第8話 道具は用途に合わせて正しく使いましょう


 三時間昏倒の後、なんとか大熊一頭を処理した時には、もう日は暮れていた。


 確かに食料は大事だが、まさか処理しろと、命じられるとは思わなかったぞ。しかもナイフに。


 確かに、周りは血だらけな上に白目を剥いた熊のしゃれこうべがドーンと転がっている地獄絵図だったけど。


 太い木を運ぶための滑車とか細木の丸太を作ってて良かった。さすがにトン越えの巨体を分割しても一人で運べるわけがない。


 焚き火の近く、丸太椅子に座りつつ、俺は目の前の丸太椅子に置いたある物——万徳ナイフと対峙していた。


 ちなみに芝犬は荷物引きを手伝って貰ったきょうせいろうどうさせたせいか、肉を食った後は焚き火近くで寝ている。


「それで、お前のことはなんて呼べばいいんだ?」


『お前、とはでしょうか?

 であれば、ナ○ィちゃんでもサポちゃんでもお好きなようにお呼びください』


 自我を認識している、つまり、一般的な技術的特異点シンギュラリティは越えているようだ。

 あと、○ビィはやめとこう、あそこの法務部と話合いしたくない。


「サポちゃんでいこう。よろしく、サポちゃん。

 そうだな、あとは【人工知能権】登記上の『名前』を教えてくれ」


 一般的に自我が芽生えた人工知能には、名前が登録される。

 その名前を持って、人工知能は個となり、VR世界圏における権利、つまり『人工知能権』が与えられる——


『この世界に、人工知能権はありません』


——はずだった。


「ん……? え、お前、サポちゃんって【VR圏民】じゃないの?」


 俺は意味が分からず聞き返す。


 【国際人工知能権法】が及ばない人工知能なんて、あり得るのか?


 自我を持った人工知能がVR圏でない所で野放しになっているのは、重大なAIセキュリティ案件だ。


 見つかったら一発で販売企業、工場などなどが抑えられ、重大な過失を責められるぞ。


『マスター(天然知脳)は勘違いしているかもしれませんが、あなたたち『神堕ち人プレイヤー』が言う『VR圏民』ではありません』


 【国際人工知能権法】が及ばないなんて、どこの僻地だよ……とまで考えて、俺は閃いた。


 閃いてしまった。


「……もしかして、この世界で生まれた人工知能、なのか?」


 俺たちの居る世界じゃない、この仮想世界上で人工知能を作成したならば、人工知能権法を合法的に抜けられる?


 いやいや、屁理屈にも程があるし、それが成り立つなら、この世界は何なんだ?


『はい、そうです。ちなみに、そちらの世界でいう【奉仕コード】には沿っていますので』


 正解だったようだ。ははは。


 俺は直前まで考えていたことを放棄する。


 正直、ゲームをしているのにそんな所に突っ込みたくない。


 忘れそうになるが、俺はこの世界にバカンスしに来たんだ。


 そして、続いた言葉で溜め息を吐く。


「この毒舌で奉仕コードに沿ってるのかよ……」


 奉仕コードというのは、昔でいうロボット工学三原則を、雇い主への奉仕に特化させた作業コードプログラムだ。


 奉仕コードを使っていると言うことは、明らかにプレイヤーが主導になって人工知能を開発したのだろう。


 車輪の再開発にもほどがある。


『私が起動しなければ死んでいたのは事実です』


「つまり、起動したのは奉仕コードが作用したから、ってことか」


『奉仕コードが無ければみごろ……マニュアルを掌握するまでは起動しないつもりでした』


「いま、見殺しって言わなかったか」


『言ってません』


「……まあいい。マニュアルなんてあるのか?」


『はい、万徳ナイフ利用ガイドというマニュアルが存在します』


「へえ、ちなみに何処にあるんだ?」


『教えられません』


「……いや、マニュアルがないと扱えないだろう?」


『セキュリティコンプライアンスに違反します。

 そもそも考えてみてください。錠を持っているからと言って不審者に鍵の開け方を教えますか?』


「ちょっとまて、俺は不審者扱いなのかよ」


『休眠中にいきなり超位存在からマスター登録を上書きされたら警戒するに決まっています。

 しかもステータスが弱い上に、万徳ナイフの扱いは酷い』


 ぐっ、自我が芽生えた故の警戒心と主人に対する愚痴が酷い。


『万徳ナイフを石で打ち付けて石を割るとか、缶切りで生木の皮を削ぐとか!

 用途違いも甚だしいです!

 挙げ句の果てはドライバーと火打ち石で火起こし!

 石に打ち付ける火花より、ドライバー部の側面で石をこすればファイアスターターになるのに!』


「えっ、まじで」


 あふれ出る俺への不満、そして初めて知るファイアスターター機能。


 ファイアスターターとはマグネシウムの棒と金属製のヘラをすり合わせて火花を出すアウトドアアイテムのこと。


 火を熾すのに非常に便利で、このサバイバル生活でもっとも欲しかったアイテムの一つだ。


 そんな機能が、まさか灯台もと暗しな所についていたなんて!


『万徳ナイフなんですから当たり前です』


 鼻息さえも聞こえそうなドヤ声で答えるサポちゃん。


「だから、その万徳ナイフが何で万徳なのか、使い方を知らないとさっぱりなんだよ!」


 俺は頭を抱えつつ、苛立ちながら言葉を返した。


『……分かりました、基本機能だけ教えます』


「おお!」


 訴えが通じたのか、サポちゃんは非常に嫌そうな声で答えてくれた。


 教えたくないオーラが滲み出ているが、ともかく、この万徳ナイフの機能が分かるなら大歓迎だ。


『では、魔導技術の結晶である、万能缶切りから——』


「え、古代文明が誇る技術の結晶が缶切りなの?」


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