲームから胡桃さんは僕達と行動を共にし、電車の中でひいなにバレないようにお願いした胡桃さんであったが、ひいなが一向に同じ学校の人であることに気づく気配がなく、通行人として見ているため、このまま一緒に過ごすこととなった。


「あれ?お二人のつけているのはペアルックですか?」


「そうだよ」


 僕達はイヌ耳をつけて、胡桃さんはネコ耳をつけている。ちなみに、僕とひいなは犬派で、胡桃さんは猫派だそう。


「あっ、一回写真に収めもいいですか?」


「うん」


 そして、僕とひいなが映っている写真を撮った後、胡桃さんとひいなの二人は、撮った写真を見せ合いっこをする。その傍らに僕が二人を眺めている。


「そういえば、まだ彼女さんには見せていない写真があります」


「えっ、どれどれ」


 まさか、密着取材で撮った写真を……


「もしかして、警戒しましたか?」


「いえ……」


「ふふ、でも密着取材の写真は見せないので安心してくださいね」


 彼女が見せたのは、遊園地で撮った写真だったので大丈夫のようだ。


 この中には僕とひいなや華さんの学生服姿の写真が入っている。そして、それを知った彼女が僕と胡桃さんが実はこの日に二人で遊園地に行く約束をしていたのではないかと疑う。


 そうなれば、バレたときでも対応がややこしくなるからだろう。


「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったけど、何ていうの?」


「私の名前ですか……」


 彼女は、下を向いて考える素振りをして


「柳木君はこの場合何て答えれば正解だと思いますか?」


「え……?」


 なぜか彼女が僕に尋ねてきた。しかし、この状況を見た彼は彼女のことを野放しにすることはできなくなる。なので、彼女に巻き込まれている僕も一緒になって考えなければならない。


 ここで、幾つか浮かぶものとしては、彼女に偽名を教えるか、話を逸らして触れられないようにするかである。


 前者はおそらく学校で見かけた時は、大変になる。後者の方なら、誤魔化すことができるだろう。


 彼が後者について考えている中、ある話題が頭に浮かび


「あ……!姫菜さんは、この旅行券でどこか行きたい場所とかある?」


「京都や奈良に行ってみたいかな」


「京都や奈良に興味があるの?」


「うん、昔に住んでいた人達の街並みを見てみてみたり、着物とかを着てみたりしたいね」


「そうなんだ……」


「それで、どんな着物を着てみたいですか?」


「うーん、ピンクカラーの華やかな着物を着てみたいかな」


「へえー、そうなんですね」


 この話をもとに三人で旅行の話をすることになる。これで、とりあえずは話の路線を変えられたようだ。


「ありがとうございます、柳木君」


 彼女はニコッと笑顔を向ける。それを見た僕が何も起こらなかったことに一安心する。


 そして、三人が目指していた噴水広場に到着し、そこには多くの観客達でにぎわっている。


 その頃、僕達の頭上にある空の色はだんだんと深みのある青に染まってきて、周りのライトアップされている電球が一段と輝きを増す。


「どこか見やすい場所まで移動しよう」


 彼女が僕の手を握り、連れられる中、胡桃さんも片方の手を握る。


「……?何で胡桃さんが手を繋いでいるんですか?」


「ここは彼女さんに合わせようと思いまして」


「ここで見られたらまずいですよ」


「大丈夫です、一瞬だけですので」


 移動のときだけならひいなに見られる心配はないが、疑問が残る。とりあえず、ここは見てみぬ振りをしておくことにする。


 しばらくして見やすい位置に辿り着いた僕達は、その場に立って噴水ショーが始まるのを待つと


「あ!光が消えたよ!」


 静寂に包まれた噴水広場で一つの光が再び点灯し、水が噴き上がるのを見る。


「すごく綺麗だね!」


 噴水ショーを前にした観客達も歓声が大きくなる。


 実は、噴水の歴史はとても古く、紀元前3000年頃のメソポタミア文明の時から知られているようだ。当時の人々の間では、"自然に湧き上がる水"ということから神秘的な力を感じ、ギリシャでは噴水の周りに神殿までが作られた。


 今では、長い歴史から受け継がれた噴水が、このようにして水に光を組み合わせるまでになった。


 噴水ショーのクライマックスに差し掛かり、その後の最後のフィナーレを見終わって


「もう終わっちゃったんだね、もう少し見たかったな」


「かなり短く感じましたね」


 彼女達が感動の余韻に浸っている中、時計の針はちょうど六時を指し、もうすぐ帰る時間となる。


「では、最後に観覧車なんてどうですか?」


「うん、最後はそれにしよう」


 僕達は遊園地が閉まる前に観覧車まで移動して並んで待ち


「ではお次の方は前へ移動して、ご乗車ください」


 スタッフに誘導されて中に入り、椅子に座る。


「観覧車に乗るのは、すごく久しぶりです」


「私が最後に乗ったのは小学六年生の時かな」


 観覧車なんていうものは、遊園地に行かないとそうそうない。


「ちなみに柳木君も観覧車に乗るのは久しぶりですか?」


「久しぶりです」


 僕が観覧車に乗ったことがあるのは、四年前の七月の引っ越しする前にひいなの家族と遊園地に行った時のことだ。


 その当時は、ひいなと妹のひまと三人で一緒に遊んだ。ひいなとひまは僕の手を握り、いろんなところに連れられた思い出がある。こうして彼女達と遊んだのはすごく楽しかった。


 車で帰る時になると、僕が乗る車に二人が押し寄せて、後部座席に三人で座ることになる


 車の中では、遊園地のことで話が尽きるまでいっぱい喋った。しばらく僕と話していた二人が、いつの間にか僕の肩にもたれかかり寝息をたてて寝ていた。


 そんな記憶が頭の中によぎる。


「そっかー、みんな久しぶりだったんだね」


 夕方と夜の境目の時のゴンドラの中から見る景色は光が点々としていてかなり綺麗で、見る者の心を癒やす。


「柳木君は私と彼女さんに挟まれて、今どんな気持ちですか?」


「……それはいろんな意味で緊張します」


 僕の隣に座っている彼女達の肩の距離感は、ぶつかりそうなくらい近い間隔だ。


 そうなれば、景色を堪能するよりかは焦りの方が生じる。


「柳木君は男の子なんですね」


「えっと……」


「ふふ、なんでありません」


 彼女は僕を見る度にからかいたくなるようだ。


 そんな中、ひいながゴンドラの窓に顔を出して下を眺めていると


「あ!ここから遊園地の入り口が見えるよ」


 僕達があそこで写真を撮った場所である。


「ものすごく小さく見えるんだね」


「もしかして、私の家まで見えたりするかな」


 彼女は外の景色に夢中になり、必死に探し出そうとする。それを見ると子供っぽくてすごく可愛い。しばらくして、僕達の乗っているゴンドラは頂上に差し掛かり


「とうとうてっぺんまで来てしまいましたね」


「そうだね」


 観覧車のクライマックスとなる頂上は、時間が一瞬で、限りなく短い間しか留まれないので、ものすごく切なさを感じる。


 そうして、一番下まで下降して 


「ありがとうございました」


 スタッフが手を握って引っ張り出し、エスコートしてくれた。


 その後は、遊園地を出て、記念に三人の写真を撮り、ここで胡桃さんとはお別れとなる。


「私達に付き合ってくれてありがとね」


 胡桃さんに手を振った後は、二人で一緒に家まで帰宅する。

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