第26話 身分証の提示は必須

三人に身分証が盗まれたため王都に入れないことを話すと、すぐに隊長のもとへと案内してくれた。


「隊長、ちょっといいですか」


優男が声をかけると大柄のゴリラのような顔をした男が振り返った。ギャッソも大きいが、彼よりもさらに大きい。

獣人ではなく半獣人なのだろうが、ゴリラにしか見えない。

鋼色の髪に、金色の瞳を細めて重低音で口を開く。


「持ち場に戻れ」

「おやっさん、聞いてくださいよ。嬢ちゃんたちがこのダモメを倒してくれたんですがね。身分証をなくしちまったらしいんですよ。今時身分証をなくすとか、どんな田舎者だって話なんですけどね」


身分証というのは木札で首から下げるのが一般的だと思っていたが、イリス大陸の大きな国では魔術のかかったカードらしい。手の甲に魔術を施し、好きな時に出し入れができるもので盗まれることは死んだときだそうだ。他人のカードはもちろん、自分には取り込めないのですぐに他人のものだとばれるため盗んでまで悪用することがないらしい。

ちなみに魔術は魔力がなくても魔法が使えるように術式を組んだものなので、魔力のない獣人や人間でも魔法らしきものが使える。それには魔石が必要になるが、砕いた魔石からカードを作り上げ術が施してあるので自在に体内に取り込めるようになっているのだとか。

むしろ木札を下げている者のほうが田舎者か犯罪者かと疑われるくらいなのだそうだ。

なので虎におかしそうに報告されても仕方がないのだが。


「なんだと? そんな怪しい話信じられるわけが―――」


ゴリラが不意に視線を動かし、ディーツを捉えて固まった。


「あああ、隊長! 彼は男ですから、同性ですよ!」

「同、性?」

「そうです。こんなに可愛らしいですけど、男の子なんです!」

「いや、俺もう18歳だから。とっくに成人してるからな、男の子とか勘弁してくれ」

「ええっ?!」


ディーツが告げればヴィヴィルマを除いた全員が驚愕の顔で見つめてくる。いやいや、どっから見ても成人男性だろうが、と怒鳴りたい気持ちをグッと抑える。


「これで、成人とか…世の中不思議だなぁ」

「人族ってのはすげぇな。年齢が全然わからん」

「一緒にしないでよ。きっと彼は特別よ」

「そうか、同性か。確かに声は低いが…」


四種四様の視線を受ければ、我慢も限界というものだ。


「いい加減にしろ! 俺たちの身分証は作れるんだろうな?!」

「あ、ああ。一時的に誰かが身元引受人になれば仮の身分証が発行されるが、私は無理だぞ! とてもじゃないがそんな可愛い顔とは付き合えない…」

「ええー隊長が一番適任なんですが」

「そうっすよ。正直、嬢ちゃんたちの力が強すぎて今すぐに問題起こしそうなんすから」

「隊長、ここは漢の見せどころですよ」

「お前たちは本当にひどい部下だな。私が女性恐怖症と知っていて同情もなしか…」

「俺は男だって言ってんだろ!!」


結局、ゴリラが身元引受人になるまで、しばらくの時間が必要になるのだった。





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