第17話 デート①

 迎えた土曜日のデート当日。


 今日は彼女とデートの約束をした。その経緯をたどれば、彼女から今日のデートに誘われたのがきっかけだ。これはただのデートではないことを肝に銘じておかなければならない。


 今回のデートする場所は遊園地。男女がデートをする上ではかなり人気がある。遊園地には、絶叫系や脱出系、ライブショーなど様々なものがある。


 この季節になれば少しは涼しくなるので、遊園地に観光客がたくさん来る。


 そして、遊園地に向けて僕は普段よりも服装に気を遣い、この変装に合うものにする。


 彼女との待ち合わせは遊園地の駅近くになり、十時までに行く予定だ。それまでに準備を万全にした彼は、忘れ物がないかだけ確認し、家を出て、時刻表通りに電車を乗る。


 電車に乗っている間は、デートのことや胡桃さんの密着取材のことを頭の中で考えている。それは仕事や勉強よりも大変で、今までこんなことがあったのだろうかと思う程だ。


 その途中、電車が一度停車し、再発進するとき彼の目の前でものすごくお洒落をした女の子が姿を現す。


「おはようございます、柳木君」


 なぜか胡桃さんがここにやって来た。


「柳木君の隣に座っていいですか?」


「僕の隣に?」


「はい、これは柳木君のための密着取材なので……もしかして、ダメとは言いませんよね?」


 そう言われて察した彼は「はい、大丈夫です……」と答えて席を譲る。


「ありがとうございます」


 彼女は笑顔で応じて、彼の隣に座る。これで彼女に主導権を持ってかれた。


「ところで、今日のご予定はどうしますか?」


「今日は一日中遊園地を回る予定です」


「そうですか、私も今日は一日中柳木君達に付き合うつもりです」


 今日のデートは普段よりも気を引き締めなければならないようだ。


「あっ、それとなるべく柳木君の彼女さんにはバレないようにしてくださいね」


「いや、正式には僕の彼女ではないのですが」


 しかし、今乗っている電車の中の人達が彼女に視線を向けるので、バレないようにするのは難しい気がする。


「その、胡桃さんの格好だとかなり目立つと思いますが……」


「それだけ柳木君は私のことを気にしてくれているんですね」


「いえ、そういう意味で言ったわけではありません」


「ぶー、少しは私のことを気にしたってよかったのに」


 それを見た彼は苦笑いを浮かべる。


「けど安心してください、ある程度は目立たないように準備しますので……」


「その胡桃さんの言う準備はどんな感じになるんですか?」


「着いてからのお楽しみです」


 一体どうなるのかが想像できないので、少しゾッとする。二人はしばらく電車が着くのを待ち続けて


「あっ、もうそろそろ着く頃ですよ」


 ちょうど車内にアナウンスコールが流れてくる。


「それでは、私は柳木君の後を追って行きますので、バレないようにお願いしますね」


 二人は遊園地に向けて別行動をする。

 




 一方、ひいなはというと


「少し早く出過ぎちゃったかな」


 彼女は待ち合わせた時間よりも二十分前に着き、自分のスマホを見ながら彼を待っている。そして、今日この日まで彼と遊園地に行くのを楽しみにしていた。


 彼女がまだ幼い時も家族ぐるみで彼と一緒に遊園地に行ったことがある。しかし、今の彼は変装をしているので、素顔を見せた状態の彼と行くのは程遠い。


 しばらく彼を待ち続けている彼女がそわそわして、少し改札口のところまで歩いて距離を詰める。


 すると、ふと彼女の視界からその彼が現れた。


「柳木君!」


 その声に気づいた彼は、改札口を通り彼女のもとに立ち寄った。


「ごめん、だいぶ待ったかな?」


「ううん、全然大丈夫だったよ」


 彼女とは少し遅れる形で、駅に到着した。


「それじゃあ遊園地まで手を繋いで一緒に行こう」


 彼女に手を握られ、一緒に歩く。


 そして、普段の彼女の素顔は化粧をしなくても十分可愛い。そんな彼女が化粧をすると五割増しで魅力に溢れる。


 服装も肩を見せる白いぴたニットに下はフレアスカートを履き、スタイルアップさせて、おまけに頭にはベレー帽をつけて、肩にカバンをぶら下げる。何もかもが完璧に決まっている。


「柳木君は私の服を見て気づいた?」


「気づいたって何のこと?」


「もしかして、忘れたの?」


 彼女の服を見て、思考を研ぎ澄ませる。


「あ!確かショッピングモールで一緒に買った服だったね」


「ああ、よかったちゃんと覚えてくれてて」


 彼女と服を一緒に買ったのは夏休み前だ。


「実はまだこの服着ていなくて、着る機会があまりなかったんだ」


 彼女は基本的に古い順から服を着るので、新しい服には手をつけていないでいる。


「やっぱり変?」


「ううん、よく似合っていると思うよ」


「ほんと!」


 彼女は安堵した表情を見せる。


「柳木君のその服もかなり似合っているよ」


「そうかな……」


 どちらかといったら地味な服ではあると思うが。


「遊園地に着く前に何か食べたいものとかある?」


「今のところはないよ」


「飲みたいものとかは?」


「それは一応買っておこうかな」


 二人は近くの自販機に立ち寄って飲み物を買う。その後、しばらく歩き続けてようやく目的地にたどり着く。


「やっと着いたね」


 目の前に広がる遊園地はかなり広いようだ。そして、入場前まで足を運び、お金を払って中に入る。


「ねぇ、記念に一枚写真撮らない?」


「写真?」


「せっかく来たから一緒に撮りたいなと思って」


 変装しているのでなるべく避けたかったが、この際だから仕方なく応じることにした。彼女はスマホを持って通行人に声をかけた。


「あの、すみません写真撮ってもらっていいですか?」


「はい、いいですよ」


「え……?」


 なぜかバレないようにすると言っていた胡桃さんがここにいる。しかも電車で乗っていた服装と変わらず、頭に彼女と同じベレー帽をつけただけだ。


『これは一体どういうことですか?」と彼女に目線を送り、『これも密着取材ですよ』と送られてきた。


 どう見てもさすがにバレるのではないか?幸いにもひいなはその異変に気づいていない。


「それでは撮りますよ……あっ、もう少しくっついてもらえると助かります」


 いや、だいぶ肩の間隔が近い。このまま横にずれれば彼女とぶつかる。


「えっと……」


 彼女が近づいて来るひいなを見て、てへぺろと舌を出す。これは確実に僕の反応を見て楽しんでいる。これを見た彼はむっとするよりため息をつく。


「はい、もう撮れましたよ」


「ありがとうございます」


 彼女はスマホの撮れた写真を見て、嬉しそうに眺めている間。


「あの、どうしてここに出てきているのですか?」


「ダメでしたか?」


「普通にダメだと思います」


 ダメなのは当然である。もし彼女にバレたらややこしくなる。


「なのでもう少し抑えてくれませんか?」


「それは柳木君の頑張り次第ですね」


「頑張り次第とはどういうことですか?」


「柳木君が次のいいネタを私に見せてくれたらですよ」


 なるほど、頑張り次第というのは決定的な瞬間を抑えることに限るというわけか。彼女なりにもかなり考え抜かれているようだ。これは僕にとっての変装頭脳戦といえよう。


「それでは、私はここから一旦引きますね」


 そう言って彼女が立ち去ると


「二人で何話してたの?」


「遊園地について話していたところだよ」


「ふ〜ん」


 彼女は自分のスマホで撮った写真を僕に見せてくれた。


「ちゃんと撮れてる?」


「うん」


「よかったー、撮った写真は後で送っておくね」


 自分のスマホをカバンの中にしまい込む。そして、彼女と一緒に歩いている最中。


「柳木君はどこか行きたいところとかある?」


「うーん」


 いろいろとアトラクションが豊富にあるので、なかなか決めずらい。


「逆に姫菜さんは行きたいところとかはない?」


「……それならジェットコースターに乗らない?」


 彼女がジェットコースターを提案した。それと反対にどこか表情が抜け落ちている。


 過去にひいなはジェットコースターを見て軽く尻もちをついたことがあった。本当に大丈夫なのかと心配する。


「もし無理なら遠慮なく言っていいよ」


「ううん、平気だよ」


 おそらく彼女は彼の前で強がっている。けど、彼女が大丈夫と言うなら、とりあえず一緒に行くことにする。


 そして、二人はジェットコースターのところまで立ち並ぶことにした。


「ジェットコースターに乗るのは初めてだからちょっと緊張するかな」


 小刻みにぷるぷる震えているのを見て取れるが、なんとなく可愛いく見える。


 順番が回りジェットコースターに乗って、座席に座った後、安全レバーが降りることを確認する。


 スタッフさんが出発の合図を出すとともに発進し、徐々に上昇していく。


 彼女は無口になって、僕の手を握る。急降下に入ると絶叫が聞こえて、彼女が懸命に手を離さないでいる。





 こうしてジェットコースターを乗り終え、近くのベンチに座る。彼女の表情を見ると、恐怖のあまり茫然ぼうぜんとしている。


「……少しベンチで休憩にしようか」


 彼女の隣に座り、目の前の景色を眺める。


「ごめんね、こんな形になっちゃって」


「全然気にしてないよ」


「ジェットコースターに乗るのが得意だったらよかったのにね」


 彼女はだいぶ落ち込んでるようだ。こういうとき、どうやって励ましたらいいか分からないが、幼馴染みである僕ならある程度は熟知している。


「大丈夫だよ、僕が初めて乗ったときは姫菜さんと同じですごく怖かったよ、おまけに酔っちゃたしね」


「そうなの?」


「それに、怖いものに挑戦したのはすごいと思う」


 しばらく彼の話を聞いた彼女は、表情がだんだんと明るくなり、落ち着きを取り戻していった。


「何かありがとね、少し元気が出てきた」


「うん、何か困っていることがあれば遠慮なく言ってくれればいいよ」


 彼女の表情を見て安心した僕はベンチを立ち


「姫菜さんは何か飲みたいものでもある?」


「う〜ん、じゃあお茶で」


 彼はベンチから少し離れたところの自販機に立ち寄る。

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